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仲間を全員失った元英雄のおっさん(42)、辺境で子育てを始めたら娘たちが最強すぎてスローライフが崩壊する件  作者: 河東むく


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第37話 旧校舎の礼拝堂

 シグルーンが奇行に走った翌日。

 そっとしておいてやりたい気もするが、しかし礼拝堂の件を相談しなければならなかった。


「シグルーン」


 朝食の後、俺は意を決して声をかける。

 びくり、と彼女の肩が分かりやすく跳ねた。


「……なんだ」


「例の、『旧校舎の礼拝堂』の件だ。ミーシャの友達が言っていた、生徒が強くなれるとかいう噂の場所。どうにも、きな臭い。一度、中を調べておきたいんだが」


 俺がそう切り出すと、シグルーンの表情が、いつもの怜悧なものへと戻った。

 彼女も、あの場所には何かあると睨んでいたのだろう。


「その話は、私も気になっていたところだ。よし、分かった。一緒に行ってみるか」


 話が早くて助かる。


「じゃあ、今日、一緒に行こう」


 その言葉に、彼女は悔しそうにすっと目を伏せた。


「……いや、すまない、ダンスタン。今日は動けんのだ」


 聞けば、例のブルーム男爵が失脚した一件で、王都の中央騎士団から、元ギルド支部長として詳しい事情聴取を受けねばならなくなったらしい。

 朝から晩まで、丸一日拘束されるのだという。

 まあ、責任を取らされるとかそういうわけではなく、単純に経緯を報告する必要があるらしい。


「タイミングが悪すぎるな……」


 シグルーンが、心底悔しそうに、苦々しく呟いた。


「なら、あんたがいない間に、俺一人で下見だけしてくる」


「無茶だ、よせ」と即座に、鋭い制止の声が飛んでくる。「相手が何を企んでいるか分からんのだぞ。危険すぎる」


「だからこそだ。娘たちが危険に晒される可能性があるのに、何もせずにはいられない。父親としてな」


「……まあ、一理ある。貴様の実力であれば、まあ、大丈夫だろうが……。しかし、気をつけろよ」


「ああ、任せろ」


 そして、シグルーンは俺の目を見た。


「なあ、幼馴染のしーちゃんとやらに会いたいか?」


「あ? ああ、うん、会えるもんなら、一度くらいはな。べつに、会ってどうこうってわけじゃない。元気にしているかどうかくらいは知りたいが」


「王都に人探しの伝手がある。ちょっと、頼んでみる」


「いや、べつにいいよ。お金もかかるだろうし」


 小さい頃の友人だ。

 相手が俺のことを忘れている可能性もある。


「いや、探す」シグルーンは宣言した。「そのうち会わせてやる」


 まあ、期待しないで待っておくことにしよう。


◇◇◇


 翌日の昼下がり。

 俺は一人、問題の『旧校舎の礼拝堂』の前に立っていた。

 古びた石造りの建物は、蔦に覆われ、どこか不気味な雰囲気を漂わせている。


 正面から入るのは愚策だ。


 俺は建物の周囲を慎重に観察する。

 風の流れ、魔力の淀み……。

 五感を研ぎ澄まし、僅かな違和も見逃さない。


 ……あった。


 裏手の、ステンドグラスが嵌められた窓。

 その一点だけ、魔力の流れが不自然に歪んでいる。

 巧妙に隠された、魔術的な警報装置だ。

 素人が見れば、ただの古い窓にしか見えんだろう。


 その窓に近づくと、懐から取り出した細い針金を、鍵穴にそっと差し込む。

 指先に全神経を集中させ、内部の構造を探る。

 カチリ、と。

 ごく小さな手応えと共に、警報装置を鳴らすことなく、窓の錠が開いた。


 手慣れたものだ。

 案外、鈍っていないもんだな。


 礼拝堂の内部へと潜入する。

 ひんやりとした、埃っぽい空気。

 差し込む光が、床に落ちた塵をキラキラと照らし出している。


 正面には、古びた祭壇。


 ……痕跡があるな。


 床に描かれた、消えかかった魔法陣。

 そして、祭壇の布に付着した、微かな血痕のような染み。

 これは……間違いなく、何か儀式が行われた跡だ。


◇◇◇


 俺がさらに証拠を探そうと、祭壇の裏を調べていた、その時だった。


 ギィ、と。


 礼拝堂の重い扉が、軋みながら開く音がした。

 俺は咄嗟に、祭壇の物陰に身を隠す。


 入ってきたのは、一人の女子生徒だった。

 プラチナブロンドの、長い髪。

 ソルヴァだ。


 だが、その様子がおかしい。

 彼女は、まるで何かに引かれるように、虚ろな目で、ふらふらと祭壇へと歩いていく。

 その瞳には、光がない。


 俺が息を殺して見守っていると、今度は祭壇の裏手にある隠し扉が、音もなく開いた。

 そこから現れたのは、穏やかな笑みを浮かべた、一人の男だった。


 俺も幾度か構内で見かけたことのある、学園の教師だった。

 名前は……たしか、ケティルとか言ったか?

 魔法学の教師かなにかだったような気がする。


「やあ、ソルヴァ君。よく来たね」


 教師は、まるで旧知の友にでも会ったかのように、親しげに声をかける。


「君のその、心の迷い。私が、全て取り払ってあげよう」


◇◇◇


 教師が静かに詠唱し始める。

 すると、床に描かれていた魔法陣が、禍々しい紫色の光を放ちながら起動した。

 光の中から、黒い影でできた無数の鎖が伸び、ソルヴァの体に絡みついていく。


「なっ……!?」


 俺は助けようと飛び出そうとするが、見えない壁に阻まれた。

 強力な結界だ。

 俺の力では、びくともしない。


「さあ、楽になるんだ。君を縛る、過去の苦しみも、未来への不安も、全て私が消し去ってあげよう」


 教師の声が、礼拝堂に響く。


 精神操作魔術。

 それも、極めて強力なやつだ。


 鎖に縛られたソルヴァの瞳から、急速に、理性の光が失われていく。

 彼女の体の力が、ふっと抜け落ちたのがわかった。


 やがて、彼女は、まるで魂を抜かれた美しい人形のように、無機質に、ただそこに立ち尽くしていた。


 俺は、結界に阻まれ、何もできずに、ただその光景を見ていることしかできない。

 焦燥感と、怒りと、そして、どうしようもない無力感が、俺の心を黒く塗りつぶしていく。


 やがて、儀式が終わったのだろう。

 教師は満足そうに頷くと、操り人形となったソルヴァの肩に、優しく手を置いた。


 そして。

 その穏やかな笑みを、俺が隠れている物陰へと、ゆっくりと向けた。


 ――気づいてやがる。

 最初から、俺の存在に気づいていたんだ。


 教師は、その唇を、楽しそうに歪めると、冷たく、そしてはっきりと、ソルヴァに命じた。


「さあ、始めようか、ソルヴァ君」


 その声は、悪魔の囁きのように、静かな礼拝堂に響き渡った。


「――そこに隠れている『裏切り者』を、排除しなさい」

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