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仲間を全員失った元英雄のおっさん(42)、辺境で子育てを始めたら娘たちが最強すぎてスローライフが崩壊する件  作者: 河東むく


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第53話 ぱぱにも、ぱぱ、いたの?

「人生をやり直せるとしたら、やり直したいですかな?」


 もし、あの日に戻れるのなら。

 オーウェンも、仲間たちも死なずに済んだ。

 ソルヴァを、あれほど長い間、一人で苦しませることもなかった。

 やり直せるものなら、やり直したいに決まってる。


 だが、俺の脳裏に浮かぶのは、過去の悪夢じゃない。


 台所で目を輝かせて料理の修行に励む一番弟子。

 家の平和を守るのだと胸を張るチーフ・ガーディアン。

 そして、俺の膝の上で安心しきった顔で眠る、銀髪の娘の寝顔。


 不器用ながらも、俺たちのことを気にかけてくれる、二人の母親役。


 そうだ。俺はもう、独りじゃない。


「……いや、もうやり直したいとは思わない」


 俺の、静かだが、きっぱりとした答え。


 それに、ホーコンは人の良さそうな笑みを崩さない。


「後悔なら、死ぬほどしたさ。だがな、俺にはもう、あのどうしようもねえ過去ごと、全部背負って生きていく覚悟がある。今の俺には、守りたい未来があるんでな」


 俺は、家に帰れば待っていてくれる、あの騒がしくて、どうしようもなく温かい家族の顔を思い浮かべる。


「過去をやり直すってのは、今の未来を捨てるってことだ。そんな選択肢は、今の俺にはねえよ」


「なるほど。素晴らしい覚悟ですな」


 ホーコンは、にこりと笑った。だが、その瞳の奥は、一切笑ってはいなかった。

 ……というか、こいつ、なにもんだ?

 ただの変人か?


◇◇◇


 家の扉を開ける。

 その瞬間、娘たちの賑やかな声が、俺を包み込んだ。


「あ、パパおかえり!」とクータル。

「おかえりなさい、にゃ!」とミーシャ。


 食卓を囲みながら、ふと、クータルが純粋な瞳で俺を見上げてきた。


「ねー、ぱぱ。ぱぱにも、ぱぱ、いたの?」


 その、あまりにも無垢な問いに、シグルーンとソルヴァの視線も、自然と俺に集まる。


「……さあな。俺は孤児院育ちでな。物心ついた時から、一人だった。だから、親父の顔なんて知らねえな」


 俺がぶっきらぼうにそう言うと、食卓に、少しだけ気まずい空気が流れた。

 娘たちは、どう反応していいか分からず、ただ黙って俺の顔を見つめている。


 その、重たい沈黙を破ったのは、やはりこの家の太陽だった。


「そっかー」


 クータルが、こくりと一つ頷いた。

 そして、椅子からぴょんと飛び降りると、てちてちと俺の元へ駆け寄ってくる。


「ぱぱがいないなんて、かわいそう」


 そう言うと、彼女は小さな体を精一杯伸ばし、俺のごつごつした頭を、ぽん、ぽん、と優しく撫で始めた。


「よしよししてあげるね。もう、さみしくないよ。クーが、ずーっといっしょにいてあげるからね」


 その、あまりにも純粋で、温かい慰め。

 俺は、思わず言葉を失った。

 込み上げてくる熱いものをこらえ、ただ「……おう」とだけ返すのが精一杯だった。


 その、あまりにも微笑ましい光景に、張り詰めていた食卓の空気が、ふわりと和らいでいく。


 俺は、そんな娘の頭を優しく撫で返すと、ふと気になっていたことをソルヴァに尋ねてみた。


「なあ、ソルヴァ。お前の親父さんってのは、どういう人なんだ? 今後、挨拶にも行かなきゃならんだろうしな」


 俺の言葉に、ソルヴァは少しだけ遠い目をして、静かに答えた。


「私の父ですか……。厳格な人間です。家名と、それに伴う責務を何よりも重んじる……そういう人間ですね」


「そうか」


 俺は、自分の薄汚れた冒険者の服を見下ろす。


「じゃあ、俺みたいな、Cランクの冒険者崩れが挨拶に行っても……」


「……おそらく、門前払いでしょうね」


 ソルヴァは、申し訳なさそうに、だがはっきりと告げた。


「話すら、聞いてもらえないかと存じます」


 その、あまりにも現実的な言葉を、シグルーンが引き継いだ。


「そういうことだ。ソルヴァ君のご両親に、お前を認めさせるには……家柄や財産に代わる、誰の目にも明らかな『実績』がいる。学園長のお墨付きだけでは足りんぞ。貴族というのは、そういうものだ」


 二人の母親役からの、厳しいが、的確な助言。

 そうだ。

 俺は、父親として、この家族を守るための『力』を、社会に示さなければならないんだ。


「……分かった。ちょっと考えてみる」


◇◇◇


 俺はギルドへと赴いていた。

 なにかしらの仕事で、実績が得られないか……と考えたのだ。

 高難易度の依頼をたくさんクリアするとか。


 王都のギルドは、やはり人が多い。

 人だかりの中心で、一人の若い女性職員が、屈強な冒険者たちに取り囲まれていた。


「どうしてくれるんだ、カーヤ! お前の寄越した情報が、デタラメだったんだろうが!」

「そうだ! お前のせいで、リーダーは……! あいつの冒険者生命は、もう終わったんだぞ!」


 怒声に混じる、悲痛な叫び。


 詰め寄られているのは、まだ少女の面影を残す、栗色の髪をおさげにした職員だった。

 カーヤ、というらしい。

 彼女は顔を真っ青にして、ただ「申し訳、ありません……」と繰り返すことしかできないでいた。


 赤髪の剣士が、今にもカーヤに掴みかからんばかりの勢いで吼えた。


「謝って済むか! あいつの夢を、未来を、どうやって返してくれるんだよ!」


 やれやれ。

 面倒なことになってやがる。

 見て見ぬふりはできなかった。


◇◇◇


「――そこまでにしとけ」


 俺の、低く、静かな声。

 その場の全員の視線が、一斉に俺へと突き刺さった。


「なんだ、てめえは……」


 赤髪の剣士が、敵意むき出しの目で俺を睨みつけてくる。


 俺は、そんな視線は意にも介さず、ゆっくりと彼らの間合いへと足を踏み入れた。


「気持ちは分かる」


 俺はまず、彼らの怒りを受け止める。


「仲間が傷つけられりゃ、腹も立つだろう。やり場のない怒りを、誰かにぶつけたくもなる。……俺も、昔はそうだった」


 俺の言葉に、冒険者たちの間に、わずかな動揺が走った。


「だがな」


 俺は、そこで一度、言葉を切る。

 そして、今度は一切の同情を排した、元Aランク冒険者としての、冷徹な声で言い放った。


「その怒りを、一番か弱いお嬢ちゃんにぶつけてるようじゃ、傷ついた仲間も浮かばれねえぞ」


「なっ……!」


「そもそも、てめえらのやり方にも問題があったんじゃねえのか? ギルドからの情報を鵜呑みにし、二次、三次の索敵を怠った。敵の戦力を完全に見誤り、撤退の判断も遅れた。そんなところだろう。違うか?」


 俺の指摘に、赤髪の剣士はぐうの音も出ない。図星だったんだろう。


「プロなら、どんな状況でも、最悪を想定して動け。情報を疑い、自分の目で確かめ、仲間を生きて帰す算段を立てる。それができねえなら、今すぐ冒険者なんざ辞めちまえ。……仲間を失う痛みは、一度で十分だろうが」


 俺の言葉は、ただの説教じゃない。

 同じ痛みを知る者だからこその、魂からの叫びだった。


 荒れ狂っていた赤髪の剣士の瞳から、急速に怒りの炎が消えていく。

 後に残ったのは、深い悔恨と、やり場のない悲しみの色だった。


◇◇◇


 パーティの連中が、悄然と立ち去った後。

 若い職員、カーヤが、俺の元へ駆け寄ってきた。


「あ、あの……ありがとうございました!」


「気にするな。お前が悪いわけじゃないんだろう」


 俺はそう言って、その場を立ち去ろうとした。

 これ以上、面倒事に関わるのはごめんだ。


「待ってください!」


 だが、カーヤは俺の行く手を阻むように、必死に食い下がってきた。


「あの、もしよろしければ、少しだけお話を聞いていただけませんか?」


「……手短にな。俺も暇じゃねえ」


 俺のぶっきらぼうな返事に、彼女はこくりと頷くと、真剣な顔つきで続けた。


「はい! 先ほどのAランクパーティー『竜の牙』の方々が失敗されたS級の依頼ですが、このまま放置するわけにはいかないんです」


「S級なら、S級の奴らに任せりゃいいだろう。俺はしがない学園の顧問で、ランクはあってないようなもんだ」


 俺がそう言ってあしらおうとすると、彼女は悲痛な顔で首を横に振った。


「それが……できないんです! 今、王都にいる腕利きの高ランクパーティのほとんどは、国境付近で起きている大規模任務に駆り出されていて……。『竜の牙』が、最後の頼みの綱だったんです。彼らが失敗した今、もう、あの魔獣を討伐できる実力者は、この王都には誰も……!」


 彼女は、涙ながらに訴える。


「このままでは、近隣の村や街道にまで被害が及ぶかもしれません。ギルド職員として、この事態を放置するわけには……。先ほどのあなたのお話ぶりと、あの『竜の牙』を風格だけで黙らせたお姿を拝見して……あなたしかいない、と! そう思ったんです!」


 カーヤは、そう言うと、カウンターの内側から、一枚の依頼書を震える手で俺に差し出してきた。

 懇願するように。

 最後の望みを託すように。


「どうか、この依頼書だけでも、見ていただけませんか?」


 俺は、はぁ、と深いため息をつくと、その依頼書を受け取った。

 そこに記されていたのは、俺の予想を遥かに超える、とんでもない名前だった。


『依頼ランク:S級』

『討伐対象:鋼鉄のグリフォン』


 実績作りには、ちと、荷が重すぎるかもしれないが……。

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