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仲間を全員失った元英雄のおっさん(42)、辺境で子育てを始めたら娘たちが最強すぎてスローライフが崩壊する件  作者: 河東むく


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第61話 ピヒラを尾行する父

 平和な朝は、突如として終わりを告げた。

 いや、正確には昨日、クータルがピヒラ宛の「ハートマーク付きの手紙」を発見した、あの瞬間に俺の平和は木っ端微塵に砕け散っていたんだが。


「ちょっと、一人で買い物に行ってくるね」


 朝食を終え、ピヒラがはにかみながらそう言った瞬間、俺の頭の中で警鐘がけたたましく鳴り響いた。


 一人で買い物だと?

 昨日、あんな手紙が届いたっていうのにか?


 嘘だ。

 嘘に決まってる。

 あれは間違いなく、どっかの馬の骨からの呼び出し状だ。


 俺の可愛い娘をたぶらかそうって魂胆に違いねえ!


「……気をつけろよ」


 俺は平静を装い、スープをすする。

 だが、内心は嵐だ。


 どこのどいつだ!

 どこの馬の骨とも分からん奴に、ピヒラはやれん!

 断じてだ!


 ピヒラが少しお洒落をして、玄関の扉を開ける。

 その背中を見送りながら、俺は静かに、だが固く決意した。


 ――尾行する。


 父親として、娘の初デート(断定)を見届け、相手の男がピヒラに相応しいか、その値踏みをしてやるのは当然の責務だろう。


「パパ、なんだかすごく真剣な顔だにゃ」


 俺の隣で、ミーシャが不思議そうに小首をかしげた。

 その純粋な瞳に、俺はSランク斥候としての、冷徹なプロの顔で応える。


「……ミーシャ。緊急任務だ。これより、ターゲット『ピヒラ』の極秘追跡訓練を開始する。お前には、俺のサポートを命じる。いいな?」


「にゃっ! ラジャーであります、隊長!」


 どうやら訓練だと勘違いしたらしい。

 まあ、いい。好都合だ。

 こうして、俺とミーシャによる、最強の親子尾行チームが、ここに結成された。


 待ってろよ。

 どこの馬の骨か知らねえが。

 お前のことは、徹底的に分析させてもらうからな……!


 もし、ピヒラに手でもだそうものなら……。

 ふふふ……。


◇◇◇


 王都の喧騒は、俺の研ぎ澄まされた感覚の前では、あってないようなものだった。

 俺はAランク斥候としての全スキルを解放し、ピヒラの追跡を開始する。


「パパ、ターゲットは三番街の角を右折したにゃ! 現在、露店の果物を見ている模様!」


 屋根の上を猫のようにしなやかに走りながら、ミーシャが小声で報告してくる。

 俺は、隣の建物の壁に張り付き、気配遮断のスキルを最大レベルで発動させながら、ターゲットの動向を監視していた。


(ふむ……。今日のピヒラのスカート丈、少し短すぎやしないか? 王都には悪い虫が多いというのに……)


 内心でそんな心配をしつつも、俺の動きに一切の無駄はない。


 ピヒラが再び歩き出す。


 俺とミーシャは、音もなく、影から影へと飛び移るように追跡を続けた。

 通行人の雑談に紛れて情報を収集し、ミーシャが高い建物から進路を予測する。

 長年培ってきたプロの技術を、ただ「娘の尾行」という目的のために全力で無駄遣いしていく。


 やがて、ピヒラは王都の中央広場へとたどり着いた。

 待ち合わせ場所として、あまりにもベタすぎる。

 俺は広場を見下ろせる時計塔のてっぺんに陣取り、ミーシャは噴水の彫像の影に潜んだ。完璧な布陣だ。


「パパ、ターゲットは噴水前で停止したにゃ! おそらく、ここで相手を待つつもりだにゃ!」

「よし。相手が現れるまで監視を続ける。どんな些細な動きも見逃すな」


 ピヒラの周りをうろつく男はいないか。

 怪しい人影はないか。

 娘に近づく不埒な輩は、たとえ視線だけであっても許さん。


 俺が父親としての職務を全うすべく、神経を極限まで集中させていた、まさにその時だった。


「―――全員、動くなァッ!」


 甲高い怒声が、平和な広場の空気を引き裂いた。


◇◇◇


 見れば、広場に面した宝石店から、覆面を被った三人組の男が飛び出してきた。

 手には剣と、宝石が詰まった革袋。

 白昼堂々の、凶悪な強盗事件だ。


「ひぃっ!」

「強盗よ!」


 広場は一瞬でパニックに陥る。

 人々が悲鳴を上げて逃げ惑い、阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。

 衛兵が駆けつけるまで、数分はかかるだろう。

 その間に、被害が拡大するかもしれん。


 ――やるしか、ねえか。


 俺は舌打ち一つ。

 尾行のために陣取っていたこの時計塔は、狙撃地点としては、まさに最高のポジションだった。


 俺は懐から、斥候任務に使うための、ただの石を三つ、手に取った。

 風の流れ、距離、強盗たちの動き。

 全ての要素を一瞬で計算し、最適解を導き出す。


 ひゅっ、ひゅっ、ひゅっ。


 三つの石が、ほとんど同時に、俺の指先から放たれた。

 それは、音もなく宙を切り裂き、逃走しようとする強盗たちの、首筋と、膝の、寸分違わぬ急所に、正確に吸い込まれていく。


「ぐはっ!?」

「がっ……!?」

「な、なんだ……体が……」


 強盗たちは、何が起きたのかも理解できぬまま、糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。

 気絶しているだけだ。殺しはしない。


 広場は、一瞬の静寂の後、爆発的な歓声に包まれた。


「な、なんだ今のは……!」

「どこからか、石が……!」

「天罰だ! 悪党に天罰が下ったんだ!」


 人々が、正体不明の英雄の姿を探して空を見上げる。

 だが、その時にはもう、時計塔に俺の姿はなかった。


 俺は満足感に浸りながら、屋根伝いにその場を離れようとした。

 だが、その、あまりにも完璧な仕事ぶりが、一つの、致命的なミスを誘発した。


「……パパ?」


 声がした方を見下ろすと、そこには、呆然とした顔でこちらを見上げる、ピヒラの姿があった。

 強盗事件のどさくさで、俺の気配遮断が、一瞬だけ緩んじまったらしい。


 まずい。

 完全に、バレた。


◇◇◇


 気まずい沈黙が、俺とピヒラの間に流れる。

 俺が、どう言い訳したものかと頭を悩ませていると、ピヒラの後ろから、一人のエルフが、静かに姿を現した。


 ピヒラと同じくらいの年頃の、凛とした顔立ちのエルフだった。

 その翡翠色の瞳には、ただならぬ覚悟と、焦りの色が浮かんでいる。


「てめえ、何者だ?」


 俺は、低く、威嚇するような声で問う。


「娘に妙な手紙を寄越しやがって。目的は何だ? 答え次第じゃ、タダじゃおかねえぞ」


 俺の剥き出しの敵意を受けても、怯まなかった。


 ただ、はっと息を呑み、俺の力量を正確に測るような目で見つめ返してくる。

 その視線が、ピヒラへと移った瞬間、張り詰めていた表情が、わずかに揺らいだ。


「……ピヒラ」


 その声に、ピヒラが驚いたような顔を見せた。


「その声……まさか、リアム?」


「うん、私よ」


 少女――リアムは、こくりと頷く。

 その瞳には、再会の喜びよりも、深い悲しみの色が浮かんでいた。


「ごめんなさい、ピヒラ。あなたをこんな形で呼び出すしか、方法がなかった」


 彼女は、一度ぎゅっと唇を噛み締めると、早口に、だが必死に言葉を紡ぎ始めた。


「あの手紙は、偽装よ。あなたと話がしたくて」


「リアム、本当に久しぶり……」


 ピヒラの声が、震える。

 再会を喜ぶと同時に、彼女の胸には、ずっと抱えてきた最大の疑問が渦巻いていたのだろう。

 彼女は、俺の服の裾をぎゅっと握りしめながら、祈るように尋ねた。


「ねえ、私のパパとママは? 知ってる?」


 パパと、ママ。


 その、あまりにも当たり前な言葉が、俺の胸に突き刺さった。

 ズキリ、と。

 心の、一番柔らかい場所が、確かに痛んだ。


 ……そうだ。俺は、こいつの本当の父親じゃない。

 こいつには、血の繋がった本物の『パパ』がいるんだ……。


 当たり前の事実を、今更ながらに突きつけられた気がした。

 俺が、どれだけ父親ぶっていても、その事実は決して変わらない。


 俺が、一瞬、言葉を失っていると。


 リアムは何かを言おうとして、だが言葉を見つけられないかのように、一度、固く唇を結んだ。

 その瞳に、深い、深い苦悩の色が浮かぶ。


 やがて、彼女は覚悟を決めたように、ピヒラの目をまっすぐに見つめ返した。


「……ええ。生きているわ」


 その一言に、ピヒラの顔が、ぱっと希望に輝く。


 だが、リアムは絶望的な言葉を続けた。


「けれど……」


 その声は、悲痛な叫びだった。


「残された時間は、もう、ほとんどないかもしれない」

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