第60話 任務報告とラブレター
「一つだけ、教えてはくれまいか」
彼、マグナル公爵は、俺の目を見て、懇願するように言った。
「――我が息子、オーウェンの最期について、全てを話してもらおうか」
俺は、ぎゅっと目を瞑った。
脳裏をよぎるのは、あの日の悪夢。
だが、もう逃げないと決めたんだ。
俺はゆっくりと目を開けると、公爵の、射抜くような視線を、まっすぐに見据え返した。
「……承知いたしました。俺が知る、全てのことをお話しします」
俺の声は、自分でも驚くほど、落ち着いていた。
もう、感傷に浸っている場合じゃない。
これは、俺がオーウェンの父親に果たすべき責務だ。
そして、元Aランク斥候としての、最後の任務報告でもある。
「――我々『太陽の槍』が、古代遺跡『嘆きの揺り籠』最下層に到達したのは、日没から約三時間後のことでした」
俺は、感情を排した、淡々とした口調で語り始めた。
記憶の引き出しを、一つ、また一つと開けていく。
あの日の光景、音、匂い、肌で感じた空気の湿り気まで。
その全てを、完璧に再現していく。
「最下層は、直径約五十メートルの円形ドーム状の空間。中央には祭壇らしき石造りの台座。壁面には、未解読の古代文字がびっしりと刻まれていました。空気中の魔力濃度は、地上と比較して推定百二十パーセント以上。極めて不安定な状態でした」
俺の脳内には、あの空間の完全な立体図が広がっている。
どこに亀裂が走り、どこに苔が生えていたかまで、寸分の狂いもなく。
「俺は斥候として、先行索敵を実施。空間全体に仕掛けられた物理的トラップ、及び魔術的トラップの探知を行いました。結果は、陰性。安全と判断し、オーウェンに……リーダーに進言しました」
俺は、そこで一度だけ、言葉を切った。
自らの、最大の過ち。
だが、今は感情を挟むな。
ただ、事実だけを報告するんだ。
「その直後です。我々が空間の中央に到達した瞬間、足元の床が、何の前触れもなく崩落しました。俺の索敵では感知できなかった、大規模な召喚魔術と、重力魔術を組み合わせた複合型トラップでした。おそらく、術式そのものが、空間の構造に偽装されていたものと推測されます」
公爵は、何も言わない。
ただ、その鋭い瞳で、俺の言葉の一言一句を、聞き逃すまいと集中している。
西日が、彼の顔に深い陰影を刻んでいた。
「落下速度から推定される奈落の深さは、およそ二百メートル。仲間たちは、なすすべもなく闇へと……。オーウェンは、落下する寸前、俺に向かって叫びました。『生きろ』と。それが、彼の最期の言葉でした」
俺は、震えそうになる声を、奥歯を噛み締めて抑え込む。
「俺だけが、崩落の際に飛び散った瓦礫の突起に、偶然にもマントが引っかかり、九死に一生を得ました。……以上が、俺が目撃した、全ての状況です」
報告を終え、俺は再び公爵の顔を見た。
無表情だった。
「…………」
しばらくの沈黙。
やがて、公爵の口から、重々しい声が漏れた。
「……オーウェンが、なぜ貴殿を『我が背中を預けられる唯一の男』と言っていたのか……今、ようやく分かった」
公爵は言った。
「その記憶力、分析力、そして何より、自らの罪と正面から向き合い、感情に流されることなく、事実だけを正確に伝えようとするその覚悟……。斥候として、いや、一人の戦士として、貴殿は、間違いなく超一流だ。息子は……本当に、素晴らしい友を持ったのだな」
それは、鉄血公爵からの、最大級の賛辞だった。
長年、俺の肩に重くのしかかっていた罪悪感が、ほんの少しだけ、軽くなった気がした。
◇◇◇
公爵は、ふぅ、と長い息を吐いた。
「……ダンスタン殿。貴殿に、謝らねばならんことがある」
彼は、懐から取り出した、一冊の古びたファイルを、俺の前に静かに差し出した。
表紙には『『嘆きの揺り籠』ダンジョン崩落事故に関する公式調査報告書』と記されている。
「これは、先日、王家の書庫から取り寄せたものだ。儂は、長年、貴殿を疑っていた。なぜ、生き残ったお前が、Cランクの冒険者として生活をしているのか。なんらかの陰謀により、息子を亡き者にし、莫大な富を得ていたのではないか……など。……儂は、間違っていた」
公爵は、悔しそうに、自らを責めるように言った。
「この報告書は、改ざんされている。それも、極めて巧妙にだ。貴殿の証言の一部が意図的_に切り取られ、まるで貴殿が仲間を見捨てて逃げたかのように、印象操作が施されていた。儂は、その偽りの情報に、まんまと踊らされていたのだ」
その事実は、シグルーンの調査でも明らかになっていた。
「息子の死は、単なる事故ではない。儂は、そう考えておる。いつか、ダンスタン殿の力を借りるときがくるやもしれん。そのときは、よろしく頼む」
「……もちろん、俺で良ければ」
◇◇◇
さて、公爵との話は終わった。
ソルヴァとの件が蒸し返されないよう、さっさと屋敷を辞去しようとした、その時だった。
「……ダンスタン殿。最後に一つだけ、忠告しておく」
玄関で見送る公爵が、俺を呼び止める。
その声には、先ほどまでとは違う、鋭い警告の響きが込められていた。
「現在、王国国境付近で、不穏な動きがある」
「……そういえば、ギルドで軽く聞きました」
『鋼鉄のグリフォン』を倒す際、Aランクパーティーのメンバーが不足していた。
たしか国境付近の作戦に狩り出されているとかなんとかいう話だったはずだが……。
マグナル公爵は、俺の目をじっと見据え、強い口調で釘を刺した。
「貴殿は……貴殿と、きみの子たちは、その騒動に、絶対に近づくな。いいな、絶対に、だ」
その真意は、分からない。
だが、その瞳は、俺の身を案じている者のそれだった。
裏はなさそうだ。
俺は、ただ黙って頷き返すことしかできなかった。
◇◇◇
数日後。
俺たちの家には、すっかり平和な日常が戻っていた。
その日の朝も、いつもと同じ、賑やかな食卓だった。
「ぱぱー! このたまごやき、しぐるーんままが作ったから、まっくろこげにゃー!」とミーシャ。
「こ、これは芸術的なウェルダンだと言っているだろう!」とシグルーン。
「栄養価的には問題ありませんが、見た目が終わっていますね」とソルヴァ。
そんな、微笑ましい言い争いが繰り広げられていた、まさにその時。
「ぴーら! おてがみきてるよー!」
郵便受けを覗きに行ったクータルが、一通の封筒をひらひらさせながら、リビングに駆け込んできた。
「ん? 誰からだろう」
ピヒラが、不思議そうにその手紙を受け取る。
差出人の名前はない。
ただ、封蝋の代わりに、ぽつんと一つ。
真っ赤な、ハートマークの印が押されていた。
その、あまりにも場違いな印に、俺とシグルーン、そしてソルヴァの動きが、ぴたりと止まる。
「え……?」
ピヒラが、困惑した顔で俺たちを見つめている。
クータルだけが、状況を理解せず、きゃっきゃと笑いながら、爆弾を投下した。
「らぶれたー! らぶれたー!」
な、なんだと!?
ピヒラにラブレターだと!?
どこのどいつじゃ!!
パパは許さんぞ!




