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仲間を全員失った元英雄のおっさん(42)、辺境で子育てを始めたら娘たちが最強すぎてスローライフが崩壊する件  作者: 河東むく


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第44話 しーちゃんとの再会

 あれから数日。

 ピヒラからの、あの破壊力満点の爆弾発言以来、俺とシグルーンの間には、なんとも言えない、気まずい空気が漂っていた。


 そんな、むず痒い日々が続いていたある日のことだ。


 夕食後、リビングでくつろいでいた俺に、シグルーンが、珍しく神妙な顔つきで俺に声をかけてきた。


「ダンスタン」


「ん? なんだ」


「以前、お前に頼まれていた、幼馴染の『しーちゃん』を探す件だが……進展があった」


 そう言って、彼女は一通の封筒を俺に手渡した。

 中には、一枚の便箋。

 そこには、俺の知る『しーちゃん』の、どこか懐かしい、丸っこい文字で、こう記されていた。


『ダンくんへ。お久しぶりです。あなたに会って、お話したいことがあります。明日の昼下がり、三番街のカフェ『月曜日』で待っています』


「……マジかよ」


 本当に見つけちまったのか、この女。

 仕事が早すぎるだろ。


「私の知り合いに、人探しが得意な者がいてな。……まあ、礼には及ばん」


 ふいっとそっぽを向くシグルーン。

 その横顔が、どこか満足げに見えたのは、俺の気のせいか。


 しーちゃん、か……。

 あいつは今、どうしてるんだろうな。

 もう、何年も会っていない。

 俺のことを覚えていてくれたのか……。


 少しの気恥ずかしさと、それ以上の懐かしさ。

 複雑な思いを胸に、俺は翌日、指定されたカフェへと向かった。


◇◇◇


 カフェ『月曜日』は、王都の喧騒から少し離れた、静かな路地裏にあった。

 古びたレンガ造りの、こぢんまりとした店だ。

 しかし憂鬱な名前のカフェだな。


 ギィ、と扉を開けると、カランコロン、と心地よいベルの音が鳴る。

 店内には、コーヒーの香ばしい匂いが満ちていた。


 約束の時間より、少し早く着いちまったな。

 俺は窓際の席に腰を下ろし、そわそわと落ち着かない気持ちで、入り口の方を眺めていた。


 やがて、カランコロン、と再びベルが鳴った。


 入ってきたのは、一人の、見違えるように美しい女性だった。


 さらりとした亜麻色の髪。

 念入りに施された化粧。

 上品な、空色のワンピースに身を包んでいる。


 思わず、見とれちまった。


 女性は、店内をきょろきょろと見回し、やがて俺の姿を見つけると、おずおずと近づいてきた。


「あ、あの……」


「……しーちゃん、か? すげえ、美人になったな……」


 昔の面影はほとんどない。


 それにしても、見違えたもんだ。

 あんなにドジで、いつも俺の後ろに隠れてばかりいた女の子が、こんなに綺麗な女性になるなんてな。


「え、ええ。お久しぶり。ダンくん」


 彼女は、はにかむように微笑んだ。

 俺の向かいの席に座った彼女に、俺は昔を懐かしむように語りかけた。


「しかし、驚いたよ。まさか、本当に会えるなんてな。しーちゃん、昔はよく泣いてたよな。ひとつ年上のくせに」


 俺がそう言って笑うと、目の前の彼女は「ふふ、そんなこともあったかしら」と上品に微笑んだ。

 その瞳が、どこか懐かしそうに細められている。

 ああ、やっぱりこいつは、しーちゃんだ。何の疑いもなく、俺はそう確信した。


◇◇◇


「ダンくんは、お変わりないようね」


「まあな。しがない冒険者稼業で、日銭を稼いでる。……それより、お前こそ、息災だったか? 王都に来てから、大変だったろ」


「え、ええ。おかげさまで、なんとか。それで、その……。ダンくんは、もう、ご結婚などは?」


 きたか。

 お約束の質問が。


 だが、俺にとって、それは最高のパスだった。


 そうだ、こいつに相談すればいいんだ。

 幼馴染で、昔から俺のことをよく知ってるこいつなら、的確なアドバイスをくれるかもしれねえ。


「いや、まだ独身だ。……だが、実は、今、少し気になってる女性がいてな」


「―――ぶっ!?」


 しーちゃんが、飲んでいた紅茶を盛大に噴き出した。


「だ、大丈夫か!?」


「な、なんでもない! げほっ、ごほっ……! そ、それで? ど、どのような方なの?」


 咳き込みながらも、彼女は必死に平静を装っている。

 その目は、好奇心と、それ以上の何かで、ギラギラと輝いていた。


 よし、食いついてきた。


 俺は、少し照れくさい気持ちを押し殺し、ぽつり、ぽつりと語り始めた。

 同居人である、シグルーンのことを。


「……なんていうか、すげえ女なんだ。強くて、頭も切れて、頼りになる。ギルドの支部長までやってたんだぜ? ただ、まあ……料理だけは、壊滅的だが」


 俺がそう言って苦笑すると、しーちゃんの眉が、ぴくりと引きつった。


「最近、ひょんなことから一緒に暮らすことになったんだが、あいつ、俺の娘たちのことも、本当の母親みたいに可愛がってくれてな。その……なんだ。最近、妙に、意識しちまうんだよ」


 俺は、ガシガシと頭を掻く。

 くそ、面と向かって言うのは、死ぬほど恥ずかしいな。


「だが、相手がどう思ってるのか、さっぱり分からねえ。俺みたいな、しがない中年のおっさんのことなんて、相手にしちゃくれねえかもしれんしな。……なあ、しーちゃん。お前、女の人の気持ちって、分かるか?」


 俺が、真剣な眼差しでそう尋ねた瞬間。


 目の前のしーちゃんは、完全にフリーズしていた。


 顔は真っ赤、口はぱくぱくと金魚のように動き、その瞳は、ぐるぐると渦を巻いていた。

 うん?

 恋愛相談とか、苦手なのか?


◇◇◇


 どれくらいの時間が経っただろうか。

 再起動したしーちゃんは、はぁ、と深いため息をついた。

 そして、何かを諦めたかのように、それでいて、どこか吹っ切れたような顔で、俺の目をまっすぐに見つめ返してきた。


「ダンくん」


「お、おう」


「男なら、そんなところでウジウジ悩んでないで、真正面から、自分の気持ちを伝えてみたらどう?」


 その言葉には、有無を言わさぬ、力強い響きがあった。


「その方は、きっと、あなたの言葉を待っているはず。たとえ、どんなに不器用でも、どんなに格好悪くても。あなたの、本当の気持ちが聞きたいはず。……私なら、そう思う」


 真摯な言葉が、俺の心の、一番奥にすとん、と落ちてきた。


 ああ、そうか。

 そうだよな。


 ごちゃごちゃ考えるのは、俺の性に合わねえ。

 ぶつかって、砕けりゃ、それもまた人生だ。


「……ありがとう、しーちゃん」


 俺は、心の底から礼を言った。


「お前のおかげで、腹が決まった。俺、あいつに、ちゃんと伝えてみる」


 俺の、迷いのない言葉。

 それを聞いたしーちゃんは、満足そうに、そして最高に嬉しそうに、ふわりと微笑んだ。

 その笑顔は、俺の知るどんな女性よりも、美しく見えた。


◇◇◇


 カフェで別れた後。

 俺は決意を胸に、家路についた。

 清々しい気分だった。

 足取りも、いつもより軽い。


 ふと、路地を曲がろうとした、その時だった。

 長年の冒険者としての勘が、俺に告げていた。

 視線だ。

 誰かが、俺をじっと見ている。


 俺は、何気ないふうを装って、通りのショーウィンドウに映る自分の姿を確認する。

 ……いた。

 さっと、脇道に隠れる小さな人影。

 あの、リボンに見覚えがある。


 やれやれ、まったく。

 俺は、わざと気づかないふりをして歩き続け、その小さな尾行者が隠れた脇道の前を通り過ぎる。

 そして、音もなく反転すると、その背後から、静かに声をかけた。


「――こんな所で、何してるんだ?」


「ひゃっ!?」


 びくり、と小さな肩が跳ねる。

 振り返ったのは、案の定、ピヒラだった。

 その翡翠色の瞳は、見つかってしまった驚きと、ばつの悪さで、潤んでいる。


「パ、パパ……! な、なんで……!?」


「なんで、じゃねえよ。お前、いつからつけてた?」


「……パパが、家を出た時から、です」


 正直でよろしい。

 だが、問題はそこじゃない。


「どうして、こんな真似したんだ?」


 俺が少しだけ真面目な声で尋ねると、ピヒラは俯いて、もじもじと指を絡ませ始めた。


「ご、ごめんなさい……。でも、パパが、知らない女の人と会うって言うから、心配で……」


 そして、消え入りそうな声で、続ける。


「それに……パパと、シグルーンさんのことが、どうなるのか、気になって……。あの、邪魔するつもりは、なかったんです。ただ、少しだけ、様子を……」


 その、あまりにも健気な理由。

 俺は、呆れを通り越して、なんだか笑いがこみ上げてきた。

 くそ、可愛いじゃねえか、俺の娘は。


「大丈夫だ。心配すんな」


「うん……」とピヒラは言った。「ねえ、パパ、さっきの人って、ちょっと雰囲気は違ったけど……」


「ん? なんだ?」


「……ううん、やっぱりいいや。パパって本当に朴念仁なんだね」


 よくわからんが、ひどいことを言われてしまった。

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