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仲間を全員失った元英雄のおっさん(42)、辺境で子育てを始めたら娘たちが最強すぎてスローライフが崩壊する件  作者: 河東むく


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第45話 月夜の告白

 決戦の日が来た。


 昨夜、『しーちゃん』に背中を押された俺は、もう迷わない。

 男ダンスタン、四十二歳。

 腹は、括った。


「……やるぞ」


 誰に言うでもなく呟き、頬を両手でパンッ! と気合を入れるように叩く。


 見ていてくれ、しーちゃん。

 俺だって、やるときはやる男なんだ。


 リビングへ向かうと、すでに朝食の準備が整っていた。

 テーブルの向こう側で、シグルーンが紅茶を飲んでいる。


 いつもはラフなシャツ姿なのに、今日は新調したらしい、上品なブラウスなんぞ着込んでいる。

 化粧も、いつもより心なしか念入りな気がする。

 ちら、ちら、とやけに俺の方を見ては、すぐにぷいっと顔をそむける。


(何か、いいことでもあったのか?)


 まあ、いい。

 俺が今集中すべきは、今夜の決戦の舞台と、そして、伝えるべき言葉だ。

 完璧なシチュエーションで、完璧な言葉を紡ぐ。

 それが、俺なりの誠意ってやつだ。


「パパ、おはよう」

「おはよう、にゃ!」


 眠い目をこすりながら起きてきたピヒラとミーシャに挨拶を返す。


 ピヒラが、俺とシグルーンの顔を交互に見比べると、何かを察したように、にや、と生暖かい笑みを浮かべた。

 やめろ、その顔は。


「パパ、おかわり!」


 クータルだけは、いつも通り、元気いっぱいに空になった皿を差し出してくる。

 うん、お前が一番だな。


 俺は娘たちの世話を焼きながら、頭の中では今夜のシミュレーションを繰り返していた。

 よし、完璧だ。

 負ける要素が、どこにもねえ。


◇◇◇


 その日一日は、正直、何も手につかなかった。

 『特別顧問』として授業に立ち会っても、生徒たちの剣筋なんて、まったく頭に入ってこない。


 昼休み、食堂でばったり会ったシグルーンも、どこか上の空だった。

 目が合った瞬間に、びくりと肩を震わせて、顔を真っ赤にして逃げるように去っていく。


(……よし、よし。あいつも、覚悟が決まってきたようだな)


 俺は一人、うんうんと頷く。

 今夜、俺が切り出す話を、彼女も薄々感づいているに違いない。

 その緊張感が、そうさせているんだろう。


 やがて、放課後を告げる鐘が鳴り響く。

 俺は家に帰る前のシグルーンを、渡り廊下で呼び止めた。


「シグルーン」


「な、なんだ!」


 心臓が飛び出そうな顔で、彼女は振り返る。


「今夜、大事な話がある。家の近くにある月の綺麗な庭園で、待っていてくれないか」


 俺の、渾身の誘い文句。

 それを聞いたシグルーンは、一瞬、ぽかんと口を開けて固まった。

 そして、次の瞬間。

 顔を、首筋まで、りんごのように真っ赤に染め上げた。


「……わ、分かった」


 か細い声でそれだけ言うと、彼女は脱兎のごとく走り去っていった。

 その背中を見送りながら、俺は勝利を確信する。


 舞台は整った。

 今夜、俺たちの関係は、新しいステージへと進むことになる……だろう。


◇◇◇


 月が、美しい夜だった。


 庭園は、銀色の月光に満たされ、静まり返っている。

 色とりどりの夜光花が、淡い光を放ちながら、甘い香りを漂わせている。

 完璧すぎる。

 告白の舞台として、これ以上の場所はねえだろう。


 しばらくして、カツ、カツ、と控えめな足音が近づいてきた。

 シグルーンだった。


「……待たせたな」


「いや、俺も今来たとこだ」


 気まずい沈黙が、流れる。

 俺は一つ、ごくりと喉を鳴らすと、覚悟を決めて口を開いた。


「シグルーン」


「……はい」


 彼女の返事が、震えている。


 俺は真剣な顔で、練習してきた言葉を、一言一句、間違えないように、丁寧に紡いでいく。


「まず、現状を整理しよう」


「……へ?」


 素っ頓狂な声が返ってくるが、構うもんか。

 これは、俺たちの未来のための、重要なプレゼンテーションなんだ。


「第一に、娘たちのことだ。クータル、ピヒラ、ミーシャ。あの子たちには、法的な後ろ盾が必要不可欠だ。この学園に通わせ続けるにしても、将来、社会に出ていくにしても、しっかりとした『家族』という基盤がなければ、余計な苦労を背負わせることになる」


 俺はそこで一度、言葉を切る。

 シグルーンは、ぽかんとした顔で、ただ俺を見つめている。


 よし、ちゃんと聞いているな。


「次に、君のことだ。君は、俺が関わったブルーム男爵との一件が原因で、ギルドの支部長という職を失った。つまり、今の君は無職だ。この責任は、全面的に俺にある。男として、この責任は必ず取らねばならん」


 俺は、彼女の目をまっすぐに見据え、力強く続ける。


「以上の二点を踏まえ、現状を打開するための、最も合理的かつ効率的な解決策を、俺は導き出した」


 さあ、いよいよ本題だ。


 俺は、すう、と息を吸い込んだ。


「シグルーン。俺と、結婚してくれ」


 言った。

 ついに、言ってやったぞ。


 だが、俺のプロポーズは、まだ終わらない。

 一番大事な、補足事項を伝えなければ。


「もちろん、これは恋愛感情に基づいたものではない。あくまで、双方の利益のための、契約だ。愛情とか、そういう面倒なものは一切抜きでいい。ただ、『形だけ』の夫婦になってくれれば、それでいいんだ」


 完璧だ。

 俺の、非の打ち所がない、完璧なプロポーズ。

 これで、俺たちの問題は全て解決する。


 俺がシグルーンに対して持っている感情と、シグルーンの俺に対しての感情は違うだろうからな。

 そういう感情を押し付けない、最高の方法だ。


 俺は、満足感に浸りながら、彼女の返事を待った。


◇◇◇


 だが。

 返事は、なかった。


 目の前のシグルーンは、ただ、固まっていた。

 さっきまでの、期待に満ちた表情はどこにもない。

 その顔から、すうっと血の気が引いていくのが、月明かりの下でもはっきりと分かった。


「……シグルーン?」


 俺が訝しんで声をかけると、彼女の唇が、わずかに、震えながら動いた。


「……その、話……」


 か細い。

 今にも、消えてしまいそうな声だった。


「少し、考えさせてくれ」


 え?


 保留……?

 なんでだ?

 こんなに完璧な提案なのに、考える要素なんてどこにあるんだ?


 俺が、混乱で言葉を失っていると、シグルーンはゆっくりと踵を返した。

 その背中は、あまりにも小さく、儚く見えた。


 彼女は、数歩進んだところで、ぴたりと足を止める。

 そして、振り返らないまま、ぽつりと、呟いた。


「……なぜだか、分かるか?」


「え……?」


「なぜ、私が今、すぐに『はい』と言えないのか」シグルーンはため息を吐いた。「わからんだろうな。貴様には、一生」


 その声は、氷のように冷たく、鋭かった。

 彼女は、それだけを言い残すと、今度こそ本当に、闇の中へと消えていった。


 後に残されたのは、俺一人。


「……なんで、だ?」


 ぽつりと、漏れた言葉。


 完璧だったはずだ。

 論理的で、合理的で、誰にとっても利益のある、最高のプロポーズだったはずだ。

 なのに、どうして。

 なぜ、あいつは、あんなに傷ついたような顔をしていたんだ……?


 分からない。

 俺には、何一つ、分からなかった。


 ただ、月だけが、呆然と立ち尽くす俺の顔を、静かに照らしていた。

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