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仲間を全員失った元英雄のおっさん(42)、辺境で子育てを始めたら娘たちが最強すぎてスローライフが崩壊する件  作者: 河東むく


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第55話 VS鋼鉄のグリフォン

 作戦決行前夜。

 俺たちの家は、静かな、だが確かな熱気に満ちていた。

 それは、決戦を前にした高揚感というより、家族総出で文化祭の準備をしているような、どこか温かい、不思議な一体感だった。


「パパ、できたよ」


 リビングのテーブルで、ピヒラが小さな乳鉢をそっと俺の前に差し出した。


 中には、月光を浴びてキラキラと輝く、銀色の鱗粉が満たされている。

 決戦の要、『宵光花(クヴェルスリス)』の鱗粉だ。


 彼女は、集めた花を丁寧にすり潰し、その効果を最大限に高める加工を施してくれたらしい。


「すごいな、ピヒラ」


「えへへ。これがあれば、あの硬い鎧も、ふにゃふにゃになるんだよね」


 誇らしげに胸を張るピヒラ。


 その隣では、ミーシャが広げた地図の上を、小さな肉球で指し示しながら、真剣な顔で報告を続けていた。


「パパ、さっき、森の小鳥さんたちに聞いてきたにゃ。グリフォンさんは、今夜も巣の奥でぐーぐー寝てるって」


 彼女の索敵能力は、もはや俺のそれを遥かに凌駕している。

 完璧な情報。

 これ以上ない追い風だ。


「ありがとうな、ミーシャ。お前は最高のチーフ・ガーディアンだ」


「にゃっふん!」


 俺が頭を撫でてやると、ミーシャは尻尾をぴんと立てて、最高に嬉しそうに喉を鳴らした。


 そして、最後に。

 俺が最終装備の確認をしていると、てちてち、と小さな足音が近づいてきた。


 クータルだった。


「ぱぱ、これ、あげる」


 そう言って、俺の手に握らされたのは、手のひらにしっくりと収まる、つるりとした丸い小石だった。

 その表面には、彼女の小さな指で、一生懸命に描いたであろう、竜の紋様が、おぼつかないながらも輝いている。


「まけないおまもり! くーが魔法を込めておいたから、パパがピンチになったら、思い出してね」


 娘からの、最高の贈り物。

 俺は、お守りを、そっと胸のポケットにしまい込んだ。


「ああ。これがあれば、パパは絶対に負けねえよ」


 俺は三人の娘たちの頭を順番に撫でる。

 そうだ。

 これは、俺一人の戦いじゃない。

 家族全員で挑む、初めての『狩り』なんだ。


「ぱぱが負けそうになったら、くーが助けに行くから、大丈夫だよ」


 ……今度は大丈夫だ。

 たぶん……。

 きっと……。



◇◇◇


 俺とシグルーン、ソルヴァは夜の闇に紛れて家を出る。

 森の入り口には、数人の男たちが息を潜めて待っていた。

 先日、ギルドで俺に食って掛かってきたAランクパーティ『竜の牙』の連中だ。


「……本当に、あんたたちだけで行くのか」


 リーダーを欠いた赤髪の剣士が、まだ信じられないといった顔で俺に問う。

 俺は、昼間のうちにギルドのカーヤを通じて彼らに連絡を取り、万が一の際のバックアップを依頼しておいたのだ。


「ああ。お前たちはいつでも逃げられる距離で待機していてくれるか。出番はないはずだが、念のためだ」


 俺は彼らの横を通り過ぎながら、立ち止まらずに、背中を向けたまま言った。


「見てな。お前たちのリーダーの、かたきは取ってきてやる」


 振り返らなかったから、彼らがどんな顔をしていたかは分からない。

 ただ、息を呑む気配だけが、背後から静かに伝わってきた。


◇◇◇


 月が、森を銀色に染め上げていた。

 風が木々の葉を揺らす音だけが、辺りを支配している。


 俺、シグルーン、そしてソルヴァの三人は、音もなく、森を進んでいた。

 先頭は、もちろん俺だ。

 長年培ってきた斥候としての技術を総動員し、小枝一本踏むことなく、獣道なき道を進んでいく。


 俺が右手で、すっ、と停止の合図を送る。

 背後の二人も、ぴたりと動きを止めた。


 ミーシャが教えてくれた、グリフォンの巣がある岩壁が、月明かりの下にその巨大な姿を現す。

 ここから先は、さらに慎重さが求められる。


 俺たちはハンドサインだけで意思疎通を図りながら、岩陰を縫うように、ゆっくりと巣へと接近していく。

 心臓の音が、やけに大きく聞こえた。

 だが、それは恐怖じゃない。

 完璧な作戦が、これから完璧に遂行されることへの、武者震いだ。


 やがて、風上にある、作戦決行ポイントの岩棚にたどり着く。

 眼下には、グリフォンの巣の入り口が、黒い口をぽっかりと開けていた。


 俺は、シグルーンとソルヴァに目配せした。

 二人は、こくりと静かに頷き返す。

 その瞳には、俺への絶対的な信頼の色が宿っていた。


 さあ、ショータイムの始まりだ。


◇◇◇


 この作戦の真のクライマックスは、物理的な戦闘じゃない。

 この、夜陰に紛れて行われる、沈黙の奇襲。

 知略と、家族の連携だけで、絶対的な強者を蹂躙する、この一瞬だ。


「――風よ」


 ソルヴァが、囁くように詠唱を始める。

 彼女の足元から、魔力で編まれた、目には見えない穏やかな風が巻き起こった。

 それは、巣の入り口へと向かう、完璧な風の道筋を描いていく。


「――結界、展開」


 シグルーンが、短く告げる。

 俺たちの周囲に、音も光もなく、薄い魔力の壁が形成された。

 万が一、グリフォンが鱗粉に気づいて暴れ出したとしても、この結界が俺たちを守ってくれるだろう。


 準備は、整った。

 俺は、ピヒラが作ってくれた『星屑』の入った革袋を、静かに構える。


 風の流れ、距離、角度。

 全ての要素を、一瞬で計算する。


 そして。


「――行け」


 俺の手から放たれた革袋が、放物線を描いて宙を舞う。

 それは、ソルヴァが作った風の道に乗り、完璧な軌道で、巣の入り口の真上へと到達した。


 俺は、腰に下げていたナイフを、音もなく抜き放つ。

 狙いは、宙に浮かぶ革袋。


 ひゅっ、と。

 風を切り裂き、投げ放たれたナイフが、寸分の狂いもなく革袋を切り裂いた。


 ―――その瞬間、奇跡が起こる。


 夜空に、銀色の星屑が、ふわりと舞い上がった。

 『宵光花(クヴェルスリス)』の鱗粉が、月光を浴びて、ダイヤモンドダストのようにキラキラと輝く。

 それは、あまりにも幻想的で、美しい光景だった。


 鱗粉のカーテンは、ソルヴァの風に導かれ、まるで生きているかのように、静かに、だが確実に、巣の中へと吸い込まれていく。


 直後。

 巣の奥から、何かが崩れるような、乾いた音が響き渡った。


 パリン……パラパラ……。


 眠りながら、無防備に鱗粉を吸い込んだグリフォンの、自慢の鋼鉄の鎧が。

 その絶対的な防御力が、音もなく、ただの砂のように脆く崩れ去っていく音だった。


 作戦は、成功だ。

 俺は、内心で会心の笑みを浮かべた。


◇◇◇


「――グルアアアアアッ!?」


 巣から現れたグリフォンは、混乱の極みにあった。

 眠っている間に、己の身に何が起きたのか、理解できていない。

 誇り高き鋼鉄の鎧は見る影もなく剥がれ落ち、柔らかい肌が、無防備に朝日に晒されている。


 ただの、デカい鳥。

 俺の言った通りだろう?


「終わりだ」


 俺たち三人は、岩陰から一斉に飛び出した。


 シグルーンの剣が、閃光のように走り、グリフォンの翼の付け根を正確に切り裂く。

 ソルヴァの放った氷の矢が、その動きを完全に封じた。


 そして、俺は。

 がら空きになった、その心臓めがけて、最後の一歩を踏み出す直前。

 俺は左手で、胸のポケットにしまい込んだ、あの丸い小石を、ぎゅっと強く握りしめた。


(―――パパは、絶対に負けねえよ)


 娘との約束を胸に、俺は一直線に駆け抜ける。


 ザシュッ!


 何の抵抗もなく、俺の剣は、その命の源を深く、深く貫いていた。

 断末魔の叫びを上げる間もなく、S級魔獣『鋼鉄のグリフォン』は、巨体を揺らし、どしんと地響きを立てて崩れ落ちた。


 文字通りの、瞬殺だった。


 戦闘の終結を察して、待機場所から駆けつけてきた『竜の牙』のメンバーたちが、その光景を呆然と見つめていた。


「……うそ、だろ……?」

「俺たちのリーダーが、手も足も出なかったあのグリフォンを……一瞬で……?」

「本当に……本当に、俺たちの仇を……」


 赤髪の剣士は、その場に膝から崩れ落ち、震える声で呟いた。


 俺は剣についた血を、静かに振り払った。


「言ったろ? ただのデカい鳥だってな」


 完璧なる、狩りの終わりだった。

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