第44話 しーちゃんとの再会
あれから数日。
ピヒラからの、あの破壊力満点の爆弾発言以来、俺とシグルーンの間には、なんとも言えない、気まずい空気が漂っていた。
そんな、むず痒い日々が続いていたある日のことだ。
夕食後、リビングでくつろいでいた俺に、シグルーンが、珍しく神妙な顔つきで俺に声をかけてきた。
「ダンスタン」
「ん? なんだ」
「以前、お前に頼まれていた、幼馴染の『しーちゃん』を探す件だが……進展があった」
そう言って、彼女は一通の封筒を俺に手渡した。
中には、一枚の便箋。
そこには、俺の知る『しーちゃん』の、どこか懐かしい、丸っこい文字で、こう記されていた。
『ダンくんへ。お久しぶりです。あなたに会って、お話したいことがあります。明日の昼下がり、三番街のカフェ『月曜日』で待っています』
「……マジかよ」
本当に見つけちまったのか、この女。
仕事が早すぎるだろ。
「私の知り合いに、人探しが得意な者がいてな。……まあ、礼には及ばん」
ふいっとそっぽを向くシグルーン。
その横顔が、どこか満足げに見えたのは、俺の気のせいか。
しーちゃん、か……。
あいつは今、どうしてるんだろうな。
もう、何年も会っていない。
俺のことを覚えていてくれたのか……。
少しの気恥ずかしさと、それ以上の懐かしさ。
複雑な思いを胸に、俺は翌日、指定されたカフェへと向かった。
◇◇◇
カフェ『月曜日』は、王都の喧騒から少し離れた、静かな路地裏にあった。
古びたレンガ造りの、こぢんまりとした店だ。
しかし憂鬱な名前のカフェだな。
ギィ、と扉を開けると、カランコロン、と心地よいベルの音が鳴る。
店内には、コーヒーの香ばしい匂いが満ちていた。
約束の時間より、少し早く着いちまったな。
俺は窓際の席に腰を下ろし、そわそわと落ち着かない気持ちで、入り口の方を眺めていた。
やがて、カランコロン、と再びベルが鳴った。
入ってきたのは、一人の、見違えるように美しい女性だった。
さらりとした亜麻色の髪。
念入りに施された化粧。
上品な、空色のワンピースに身を包んでいる。
思わず、見とれちまった。
女性は、店内をきょろきょろと見回し、やがて俺の姿を見つけると、おずおずと近づいてきた。
「あ、あの……」
「……しーちゃん、か? すげえ、美人になったな……」
昔の面影はほとんどない。
それにしても、見違えたもんだ。
あんなにドジで、いつも俺の後ろに隠れてばかりいた女の子が、こんなに綺麗な女性になるなんてな。
「え、ええ。お久しぶり。ダンくん」
彼女は、はにかむように微笑んだ。
俺の向かいの席に座った彼女に、俺は昔を懐かしむように語りかけた。
「しかし、驚いたよ。まさか、本当に会えるなんてな。しーちゃん、昔はよく泣いてたよな。ひとつ年上のくせに」
俺がそう言って笑うと、目の前の彼女は「ふふ、そんなこともあったかしら」と上品に微笑んだ。
その瞳が、どこか懐かしそうに細められている。
ああ、やっぱりこいつは、しーちゃんだ。何の疑いもなく、俺はそう確信した。
◇◇◇
「ダンくんは、お変わりないようね」
「まあな。しがない冒険者稼業で、日銭を稼いでる。……それより、お前こそ、息災だったか? 王都に来てから、大変だったろ」
「え、ええ。おかげさまで、なんとか。それで、その……。ダンくんは、もう、ご結婚などは?」
きたか。
お約束の質問が。
だが、俺にとって、それは最高のパスだった。
そうだ、こいつに相談すればいいんだ。
幼馴染で、昔から俺のことをよく知ってるこいつなら、的確なアドバイスをくれるかもしれねえ。
「いや、まだ独身だ。……だが、実は、今、少し気になってる女性がいてな」
「―――ぶっ!?」
しーちゃんが、飲んでいた紅茶を盛大に噴き出した。
「だ、大丈夫か!?」
「な、なんでもない! げほっ、ごほっ……! そ、それで? ど、どのような方なの?」
咳き込みながらも、彼女は必死に平静を装っている。
その目は、好奇心と、それ以上の何かで、ギラギラと輝いていた。
よし、食いついてきた。
俺は、少し照れくさい気持ちを押し殺し、ぽつり、ぽつりと語り始めた。
同居人である、シグルーンのことを。
「……なんていうか、すげえ女なんだ。強くて、頭も切れて、頼りになる。ギルドの支部長までやってたんだぜ? ただ、まあ……料理だけは、壊滅的だが」
俺がそう言って苦笑すると、しーちゃんの眉が、ぴくりと引きつった。
「最近、ひょんなことから一緒に暮らすことになったんだが、あいつ、俺の娘たちのことも、本当の母親みたいに可愛がってくれてな。その……なんだ。最近、妙に、意識しちまうんだよ」
俺は、ガシガシと頭を掻く。
くそ、面と向かって言うのは、死ぬほど恥ずかしいな。
「だが、相手がどう思ってるのか、さっぱり分からねえ。俺みたいな、しがない中年のおっさんのことなんて、相手にしちゃくれねえかもしれんしな。……なあ、しーちゃん。お前、女の人の気持ちって、分かるか?」
俺が、真剣な眼差しでそう尋ねた瞬間。
目の前のしーちゃんは、完全にフリーズしていた。
顔は真っ赤、口はぱくぱくと金魚のように動き、その瞳は、ぐるぐると渦を巻いていた。
うん?
恋愛相談とか、苦手なのか?
◇◇◇
どれくらいの時間が経っただろうか。
再起動したしーちゃんは、はぁ、と深いため息をついた。
そして、何かを諦めたかのように、それでいて、どこか吹っ切れたような顔で、俺の目をまっすぐに見つめ返してきた。
「ダンくん」
「お、おう」
「男なら、そんなところでウジウジ悩んでないで、真正面から、自分の気持ちを伝えてみたらどう?」
その言葉には、有無を言わさぬ、力強い響きがあった。
「その方は、きっと、あなたの言葉を待っているはず。たとえ、どんなに不器用でも、どんなに格好悪くても。あなたの、本当の気持ちが聞きたいはず。……私なら、そう思う」
真摯な言葉が、俺の心の、一番奥にすとん、と落ちてきた。
ああ、そうか。
そうだよな。
ごちゃごちゃ考えるのは、俺の性に合わねえ。
ぶつかって、砕けりゃ、それもまた人生だ。
「……ありがとう、しーちゃん」
俺は、心の底から礼を言った。
「お前のおかげで、腹が決まった。俺、あいつに、ちゃんと伝えてみる」
俺の、迷いのない言葉。
それを聞いたしーちゃんは、満足そうに、そして最高に嬉しそうに、ふわりと微笑んだ。
その笑顔は、俺の知るどんな女性よりも、美しく見えた。
◇◇◇
カフェで別れた後。
俺は決意を胸に、家路についた。
清々しい気分だった。
足取りも、いつもより軽い。
ふと、路地を曲がろうとした、その時だった。
長年の冒険者としての勘が、俺に告げていた。
視線だ。
誰かが、俺をじっと見ている。
俺は、何気ないふうを装って、通りのショーウィンドウに映る自分の姿を確認する。
……いた。
さっと、脇道に隠れる小さな人影。
あの、リボンに見覚えがある。
やれやれ、まったく。
俺は、わざと気づかないふりをして歩き続け、その小さな尾行者が隠れた脇道の前を通り過ぎる。
そして、音もなく反転すると、その背後から、静かに声をかけた。
「――こんな所で、何してるんだ?」
「ひゃっ!?」
びくり、と小さな肩が跳ねる。
振り返ったのは、案の定、ピヒラだった。
その翡翠色の瞳は、見つかってしまった驚きと、ばつの悪さで、潤んでいる。
「パ、パパ……! な、なんで……!?」
「なんで、じゃねえよ。お前、いつからつけてた?」
「……パパが、家を出た時から、です」
正直でよろしい。
だが、問題はそこじゃない。
「どうして、こんな真似したんだ?」
俺が少しだけ真面目な声で尋ねると、ピヒラは俯いて、もじもじと指を絡ませ始めた。
「ご、ごめんなさい……。でも、パパが、知らない女の人と会うって言うから、心配で……」
そして、消え入りそうな声で、続ける。
「それに……パパと、シグルーンさんのことが、どうなるのか、気になって……。あの、邪魔するつもりは、なかったんです。ただ、少しだけ、様子を……」
その、あまりにも健気な理由。
俺は、呆れを通り越して、なんだか笑いがこみ上げてきた。
くそ、可愛いじゃねえか、俺の娘は。
「大丈夫だ。心配すんな」
「うん……」とピヒラは言った。「ねえ、パパ、さっきの人って、ちょっと雰囲気は違ったけど……」
「ん? なんだ?」
「……ううん、やっぱりいいや。パパって本当に朴念仁なんだね」
よくわからんが、ひどいことを言われてしまった。




