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仲間を全員失った元英雄のおっさん(42)、辺境で子育てを始めたら娘たちが最強すぎてスローライフが崩壊する件  作者: 河東むく


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第62話 パパとママに、会いたいよ……!

「残された時間は、もう、ほとんどないかもしれない」


 ピヒラの両親は、生きている。

 だが、残された時間は、ほとんどない?


「……どういうことなの?」


 ピヒラの唇から、震える声が漏れた。


「リアム。パパとママは、生きてるの!? でも、時間がないって、どういうこと?」


「詳しい話をしたいところなんだけど……」


 リアムは周囲を見る。

 まだ目立ってはいないが、ピヒラも王都で少しは名が知られはじめている。

 これ以上、目立つわけにはいかないか。


「うちで詳しい話をきいてもいいか?」


 リアムはこくりと小さく頷いた。


◇◇◇


 テーブルを囲む俺たち家族の中心で、リアムが静かな声で語りはじめた。


「……多くの同胞が殺され、ピヒラが連れて行かれたあと……生き残ったエルフは、もっと森の奥深くにある『フリッドハイム』へ逃げたの」


 俺達は黙って話をきいていた。

 フリッドハイムというのは聞いたことのない土地だ。


「奴隷商はいなくなった。でも、そのあと、もっと厄介な連中が森に来た。今度は、王国のお墨付きをもらった、大勢の開拓民が」


「開拓民だと?」


「彼らは、私たちの故郷が奴隷商に襲われたなんて知らない。腐敗した地方領主が、あの土地を『主のいない土地』として王国に報告し、国境の防衛線を強化するっていう名目で、入植を奨励したの」


「……なるほど。地政学的な問題が絡んでいるのですね」


 冷静に口を挟んだのはソルヴァだった。


「古くからエルフが住むと言い伝えられてきた、あの森――『ミョルクヴィズ』は、帝国と隣国の緩衝地帯。王国が防衛拠点を築きたいと考えるのはわかりますが……」


「ええ」とリアムは頷く。「彼らは、私たちの聖地、『ヴェルザンディの泉』のすぐそばに、砦を築き始めた」


 ―――聖地か。

 エルフにとって大切な場所も、人間にとっては、ただの資源にすぎない。


「その屈辱が、同胞たちを蜂起させた。彼らは、「ヘフンド(復讐者)」と名乗り、人間を森から一掃し、聖地を奪還すると叫び、開拓民の村を襲い始めた。生き残ったエルフたちが、その言葉に熱狂したわ」


「待ってくれ」俺は思わず口を挟む。「だとしたら、ピヒラの両親が捕らえられたのは、なぜだ? 人間にやられたのか?」


「違うの」リアムは小さく首を振った。「ピヒラのお父様とお母様は、最後まで人間との対話を訴え続けた。罪のない開拓民を巻き込むべきではない、と。そのせいで、『ヘフンド』から裏切り者の烙印を押されたの」


 ―――裏切り者。

 その、あまりにも理不尽な言葉。


 ピヒラは、震える声でリアムに問いかけた。


「でも、どうして……? エルフは……私たちの民は、もっと戦いを避ける、穏やかな種族のはずよ。それなのに、武装蜂起なんて……」


 ピヒラの疑問に、リアムは顔を歪めた。


「今の彼らは、もう私たちが知っている同胞じゃない。彼らの魔法は、以前とは比べ物にならないほど強化されている。でも、その代償のように、心まで残忍になってしまった」


 一体、森で何が起きている?


「誰かが、奴らに力を与えているのか?」


「……噂だけど」リアムは声を潜めた。「『復讐を望むなら、力を貸そう』と近づいてきた人間がいるらしいの。その者の入れ知恵で、森の古い禁術にまで手を染めている、と……」


 人間が、エルフの憎しみを煽っているだと?

 胸糞の悪い話だ。


「パパとママは……今、どこに?」


 リアムは、その問いに答えるのが辛いとでもいうように、一度目を伏せた。


「森の奥深くに幽閉されているわ」


 そして、最後の、最も残酷な事実を告げる。


「三日後の満月の夜に、『断罪の儀式』と称して、二人を処刑するつもりなの」


◇◇◇


 その夜、俺たちの家では緊急の家族会議が開かれた。

 議題は、もちろん一つ。

 人間とエルフの紛争に介入し、ピヒラの両親を救出するか、否か。


 重苦しい沈黙を破ったのは、ソルヴァだった。

 彼女は、いつものように冷静な、だがどこか苦しげな表情で口を開いた。


「……申し上げにくいのですが、私は、反対です」


 その声は、静かだが、有無を言わさぬ響きを持っていた。


「危険すぎます。これは人間とエルフの、極めて政治的な紛争です。帝国の国境問題も絡んでいる。我々が下手に手を出せば、最悪の場合、国家間の戦争の引き金になりかねない。何より、敵は過激化したエルフの集団。我々人間に対する憎しみは計り知れないでしょう。そんな状況で、感情的に突入するのは、ただの自殺行為に等しい」


 正論だ。

 ぐうの音も出ないほど、完璧な正論。


 彼女は、この家族の安全を第一に考えている。

 もう一人の母親役として、それはあまりにも正しい判断だった。


 だが、その正しさに、もう一人の母親が、静かに、だが力強く異を唱えた。


「――それでも、見捨てるのか」


 シグルーンだった。

 彼女は、腕を組み、ソルヴァの怜悧な瞳をまっすぐに見つめ返している。


「理屈は分かる。お前の言うことは、何一つ間違ってはいない。だがな、ソルヴァ。私達の娘の、本当の両親の命が脅かされているんだ。それを見てみぬふりなど、できないだろう」


 シグルーンの意見は感情的だが、しかし、正しいことのように俺には思えた。


「危険だからと、何もしないで、ただ見ているだけでいいのか? 三日後、ピヒラの両親が処刑されたと知った時、我々はこの子の顔を、まっすぐに見ることができるのか? 『危険だから助けに行かなかった』と、そう言えるのか?」


「ですが、シグルーン先生! それでは、今ここにいる家族全員を危険に晒すことになります! それは、本末転倒では!?」


「ああ、そうかもしれん! だが、それでもだ!」


 論理と、感情。

 二人の母親役が、ピヒラを想うが故に、真正面からぶつかり合う。

 どちらの言い分も、痛いほど分かる。


 俺が家長として、俺が決めなければならない。

 この家族の、進むべき道を。


 だが、答えが出ない。

 どうすれば、誰も傷つけずに済む?

 どうすれば、全員が納得できる答えを、俺は……。


 俺はピヒラを見た。

 静かに、押し黙っている。


「……ピヒラ」


 俺は静かに立ち上がると、俯いたままの娘に、できるだけ優しい声で語りかけた。


「少し、外の空気を吸いに行くか」


 シグルーンとソルヴァに「少し、話してくる」とだけ告げ、俺は娘の小さな手を引き、静かに家を出た。


◇◇◇


 王都の空が、茜色に染まっていた。

 傾きかけた太陽が、俺たち二人の影を、石畳の上に長く、長く伸ばしている。


 ピヒラは、何も言わない。

 ただ、俺の手を、迷子の子供のように、ぎゅっと握りしめているだけだった。


 俺たちは、あてもなく歩き、やがて、小さな橋の上で足を止めた。

 眼下を流れる水面が、夕焼けの色を映して、燃えるようにきらきらと輝いている。


「……辛いよな」


 俺がぽつりと呟くと、ピヒラの肩が、びくりと小さく震えた。


「なあ、ピヒラは、どうしたい? いろんな、細かいことは考えずに、本当の気持ちを教えてくれないか」


 やがて、彼女の口から、堰を切ったように、心の叫びが溢れ出した。


「……会いたい。パパとママに、会いたいよ……!」


 その声は、悲痛だった。


「でも、言えない……! そんな危険な場所に、今の家族を連れて行くなんて」


 彼女は、顔をぐしゃぐしゃにしながら、嗚咽混じりに訴える。


「私のせいで、みんながバラバラになっちゃうのは嫌なの! やっと見つけた、私の、温かい居場所なのに……。もう、誰も失いたくない……っ!」


 そうだ。

 こいつは、ただ悲しみに暮れていただけじゃない。

 二つの家族の板挟みになって、たった一人で、その小さな胸が張り裂けそうなほどの痛みを抱えていたんだ。


 俺は、泣きじゃくる娘を、言葉もなく、そっと抱きしめた。

 その震える背中を、何度も、何度も、優しくさすってやる。


「……馬鹿野郎」


 俺の声は、自分でも情けないくらいに、震えていた。


「お前は、一人で何を背負い込んでるんだ。俺たちは、家族だろうが」


 俺は、その体を強く抱きしめ、そして、ゆっくりと離した。

 彼女の、涙で濡れた翡翠色の瞳を、まっすぐに見据える。


「いいか、ピヒラ。お前の痛みは、俺たちの痛みだ。お前の悲しみは、俺たちの悲しみだ。お前が一人で悩む必要なんて、どこにもねえ。父親ってのはな、娘のわがままを聞いて、一緒に無茶をするためにいるんだよ」


 俺は、ニヤリと笑って見せた。


「だから、俺に、父親らしい格好をさせてくれ。な?」


 俺の、不器用な、だが偽らざる本心。


「もう一度だけ聞く。ピヒラ。お前の本当のパパとママに、会いたいか?」


「うん……!」


 今度こそ、一点の曇りもない、力強い頷きだった。


「会いたい……! パパ、お願い……! 助けて……」


「―――おう。任せとけ」

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