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仲間を全員失った元英雄のおっさん(42)、辺境で子育てを始めたら娘たちが最強すぎてスローライフが崩壊する件  作者: 河東むく


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第39話 共闘

 パリンッ!


 ガラスが砕け散るような甲高い音。

 ソルヴァを縛っていた紫の鎖が、光の粒子となって砕け散った。


 正気に戻ったソルヴァは、焦点の合わない瞳で、自分の手を見つめている。


「ここ……は……? わ、私は……何を……?」


 か細い声。

 だが、直後にはっと息を呑み、自分の行いを思い出したのだろう。


「あ……ああ……あ……っ!」


 その絶望の淵にいる少女を見て、ケティルは勝ち誇ったように、しかし芝居がかった同情の声色で語りかけた。


「おや、目が覚めたのかい、ソルヴァ君。……可哀想に。だが、ちょうどいい。これでもう、私がお前の手を引いてやる必要もなくなった」


 彼は笑みを浮かべる。


「さあ、改めて見るがいい。お前の目の前にいる男こそ、君の敬愛する兄、オーウェンを死に追いやった元凶だ。君は今まで、私の助けを借りて、無意識に復讐を果たそうとしていただけのこと。今度は、君自身の、その確かな意志で、兄の仇を討つといい」


 その、あまりにも下劣な言葉。

 ケティルの口から、オーウェンの名前が軽々しく紡がれた、その瞬間だった。


 膝から崩れ落ちていたソルヴァの震えが、ぴたり、と止まった。


 ゆっくりと、顔を上げる。

 その瞳から、恐怖や絶望の色は消え失せていた。

 代わりに宿っていたのは、底なしの軽蔑と、氷のように冷たい、静かな怒りの色だった。


「……黙れ、外道が」


 地を這うような、低い声。


「お前のような男に、兄様のことを語る資格はない」


 ソルヴァは、崩れ落ちた体勢から、すっくと立ち上がった。

 そして、床に転がっていた剣を拾い上げると、その切っ先を、震えながらも、真っ直ぐにケティルへと向ける。


 彼女は、ちらり、と俺に一度だけ、冷たい視線をよこした。


「あなたへの問いは、後でさせてもらう。あなたを許したわけじゃない」


 その瞳は、まだ俺への憎しみを宿している。


「――だが今は、目の前の、この男を排除するのが先だ」


 そうだ。

 それでいい。


 俺たちの間には、まだ清算すべき過去がある。


 だが、今この瞬間だけは、利害が一致した。


「ああ。それでいい」


 俺も、彼女の隣に並んで剣を構える。


◇◇◇


「自我を取り戻したか。だが、それがどうした!」


 ケティルは両腕を天に突き上げた。

 床に描かれた魔法陣が、再び禍々しい光を放ち始める。


 今度は、俺たち二人をまとめて葬り去るつもりらしい。


「させるか!」


 ソルヴァが、弾かれたように飛び出した。

 その動きは、先ほどまでの機械的なそれとは違う。

 怒りを力に変えた、獣のような、鋭い踏み込み。


 だが、その剣筋には、まだ迷いが見えた。


「無駄だ! 『闇の荊』!」


 ケティルの足元から、無数の黒い影でできた棘が、蛇のように伸びてソルヴァに襲いかかる。

 彼女はそれを必死に斬り払うが、きりがない。


 まずい、このままじゃジリ貧だ。


 俺は叫んだ。


「ソルヴァ! 俺が盾になる! お前は斬ることだけ考えろ!」


「え……?」


 一瞬、戸惑いの表情を見せるソルヴァ。

 だが、俺は構わず、彼女の前に躍り出た。

 そして、迫りくる闇の棘を、全身で受け止める。


 ガキンッ! と甲高い音を立て、俺の体を棘が打ち据える。

 痛え。

 骨の髄まで響くような、鈍い痛み。

 だが、構うもんか。


「俺が、お前の盾になってやる! だから、お前は前だけ見てろ!」


 俺の言葉に、ソルヴァの瞳が、はっと見開かれた。


 そうだ。

 思い出せ。


 お前の兄、オーウェンも、いつもこうやって、仲間たちの前に立っていたんだ。


 ソルヴァの瞳から、迷いが消えた。

 彼女は一度、ぎゅっと唇を噛み締めると、剣を構え直した。


「行きます!」


「おう!」


 俺たちの呼吸が、ぴたりと合った。


 俺がケティルの魔術を防ぎ、ソルヴァがその隙を突いて斬り込む。


 彼女が斬り込めば、ケティルは防御に回らざるを得ず、大技を放つ隙を失う。


 最初はぎこちなかった連携が、徐々に、完璧な一つの流れとなっていく。


 俺は戦いのなかで、不思議な感覚を覚えていた。


 懐かしい。


 かつて俺とオーウェンが、何度も死線を潜り抜けてきた、懐かしい戦い方だった。


◇◇◇


「くそっ、くそっ! なぜだ! なぜ、私の魔術が……!」


 ケティルが、焦燥に満ちた声を上げる。


 俺たちの完璧な連携の前に、彼は完全に防戦一方となっていた。


 そして、ついに勝負を焦ったのだろう。


 彼は、これまでで最大級の魔力を、その両腕に集束させ始めた。


 最後の大技。

 だが、それは同時に、最大の隙を晒すということでもある。


 俺は、その一瞬の好機を見逃さなかった。


「今だ、行けえッ!」


 俺の叫びと、ソルヴァが地を蹴る音は、ほぼ同時だった。

 彼女の体が、閃光のようにケティルの懐へと飛び込む。

 その手の中で、ただの剣が、魔法を帯びているかのように鋭い輝きを放っていた。


「はあああああっ!」


 渾身の気合と共に、ソルヴァの一撃が、ケティルの防御魔術を切り裂いた。


「ぎゃあああああっ!」


 情けない悲鳴を上げ、ケティルはその場に崩れ落ちる。


 勝負は、決した。


◇◇◇


 俺たちは、気を失ったケティルを、念のために魔法陣から引きずり出し、手早く拘束した。

 ケティルの放っていた魔法は、大きな音を立てていた。

 そのうち、学園の衛兵たちが、礼拝堂に来てくれることだろう。


 俺は、ケティルの所持品を改めることにした。

 こいつが何者で、何を企んでいたのか。

 その手がかりが、何かあるはずだ。


 懐を探ると、一つの、古びたロケットペンダントが見つかった。

 何の変哲もない、鉄製のペンダント。

 俺は、その蓋を、ゆっくりと開いた。


 中には、一枚の、小さな肖像画が嵌め込まれていた。

 そこに描かれていたのは。


 若い頃のケティルだ。

 そして、その隣で、彼に親しげに寄り添い、この世の全てを祝福するかのように、幸せそうに微笑んでいる、一人の女性。


 俺は、その姿に見覚えたがあった。


 見間違えるはずがない。


 俺たちのパーティの、回復と支援を一手に担っていた、慈愛に満ちた聖職者。


 僧侶の、ウーナだった。

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