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仲間を全員失った元英雄のおっさん(42)、辺境で子育てを始めたら娘たちが最強すぎてスローライフが崩壊する件  作者: 河東むく


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第47話 ――私が、あなたの妻になります

 ピヒラが寮の厨房でたくさんの笑顔を生み出したあの日。

 俺は、あいつのひたむきな姿に、父親として、そして一人の男として、大事なことを教わった気がしていた。


 『気持ちを伝える』ってのは、理屈じゃねえ。

 ただ、相手を想う、その一心なんだ、と。


 シグルーンとの、あの気まずい関係も、もう少しだけ、俺なりに頑張ってみるか。


 そんな、少しだけ前向きな気持ちが、俺の心に芽生え始めていた、そんな日の昼下がりのことだった。


「――ダンスタン顧問。少し、お時間よろしいでしょうか」


 俺の『特別顧問室』という名の物置を訪ねてきたのは、意外な人物だった。

 生徒会長の、ソルヴァだ。

 先日の、ケティルの一件以来、どこか気まずくてあまり話せていなかったが……。

 その表情に、以前のような硬さはない。


「おう。どうした?」


「実は、私たち、数名の有志でチームを結成しまして。近々、ギルドに登録されている、ゴブリンの斥候部隊の討伐依頼を受けようと考えているのです」


 ほう、と俺は感心する。

 あの一件を乗り越えて、こいつも一歩、前に進もうとしているらしい。


「つきましては、顧問に、私たちの初陣の監督をお願いできないかと……。もちろん、ご迷惑なのは重々承知の上ですが」


 深々と頭を下げるソルヴァ。


 その真摯な瞳に、断る理由なんてどこにもなかった。


「分かった。引き受ける」


「本当ですか!?」


 ぱっと顔を輝かせるソルヴァ。

 その、年相応の素直な反応に、俺も思わず笑みがこぼれる。


 だが、その和やかな空気を、遠慮なくぶち破る小さな竜巻が、俺の足元に突撃してきた。


「ぱぱとおでかけ! くーもいく!」


 いつの間に聞きつけていたのか、クータルだった。

 時折、授業をサボっては特別顧問室にいる。

 俺といたいときにはいてもいい、という話になっていた。


 クータルは、俺のズボンの裾をぎゅっと掴み、キラキラした瞳で、有無を言わさぬ圧をかけてくる。


「こら、クータル。遊びに行くんじゃねえんだぞ。危ないから、お前は留守番だ」


「やーだー! いくのー!」


 ぷうっと頬を膨らませ、その場に座り込む。

 てこでも動かない、という強い意志を示す。


 やれやれ、こうなったら、このお姫様は言うことを聞かねえ。


 俺はソルヴァに「すまんが……」と断りを入れると、クータルに「絶対に俺から離れないこと」を固く、固く約束させて、結局、連れて行くことになった。


 まあ、ゴブリンの斥候部隊程度なら、危険はないだろう。


◇◇◇


 現場の森は、王都から馬車で半日ほどの距離にあった。

 ソルヴァが率いるチームは、彼女を含めて五人。

 いずれも、学園内でトップクラスの実力を持つ、エリート中のエリートたちだ。

 個々の能力は、間違いなく高い。

 だが……。


「斥候より報告! 前方三百メートル先に、ゴブリンを五体発見!」


「よし、陣形を組んで前進! 私が前衛、後衛は魔法で援護を!」


 ソルヴァの的確な指示が飛ぶ。


 だが、動きが、どうにもちぐはぐだった。


 前衛の二人が功を焦って突出しかけ、後衛の魔法使いの詠唱が、味方に当たりそうになって慌てて中断する。

 連携が、まったく取れていない。


(……まあ、初陣なんてこんなもんか)


 俺は、少し離れた木の上から、クータルを膝に乗せてその様子を見守っていた。

 俺が口を出すのは、本当に危険な時だけでいい。


 やがて、チームはゴブリンの斥候部隊と接触した。

 個々の実力は、やはり本物だった。

 多少の連携ミスはあったものの、数の利もあって、危なげなくゴブリンたちを殲滅していく。


「やったぞ!」

「大したことなかったな!」


 楽勝ムードが、チームに広がる。

 だが、俺の長年の冒険者としての勘が、この状況に警鐘を鳴らしていた。

 おかしい。

 ゴブリンの斥候にしては、数が少なすぎる。

 それに、このゴブリンたちの装備……やけに上等じゃねえか?


「待て! 何かおかしい!」


 俺が叫んだ、その時だった。


 斥候役の生徒が、報告を訂正する。


「す、すみません! ゴブリンの集団が現れました! ゴブリンの数は、ご、五十です! それに、あのデカいのは……ホブゴブリンだ!」


 ガサガサガサッ!


 その言葉を裏付けるように、周囲の茂みから、無数のゴブリンが、武器を構えて姿を現した。

 その中には、一際体格のいい、醜悪な笑みを浮かべたホブゴブリンが三体。

 完全に、包囲されていた。


「なっ……!?」

「ひぃっ!」


 生徒たちの顔から、血の気が引いていく。

 さっきまでの楽勝ムードは、一瞬で絶望へと変わった。


 やれやれ。

 どうやら、俺の出番らしい。


◇◇◇


「――全員、落ち着け! 俺の指示を聞け!」


 木の上から飛び降りながら、俺は腹の底から声を張り上げた。


 パニックに陥っていた生徒たちの動きが、ぴたりと止まった。


「前衛二人、俺の左右を固めろ! 絶対に前に出るな! 魔法使い、詠唱開始! 狙いは、敵のリーダー格、ホブゴブリンだ!」


 生徒たちは、戸惑いながらも、俺の指示に従って動き始める。

 それだけで、崩壊しかけていた陣形が、見る見るうちに立て直されていく。


「よし、行くぞ!」


 俺は剣を抜き、ゴブリンの群れへと斬り込んだ。

 狙いは、敵を殲滅することじゃない。

 ただ、時間を稼ぐ。

 後衛の魔法が、完成するまでの、数秒間を。


 俺の剣が、唸りを上げてゴブリンを薙ぎ払う。


 だが、敵の数が多い。

 じりじりと、押し込まれていく。


「まだか!」


「ま、もなく!」


 魔法使いの悲鳴のような声が返ってくる。

 その時だった。


「――キシャア!」


 リーダー格のホブゴブリンが、俺たちの陣形の僅かな綻びを見逃さなかった。


 その狙いは、俺じゃない。

 ソルヴァだった。


 巨大な棍棒が、彼女の頭上へと振り下ろされる。


「しまった――!」


 剣じゃ間に合わん。

 俺はソルヴァと棍棒の間に、無理やり体を割り込ませた。


 打ちどころが悪ければ死だが……。


 ぎゅっと目を瞑った、その瞬間。


「――ぱぱのじゃまするなー!」


 甲高い声が、森に響き渡った。

 声の主は、俺の背後で、ずっと戦いを見守っていたクータルだった。


 彼女が、天に向かって小さな両手を掲げる。

 その体から、凄まじい黄金の光が放たれた。

 それは、炎でも、雷でもない。

 ただ、純粋な『光』の奔流。

 聖なる裁きの光が、ホブゴブリンを、そして、その周囲にいた全てのゴブリンを、一瞬で飲み込んでいく。


 断末魔の叫びを上げる間もなく、魔物たちは、光の中に塵となって消滅した。


◇◇◇


 帰り道。

 馬車の中は、気まずい沈黙に包まれていた。

 ソルヴァたちは、クータルの規格外の力に、完全に気圧されてしまっている。


 クータルは疲れちまったようで、うとうとと船を漕いでいる。


 やがて、ソルヴァが、意を決したように言った。


「申し訳、ありませんでした。全て、私の未熟さが招いたことです」


「気にするな。初陣なんて、あんなもんだ。俺とオーウェンの初陣は、もっとひどかったぞ。二人で泣きながら逃げたもんだ」


「……はい。わかりました。精進します」ソルヴァは、寝そうになっているクータルを撫でた。「クーちゃんも、本当にありがとう。なにかお礼ができたらいいんだけど」


 クータルは、少しだけ目を開いた。


「んー……ぱぱと、しぐるーん、けんか、やーなの……」


 その、あまりにも無邪気な一言。

 お礼に、どうにかしろってか。

 無茶を言う。


 ぴくり、とソルヴァの肩が震えた。


「……ダンスタン顧問と、シグルーン先生は、その……仲が、よろしくないのですか?」


 おずおずと尋ねてくるソルヴァ。


 まあ、隠すことでもねえか。


「まあな。ちょっと、俺が悪いせいなんだが、こじれててな」


 俺がそう言って苦笑すると、ソルヴァの顔が、みるみるうちに青ざめていった。


 彼女は、何かを必死に考え込むように俯くと、やがて、顔を上げた。


 その瞳には、先ほどまでの未熟な生徒の面影はない。


 強すぎるほどの責任感と、覚悟の光が宿っていた。


(……なんだ、この顔は)


 俺が、嫌な予感を覚えた、まさにその時。


 彼女は、俺の目をまっすぐに見据え、とんでもないことを言い放った。


「ダンスタン顧問。原因は、私にあります」


「は?」


「あなたが、シグルーン先生との関係に悩んでいらっしゃるのは、私の存在が、あなたと彼女の間に、要らぬ波風を立てているからに違いありません」


 いや、そんなことは欠片もねえんだが。

 どうやら、この真面目すぎる元生徒会長は、斜め上の結論に到達しちまったらしい。


 彼女は、すう、と息を吸い込むと、さらに言葉を続けた。

 その声は、真剣そのものだった。


「ですので、責任を取らせてください」


「責任……?」


「はい。これは、恋愛感情などという、非論理的なものではありません。現状の問題点を分析し、導き出された、最も合理的で、効率的な解決策です」


 どこかで聞いたような台詞だな、おい。


 俺が、呆気にとられて言葉を失っていると、彼女は、その完璧に整った顔で、静かに、だがはっきりと、告げた。


「――私が、あなたの妻になります」

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