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仲間を全員失った元英雄のおっさん(42)、辺境で子育てを始めたら娘たちが最強すぎてスローライフが崩壊する件  作者: 河東むく


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第38話 そしてまた優しい魔法

 静かな礼拝堂に、男の冷たい声が響き渡る。


「――そこに隠れている『裏切り者』を、排除しなさい」


 その言葉が、引き金だった。


 俺の目の前で、虚ろな瞳をしたソルヴァが、すっ、と剣を構える。


 プラチナブロンドの髪が、ステンドグラスから差し込む光を受けて、まるで後光のように輝いていた。

 美しい。


 だが、その人形のように整った顔には、何の感情も浮かんでいない。


「……っ、よせ、ソルヴァ!」


 俺は叫ぶが、声は届かない。


 彼女は完全に魂の糸を握られちまっている。


 シュッ、と空気を切り裂く音。


 次の瞬間、ソルヴァの姿は俺の目の前にあった。


 速い。


 先日の模擬戦の時とは、比べ物にならない速度と、そして重さ。

 剣からは微弱な魔力が感じられる。


 キンッ!


 咄嗟に剣で受け止めるが、腕に痺れるような衝撃が走った。


 まずい。

 こいつは本気で俺を殺しに来ている。


 俺は防戦一方だった。

 この礼拝堂は強力な結界に閉ざされ、逃げ場はない。


 そして何より――俺は、こいつを本気で傷つけることなんて、できやしない。

 オーウェン……お前の妹と、本気で斬り合えってのかよ。


 無茶言うな。


「ははは! どうした、ダンスタン顧問! 先日の威勢の良さはどこへ行った!」


 祭壇の後ろから、ケティルとかいう教師の甲高い嘲笑が響き渡る。


「もがき苦しむがいい! 親友の妹に、その命を絶たれる気分はどうだ!?」


 くそったれが。

 あいつはなにもんだ?

 とりあえず悪いやつってことは間違いなさそうだが……。


 ソルヴァの剣は、ますます苛烈さを増していく。


 突き、払い、斬り上げ。


 流れるような連続攻撃は、以前の美しさはそのままに、殺意という名の毒をたっぷりと含んでいた。


 俺はただ、その猛攻を必死に受け流し続ける。


 一歩間違えれば、心臓を貫かれる。

 だが、俺の剣は、どうしても一線を越えられない。


 カウンターを狙おうとすれば、いくらでも隙はあった。

 だが、その度に、脳裏にオーウェンの顔がちらついて、俺の剣を鈍らせる。


 しっかりしろ、俺……!


 このままじゃ、本当に殺されてしまう!


◇◇◇


 追い詰められながら、俺は必死に思考を巡らせる。


 どうすれば、この呪縛を解ける?

 ケティルを倒せば、術は解けるのかもしれない。

 だが、今の俺にそれを許すほど、ソルヴァの剣は甘くない。


 だとしたら、方法は一つしかねえ。

 こいつ自身の力で、呪縛を打ち破らせる。

 心の、奥の奥。

 まだ残っているはずの、本当のソルヴァの魂に、語りかけるしか……!


「思い出せ、ソルヴァ!」


 剣を合わせ、火花が散る、その一瞬。


 俺は、腹の底から叫んだ。


「お前の兄さんの剣は、そんな悲しい剣じゃなかったはずだ!」


 ぴくり、と。


 ほんのわずかに、ソルヴァの眉が動いた気がした。


 いけるか……!?


「お前を守るための、優しくて、温かい剣だった! お前が一番、それを知ってるはずだろうが!」


 俺は言葉を続ける。


 思い出せ。


 お前が憧れた、たった一人の兄の背中を。


 だが。


 ソルヴァの瞳の奥で揺らめいていた紫色の光が、一際強く輝いた。


 ケティルの野郎、支配を強めやがったか。


「無駄だ、ダンスタン! その娘の心は、もう完全に私のものだ! 兄の記憶も、お前への憎しみも、全ては私の意のままに動く、ただの駒にすぎん!」


 ケティルの声と共に、ソルヴァの動きが、さらに機械的で、冷徹なものへと変わっていく。


 まずい。


 俺の言葉は、逆にケティルに利用されている。


 オーウェンの記憶を、俺への憎悪を増幅させるための燃料にされているんだ。


 じり、じりと俺は壁際まで追い詰められていく。


 もう、逃げ場はどこにもない。


 ソルヴァが、無感情な瞳で、ゆっくりと剣を大上段に構えた。


 とどめの一撃。


 もう、避けられねえ。


◇◇◇


 死を覚悟した、その瞬間。


 俺の脳裏に、ふと、遠い日の記憶が蘇った。


 クータルにせがまれて、野営地で見せた、あの不格好な光。


 オーウェンが、たった一つだけ使えた、誰かを笑顔にするためだけの、優しい魔法。


 ……賭けるしか、ねえ。


 俺は、覚悟を決めた。


 カラン、と。

 手にした剣を、自ら手放す。

 その、あまりにも無防備な俺の行動に、ソルヴァの動きが一瞬だけ、ほんのわずかに止まった。


「何を……!?」


 ケティルの驚愕の声が響く。


 俺は、目の前で振り下ろされようとしている剣先から目を逸らさない。


 震える右の人差し指の先に、ありったけの意識を、祈りを、そして、オーウェンとの思い出の全てを、必死に集中させる。


 魔力なんて、ほとんどない。


 だが、それでも。


 俺の指先に、ぽっ、と。


 不格好で、今にも消えそうな、淡い光の蝶が生まれた。


 それは、何の攻撃力もない、ただの光の戯れ。


 殺伐としたこの礼拝堂には、あまりにも場違いで、役立たずな、小さな光。


「はっ! 死に際に、そんな子供騙しの手品とはな! 無駄なことを!」


 ケティルが嘲笑う。


 光の蝶は、力なく、ふらふらと宙を舞う。

 そして、まるで吸い寄せられるように、ソルヴァの鼻先へと、そっと舞い降りた。


◇◇◇


 その瞬間だった。


 ぴたり、と。

 俺の喉元、寸でのところで、ソルヴァの剣が止まっていた。

 彼女の虚ろだった瞳が、大きく、大きく見開かれる。


「あ……」


 ソルヴァの唇から、か細い、吐息のような声が漏れた。


「兄……さま……?」


 ぽろり。

 彼女の瞳から、一筋の、熱い涙がこぼれ落ちた。


 その涙が、引き金だった。


 パリンッ!


 ガラスが砕け散るような、甲高い音。

 彼女を縛り付けていた、禍々しい紫色の魔力の鎖が、光の粒子となって砕け散った。


 正気に戻ったソルヴァは、はっと我に返る。


 俺は、落としていた剣に手を伸ばす。


 さて……形勢逆転だな。

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