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仲間を全員失った元英雄のおっさん(42)、辺境で子育てを始めたら娘たちが最強すぎてスローライフが崩壊する件  作者: 河東むく


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第52話 婚約

 人生とはままならないものである。


 昨夜、俺は確かに人生の絶頂にいたはずだった。

 二人の美しく、強くて、そしてどうしようもなく愛おしい女性たちと共に、新しい家族を始める。

 そんな、夢のような未来を手に入れたはずだったんだ。


 なのに、どうしてこうなった……。


「聞け、ダンスタン。子供たちの健やかな成長に最も重要なものは何か。それは、真心のこもった『愛情』だ。そして、その愛情を最も効率的に摂取できるのが手作りの食事に他ならない。故に、この家の台所の主導権は、私が握る!」


 シグルーンが高らかに宣言していた。


 いや、悪いことは言わないからやめておけ……。

 適材適所って言葉あるからな……。


「論理が飛躍しています、シグルーン先生。成長期の身体が必要とするのは五大栄養素のバランスが最適化された食事です。愛情という非定量的な概念よりも、PFCバランスをこそ重視すべき。よって、調理担当は、私が最適解です」


 PFCバランスってなんやねん。


 新しい家族の、記念すべき最初の朝。

 俺たちの家のキッチンは、静かな、だが火花散る戦場と化していた。


 俺がテーブルでコーヒーをすすりながら遠い目をしていると、見かねたのか、一人の小さな救世主が動いた。


「あの……お二人とも」


 声の主はピヒラだった。


 彼女は、エプロン姿で仁王立ちする二人を交互に見上げ、困ったように、だが芯の通った声で言った。


「それなら、お二人で一緒に作るのはどうでしょう? シグルーンさんの『愛情』と、ソルヴァさんの『知識』が合わされば、きっと、最高のお弁当ができます」


 その、あまりにも的確で、平和的な提案。

 二人は顔を見合わせると、「む……」「ええ」と、それぞれ納得したように頷いた。


「よかろう、ソルヴァ! 私の愛情あふれる調理術を、お前の合理性でサポートすることを許可する!」

「承知しました。それが現状、最も効率的なアプローチです」


 こうして、休戦協定ならぬ『お弁当共同制作条約』が締結された。

 だが、それがさらなる悲劇の始まりだったことを、俺はまだ知らない。


◇◇◇


 二人の共同作業は、まさに混沌カオスだった。


「愛情表現の基本は、やはりハートだろう! この卵焼きも、もちろんハート型にだな……」

「却下します。卵一個あたりの熱効率と、弁当箱内の空間占有率を考慮すると、四角形が最適解です。愛情は、こちらのタコさんウィンナーで代替可能と判断します」


「なんだと!? タコとハートでは、伝わる愛情のベクトルが……!」

「栄養価に差異はありません」


 シグルーンの暴走する愛情を、ソルヴァが鋼の合理性で次々となぎ払っていく。

 一見すると、完璧なコンビネーションに見えなくもない。


 やがて、見た目だけは完璧で、栄養バランスも計算され尽くした『愛情と合理性のハイブリッド弁当』が完成した。


「ふふん。どうだ、ダンスタン。見たまえ、この完璧な布陣を!」

「ええ。理論上、これ以上の弁当は存在しません」


 自信満々の二人。

 だが、俺の長年の冒険者としての勘が、この物体に最大級の警報を鳴らしていた。


 俺は、味見と称して、恐る恐るソルヴァが作ったほうれん草のソテーを口に運ぶ。


「…………」


 味が、ない。

 いや、正確には「ほうれん草そのものの味」しかしない。

 栄養素を損なわないよう、塩も油も最小限、というかほぼ使っていないらしい。これはエサだ。


 次に、シグルーンが作ったハート型のハンバーグを一口。


「―――っ、からっ!」


 愛情を込めすぎた結果、塩と胡椒が殺人級の量、投入されていた。

 しょっぱすぎて食えたもんじゃない。


 ……終わった。

 これは、弁当の形をした兵器だ。


 俺が、絶望に打ちひしがれていると、それまで黙って様子を見ていたピヒラが、はぁ、と小さくため息をついた。

 そして、呆然とする二人の前に、とん、と立つ。


「お二人とも、お気持ちはとてもよく分かりました」


 その声は、静かだが、有無を言わさぬ響きがあった。


「でも、せっかくの食材を無駄にするのは、とても悲しいことです」


 ピヒラは、二人の手から調理器具をそっと受け取ると、にこり、と聖母のように微笑んだ。


「残り時間は、あと十分。大丈夫です。私に任せてください」


 その、あまりにも頼もしい一番弟子の背中を見ながら、俺は静かに思う。

 どうやら、この家の台所の平和は、当分この娘の双肩にかかっているらしい。やれやれだ。


「やくたたずは、がーでぃあんをやるにゃ」とミーシャ。


 シグルーンとソルヴァは、がっくりとうなだれていた。


◇◇◇


 お弁当の準備を終え、俺たちは、改めて食卓を囲んでいた。

 議題は、もちろん昨夜からの懸案事項だ。


『教師と生徒が結婚ってしていいんだっけ?』というピヒラの言葉だった。


 俺たちの、この常識はずれな家族の形を、社会が、そして学園という組織が、そう簡単に認めてくれるはずがねえ。


「原因は俺にある。俺が、この『特別顧問』とかいうのを辞めれば……」


 どうせ三ヶ月で帰るつもりだったしな……。


「お待ちください」


 ソルヴァが、静かに、だが凛とした声で言った。


「その問題の、最もシンプルで、合理的な解決策は、一つしかありません」


 彼女は、俺とシグルーンの顔を順番に見つめると、にこり、と。

 完璧な微笑みを浮かべて、告げた。


「――私が、早期卒業すればいいのです」


 その、あまりにも鮮やかで、予想だにしなかった一言。

 俺とシグルーンは、ただ顔を見合わせるしかなかった。


「早期卒業……? いや、しかし、そんな簡単に……」


「問題ありません」


 ソルヴァは、自信に満ちた声で続ける。


「この王立ヴァルヘイム魔法学園には、成績優秀者を対象とした『飛び級制度』が存在します。全課程の単位を早期に取得し、卒業試験に合格すれば、在学年数に関わらず卒業が認められる、と。幸い、私の成績は常に首席。卒業に必要な単位は、ほとんど取得済みです。あとは、最終試験を残すのみです」


◇◇◇


「さっきの件だがな。ソルヴァの早期卒業。確かに、それが一番の早道かもしれん」


 馬車で学園へ向かいながら、シグルーンが腕を組んで唸った。

 彼女は元ギルド支部長の顔に戻っている。


「だが、事はそう単純ではないぞ。ダンスタン、ソルヴァ。学園内での、お前たち二人の間のあらぬ噂は、きみたちが思っている以上に広まっている。このまま事を進めれば、醜聞スキャンダルになりかねん。お前と私は良いにしても、娘たちに影響があるだろうからな……」


 そう。

 例の「世紀のカップル誕生」騒動だ。

 あれ以来、俺とソルヴァは完全にそういう目で見られている。


「ここは、正面から学園長に『相談』すべきだ。我々の特殊な事情を説明し、理解を得ておく必要がある。これは『報告』ではなく、あくまで『根回し』だ。事を穏便に進めるためのな」


 さすが、組織の長だった女だ。

 現実が見えている。


 俺たちはシグルーンの提案に従い、三人で学園長室へと向かった。


 道中、すれ違う生徒たちが、俺とソルヴァを見てヒソヒソと囁き合っているのが聞こえる。

 やれやれ、居心地が悪いぜ。


◇◇◇


「うーむ……」


 学園長室で俺たちの話を聞き終えた学園長は、長い髭を扱きながら、難しい顔で腕を組んだ。


「事情は理解した。儂とて、君たちの覚悟を無下にはしたくない。何より、幼子たちの将来を思えばこそ、じゃろう。……だが、儂もこの学園の長じゃ。立場上、生徒と教職員の個人的な関係を、公に認めるわけにはいかん」


 やはり、そうか。


 だが、学園長は静かに言葉を続けた。


「……そこで、だ。一つ、儂からの提案というか、現実的な落としどころなのだがな」


 彼は、俺とソルヴァを交互に見つめ、悪戯っぽく片目をつぶった。


「表向きは、ダンスタン顧問とソルヴァ君は『婚約』した、ということにしなさい」


「「は!?」」


 俺とソルヴァの、素っ頓狂な声が重なった。


「婚約じゃよ。それならば、卒業後の結婚を見据えた、節度ある関係として、学園も君たちを守る大義名分が立つ。醜聞を気にする外部の連中も黙らせられよう。どうじゃ? 悪い話ではあるまい?」


 あまりの展開に、俺たちの思考は完全に停止している。


「ただし、条件がある」


 学園長は、今度はソルヴァに、諭すような、だが厳しい視線を向けた。


「ソルヴァ君。君のご両親には、必ず話を通しておくのだぞ。それが、人としての『筋』というものじゃ」


 その言葉に、ソルヴァはハッと顔を上げた。


(……そうか。こいつにも、親がいるんだったな)


 俺は、あまりにも基本的なことを、すっかり忘れていた。


◇◇◇


 学園長室を後にした俺たちの足取りは、軽いとは言い難かった。

 ひとまずの解決策は見つかった。だが、新たに「婚約」だの「両親への挨拶」だの、とんでもない課題が降ってきたからだ。


 うーん。

 ソルヴァの両親か。

 俺のこと、どう思ってるのかなぁ……。


 ソルヴァやシグルーンと別れ、特別顧問室へと向かう。

 ぼんやりと、将来のことを考えながら……。


 そのときだった。

 向かいから、一人の教師が歩いてくる。

 たしか……ホーコンとか言ったか。


「これは、ダンスタン顧問。学園長室で、何か難しいお話でしたかな?」


 にこやかな、人の良さそうな笑み。


「もし、何かお困りのことがあれば、いつでも私にご相談ください。微力ながら、お力になりますので」


「ああ、ありがとう」


 まあ、相談なんぞするわけがないけれども。


「ひとつだけ、質問しても良いですかな」とホーコンが言った。


「ああ。べつにひとつと言わず、好きに聞いてくれたらいいが」


 答えるかどうかは別だけどな。


「人生をやり直せるとしたら、やり直したいですかな?」


「……はぁ?」

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