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仲間を全員失った元英雄のおっさん(42)、辺境で子育てを始めたら娘たちが最強すぎてスローライフが崩壊する件  作者: 河東むく


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第49話 赤子は好きだが、そんなことがどうでも良くなるくらい、お前のことが好きだ

 俺はシグルーンと一緒に夜道を歩いていた。


 ソルヴァからの告白で頭のなかは混乱していたが……。

 シグルーンに伝えなければならないことがある。


 俺は、腹を括った。

 これは、あの日のプロポーズのやり直しだ。


 理屈じゃない。

 心だ。


 頭の中で、ピヒラの言葉が何度も反響する。

 そうだ。今度こそ、間違えない。

 この、朴念仁なりのやり方で、俺の本当の気持ちを伝えるんだ。


 月明かりが照らす静かな道を、俺たちは無言で歩く。

 俺たちの足音だけが、やけに大きく聞こえた。

 ひんやりとした夜気が、決意で火照った顔に心地いい。


 やがて、人通りのない庭園に差し掛かった時、俺は意を決して、歩みを止めた。

 そして、彼女の前に回り込み、正面から向き直る。


「シグルーン」


 俺の、いつもより少しだけ低い声に、彼女の肩がびくりと震えたのが分かった。


「すまなかった」


 俺は、一昨日のプロポーズについて、深々と、ただ深々と頭を下げた。


「俺は、完全に間違っていた。お前の気持ちを想像していなかった。お前が一人で抱えている痛みも、苦しみも、何も分かろうとせずに、自分勝手な理屈だけを並べ立てた。男として、最低だった。本当に、馬鹿な男で、すまない」


◇◇◇


 俺の謝罪を受け、シグルーンが息をのむ気配がした。


 俺は、ゆっくりと顔を上げる。

 そして、今度こそ、ピヒラに教わった「心」で語り始めた。


「理屈じゃねえんだ」


 声が少しだけ震えた。

 だが、もう迷いはなかった。


「俺は、お前と一緒にいたい。お前がいない食卓は、もう考えられねえんだ。お前がただそこにいて、笑ってくれるだけで、あの家は、どうしようもなく温かくなる。俺にとっても、娘たちにとっても、お前はもう……かけがえのない家族なんだ」


 それが、俺の率直な本心だった。


「だから、頼む。これからもずっと、この温かい家で、俺たちと、家族でいてほしい。……これが、俺の本当の気持ちだ」


 俺の魂からの言葉に、シグルーンの表情が和らいだ。


◇◇◇


「……ありがとう。その言葉が聞けて、嬉しい」


 彼女は、そう言って、ふわりと儚げに微笑んだ。


 だが、その笑みはすぐに消える。

 一度ぎゅっと唇を結び、何かを振り払うように覚悟を決めた顔になる。


「……なあ、ダンスタン。お前は、赤子は好きか?」


 その問いに、俺はクータルの赤ん坊時代を思い出す。


 あの、ミルクの匂い。

 耳をつんざくような泣き声。

 壊れそうなくらい小さな指が、俺の指を必死に握ってきた時の、あの温かい感触。


 俺は、心の底から頷いた。


「ああ。好きだ。どうしようもなく、可愛いと思う」


 俺の答えを聞いたシグルーンは、満足そうに、そして、どこか悲しそうに、一度だけ目を伏せた。


「私はな、ダンスタン。わかっているとは思うが、年齢的にも、もう子供は産めない」


 震える声。

 途切れ途切れになる言葉。


 彼女の絶望が、痛いほどに伝わってくる。


「私は、お前の子を産むことはできない。だから、私は、身を引くべきなんだ。私では、お前に本当の家族の幸せを与えてやれない。お前の、幸せのために……」


◇◇◇


「馬鹿野郎」


 俺は、これまでで一番優しい声を心がけて、そう言った。

 そして、目の前で涙をこらえる、愛おしい女の震える肩を、そっと抱きしめた。


「赤子は好きだが、そんなことがどうでも良くなるくらい、お前のことが好きだ」


 その言葉に、シグルーンの張り詰めていた最後の糸が、ぷつりと切れた。


 彼女は、俺の胸に顔を埋め、堰を切ったように泣き崩れる。


 俺は、その震える肩を、ただ、強く抱きしめた。

 二人の心は、ようやく、完全に一つになった。


「……すまない」


「何を謝る必要があるんだ? 泣くな。笑えばいい。俺達は、いま、幸せなんだから」


 シグルーンは涙を瞳に浮かべたまま、ぐしゃぐしゃの、不格好な笑みを見せた。


◇◇◇


 俺が、シグルーンをもう一度強く抱きしめようとした、その時だった。

 彼女は、そっと俺の胸に手を当てて、少しだけ、体を離した。


 その瞳はまだ潤んでいるが、そこにはもう涙はない。


「ダンスタン」


 静かな、だが有無を言わさぬ声だった。


「学園で噂になっている。聞いているぞ、ソルヴァ君のことだ」


 その名が出た瞬間、俺の心臓がどきり、と跳ねた。


 俺が言葉に詰まっていると、彼女は諭すように言葉をつづけた。


「ソルヴァくんへの答えは決まっているのか?」


 俺は、即答はできなかった。

 いったい、どうすれば良いのかわからない。

 まだ混乱している段階だ。


「……お前自身が、ソルヴァくんの想いに誠実な答えを出すべきだ。それが、お前自身の誠実さの証であり、彼女に対する最低限の礼儀でもある」


 彼女は、俺の目をまっすぐに見つめ、とどめの一言を告げた。


「彼女は若いが、いい伴侶になるだろう。赤子の件もある。なあ、もう一度、しっかりと考えて、答えを出してくれ」


 その声は、震えていなかった。

 覚悟を決めた、静かな響きがあった。


「お前の気持ちは、痛いほど伝わった。……だから、私の返事も、その時まで『保留』させてくれ」


 シグルーンは微笑んだ。


「待っているぞ」


 俺たちの関係は、まだ形にはならない。

 だが、それでいい。


「……分かった」


 俺は、静かに頷いた。

――――――――――――――――――

【★あとがき★】


『婚約破棄の責任を負わされ実家から追放された。実は人の【心の闇】が視えるので、辺境で訳ありのヒロイン達を救っていたら、最強のヤンデレ騎士団を率いることになった件。』

という新作も同時連載中です。

興味があれば読んでみてください。

https://kakuyomu.jp/works/16818792436369285224

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