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仲間を全員失った元英雄のおっさん(42)、辺境で子育てを始めたら娘たちが最強すぎてスローライフが崩壊する件  作者: 河東むく


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第50話 普通って、そんなに大切なもの?

 夜が、明けない。


 ベッドの中で何度寝返りを打っただろうか。窓の外はまだ闇に沈んでいる。


 シグルーン。

 子供が産めないという、彼女の魂の叫びごと、俺は抱きしめたいと思った。

 理屈じゃない。ただ、この先の人生を、あいつと一緒に歩んでいきたい。

 関係の長さでいえば、誰よりも長い。


 ソルヴァ。

 兄を失い、偽りの憎しみに心を縛られていた、孤独な少女。

 年齢の差はありすぎるし、恋愛感情とは違う。

 だが、傷つけたくない。

 オーウェンの件もある。

 あいつの代わりに、俺がこの子の拠り所になってやらなければならないという、強い責任感があった。


 二人とも、大切だ。


 だから、選べない。

 どちらかを選ぶということは、もう一方を捨てるということだ。

 そんなこと、できるはずがねえ。


 どうすれば、誰も傷つけずに済むんだろうな……。


 答えの出ない問いが、脳内で無限にループする。


 俺は、ただ、明けない夜の中で、疲弊していくことしかできなかった。


◇◇◇


 翌朝。

 俺は台所に立っていた。


 トントントン、と。

 まな板の上で、人参を刻む音が、やけに虚しく響く。


 ただ、手を動かしているだけ。

 料理に、心がこもっていない。


 そんな俺の背中に、静かな声がかけられた。


「パパ」


 振り返ると、ピヒラが立っていた。

 一番弟子の彼女は、いつものようにエプロンをきゅっと結び、俺の隣に並んで立つ。

 そして、俺の顔を、じっと、真剣な瞳で見上げてきた。


「顔に、元気がないみたい。何か、悩み事?」


 その、あまりにも真摯な眼差し。

 俺は、思わず言葉に詰まった。


 父親として、娘の前で弱音を吐くなんて、格好悪すぎる。

 なんでもない、と強がるべきだ。


 そう、頭では分かっているのに。


「……どうすれば、誰も傷つけずに済むんだろうな」


 ぽつり、と。

 俺の口から、弱音がこぼれ落ちていた。

 もう、一人で抱え込むのは、限界だったのかもしれない。


 ピヒラは、何も言わない。

 ただ、静かに、俺の言葉の続きを待っている。


 俺は、料理の手を止めると、ぽつり、ぽつりと、昨夜からの苦悩を漏らしてしまった。

 シグルーンのこと。ソルヴァのこと。

 そして、その間で揺れ動く、自分の不甲斐ない心を。


 俺の、あまりにも情けない告白を、ピヒラは、ただ黙って、真剣な顔で聞いていた。


◇◇◇


 俺が全てを話し終えると、しばらくの間、沈黙が台所を支配した。


 やがて、ピヒラは少しだけ考えるように視線を彷徨わせた後、俺の目をまっすぐに見つめ返してきた。


「パパ。人間のことはあまり詳しくないけど、少しだけ、私の故郷の話をしてもいい?」


 その声は、説教じみたものでは、決してなかった。


「……ああ」


 俺が頷くと、彼女は、淡々と、だが、どこか懐かしむように語り始めた。


「私のいたエルフの森では、男の人が、とても少なく生まれるの。だから、一人の強い男の人を、何人かの女の人が支え合って、大きな家族を作るのは、とても自然なことだった」


 ピヒラは、ゆっくりと言葉をつづける。


「それは、誰か一人が我慢する、っていうものじゃないの。愛する人が増えるのは、喜びが増えること。支えてくれる手が増えるのは、安心が増えること。みんなで、一緒に幸せになるための、昔からの、大切な知恵なんだよ」


 彼女は穏やかな口調でつづける。


「パパの想う『好き』っていう気持ちは、一つだけじゃなきゃいけないの? シグルーンさんを想う気持ちも、ソルヴァさんを想う気持ちも、どっちもパパの本当の心から生まれた、温かくて、大切なものじゃないかな」


 ピヒラの、あまりにも純粋な言葉。


「どうして、その大切な気持ちを、どちらか一つだけ選んで、もう一つを捨てちゃおうとするの? それは、すごく悲しいことだと思う」


 俺は、何も言えない。


 そして。

 料理の一番弟子であり、俺の『恋愛の師匠』でもある娘は、最後に、その翡翠色の瞳で、俺の魂のど真ん中を、まっすぐに射抜いてきた。


「パパ」


 その声は、どこまでも澄んでいて、力強かった。


「どうして、どちらか一人を選ばないと、いけないの?」


 ―――どうして、どちらか一人を選ばないと、いけないのか。


 その、あまりにも根源的な問い。


「え……?」


 俺の口から、間抜けな声が漏れる。


「そりゃ、常識的に考えてだな……人間社会では、普通は、ひとりを選ばないといけないんだ」


 俺が、かろうじて絞り出した反論。


 だが、師匠は、そんな俺の最後の砦を、いとも容易く、粉々に打ち砕いてみせた。


「常識って何? 普通って何?」


 彼女は、不思議そうに、ただ純粋に小首をかしげる。


「普通って、そんなに大切なもの? 私も、クータルも、ミーシャも、普通じゃないよ。でも、パパは私たちを家族だって言ってくれた。それじゃ、だめなの?」


 常識。

 普通。

 俺が、これまで揺るぎないものだと信じてきた、世界の土台そのもの。


 それが、この小さな娘の、たった一言の問いかけの前で、もろくも崩れ去っていく。


 ……俺は、いったい、どうすればいいんだ?

――――――――――――――――――

【★あとがき★】


皆様の応援のおかげで★100達成できました。

ありがとうございました。

皆様が読んでくれている間はつづきます(きっと)。


『婚約破棄の責任を負わされ実家から追放された。実は人の【心の闇】が視えるので、辺境で訳ありのヒロイン達を救っていたら、最強のヤンデレ騎士団を率いることになった件。』

という新作も同時連載中です。

興味があれば読んでみてください。

https://kakuyomu.jp/works/16818792436369285224

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