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仲間を全員失った元英雄のおっさん(42)、辺境で子育てを始めたら娘たちが最強すぎてスローライフが崩壊する件  作者: 河東むく


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第36話 モンスター・ペアレント

 家に帰り、ミーシャの一件を改めてシグルーンに報告すると……。

 彼女の眉間の皺が、じわじわと深くなっていった。


「……それで、相手の親御さんとは、後日改めて話し合うことになった、と」


 シグルーンは、腕を組んで静かに俺の話を聞いていた。

 その表情は、いつものように冷静沈着。


 俺は、まあ、こんなもんだろうと、少しだけ安堵していた。


 だが、その安堵は、次の瞬間、木っ端微塵に打ち砕かれることになる。


「―――なぜ、お前はそう冷静でいられる!」


 突然、雷が落ちたかのような怒声が、家中に響き渡った。


 彼女は、バンッ! とテーブルを叩いて立ち上がった。

 その怜悧な顔立ちは、怒りで真っ赤に染まっている。


「自分の娘が、心ない言葉で傷つけられたんだぞ! 友人を守るために、たった一人で立ち向かったんだ! それなのに、父親であるお前が、なぜ、怒りを爆発させんのだ!?」


 その剣幕は、もはや元ギルド支部長のそれじゃない。

 理不尽な目に遭った我が子を想う、一人の母親の、魂からの叫びだった。

 ……というか、モンスター・ペアレントだ。


「いや、俺だって腹は立ったさ。だが、事を荒立てても……」


「黙れ、この朴念仁が!」


 俺の言い訳は、一刀両断に切り捨てられる。


「父親が、娘の前で怒りを示さずしてどうする! お前のその煮え切らない態度が、ミーシャに『自分が悪かったのかもしれない』なんて、余計な気を遣わせることになるんだぞ! 分からんのか!」


 シグルーンの激しい怒声に、びくりと肩を震わせていたミーシャが、おずおずと口を開いた。


「し、シグルーン……そんなに怒らないでほしいニャ。パパは、あたしのこと、ちゃんと分かってくれたニャ……」


 そして、少しだけ俯きながらも、はっきりとした声で続ける。


「でも……あたしのために、シグルーンがそんなに怒ってくれるのは……嬉しいニャ」


「そうですよ、シグルーンさん」


 今度は、ピヒラが冷静に、だが諭すように言葉を継いだ。


「ほら、クータルも怯えてしまっています」


 見れば、クータルが俺の後ろに隠れて、シグルーンの剣幕に目を白黒させている。


 ……娘たちのほうが、よっぽど大人じゃねえか。


「……すまなかった。つい、頭に血が上ってしまっていた」


 うーん、呼ばれたのが俺で良かったな。

 シグルーンが呼ばれていたら大事件になっていたかもしれん……。


◇◇◇


 その夜。

 家の中にはようやく、いつもの穏やかな空気が戻っていた。


 俺は一人で暖炉の火を見つめながら、今日の出来事を反芻していた。

 『旧校舎の礼拝堂』か……。

 シグルーンに相談しないとな……。


 そんなことを考えていると、ひょっこりと、部屋の入り口から小さな銀髪が覗いた。

 クータルだった。


「ぱぱ、なにしてるのー?」


「ん? ああ、クータルか。どうした、眠れないのか?」


「ううん。ぴーらがね、えっちなほん、よんでるのー!」


 その、あまりにも無邪気な爆弾発言。


「こ、こらクータル! ち、違います、これはその、文学作品で……!」


 慌てて後から追いかけてきたピヒラが、顔を真っ赤にして弁解している。

 その手には、いかにもな恋愛小説が握られていた。


 その、微笑ましいやり取りを見ていたら、ささくれ立っていた俺の心が、少しだけ和らいだ。


 そんな俺たちの様子を、少し離れた場所でお茶を飲んでいたシグルーンが、呆れたような、でも、どこか楽しそうな顔で眺めている。


 その時だった。

 クータルが、とてとてと俺の元へ駆け寄ってくると、キラキラした瞳で、とんでもない質問を投げかけてきた。


「ねー、ぱぱ! はつこいって、なーに?」


◇◇◇


 初恋。

 その、あまりにも甘酸っぱい響きの言葉に、俺は思わずむせ返りそうになる。


「ぴーらのおほん、はつこいのおはなしなの! ぱぱにも、はつこい、あった?」


 クータルの純粋すぎる問いかけに、ピヒラとミーシャも興味津々といった様子で、俺の顔を覗き込んでくる。


 やめろ。

 そんなキラキラした目で、おっさんの昔話を聞こうとするな。


「……さあな。昔のことすぎて、忘れちまったよ」


 俺は、照れ隠しにそう言って、話を終わらせようとした。

 だが、娘たちはそう簡単に引き下がってはくれない。


「えー、ききたーい!」

「パパの初恋……どんな人だったんですか?」

「気になるにゃ!」


 三方向からの、期待に満ちた眼差し。

 こうなったら、もう観念するしかない。


 俺は、はぁ、と深いため息をつくと、遠い昔の、淡い記憶の扉を、ゆっくりと開いた。


「……分かった、分かったよ。そんなに聞きたいなら、話してやる」


 俺は、少しだけ遠い目をして、語り始める。

 ……いつの間にかシグルーンも、リビングに来ているじゃないか。


 やれやれ……。

 まあいいか。


「パパにもな、昔、仲のいい女の子がいてな」


 その言葉に、娘たちの目が、一斉に輝いた。


「ミーシャにも話したが、『しーちゃん』っていう、魔法の才能はピカイチなんだが、それ以外はてんでだめな、臆病で、大人しい子がいたんだ」


 泣き虫で、ドジで、いつも俺の後ろに隠れてばかりいた、小さな女の子。


「俺が喧嘩で怪我をすれば、べそをかきながら治癒魔法をかけてくれた。俺が、腹を空かせていれば、自分の分のパンを、半分こにしてくれた。いつも、俺のことばかり心配して、自分のことは後回し。そんな、お人好しで、不器用なやつだった」


 懐かしい記憶が、次から次へと蘇ってくる。

 俺は、その甘酸っぱい思い出を、懐かしむように、娘たちに語った。


◇◇◇


 ガタガタガタ……。


 ふと、ソファに座るシグルーンの手に持っていたティーカップが、小刻みに、ありえないほど激しく震え始める。

 その顔が、まるで沸騰したやかのように、みるみるうちに真っ赤に染まっていく。


「おい、シグルーン、どうした? 体調でも悪いのか?」


「な、なんでもない!」


 声が、完全に裏返っている。


 彼女は、ガタンッ! と乱暴にカップをテーブルに置いた。


「でも、シグルーンさん。お顔が真っ赤ですよ? やはり、熱があるのでは……」


 ピヒラが、心底心配そうに彼女の顔を覗き込む。

 ミーシャも「大丈夫かニャ?」と隣からひょっこり顔を出した。

 娘たちの純粋な心配の眼差しが、どうやら最後の引き金になったらしい。


「―――そ、そうだ! 思い出した! 今夜は、夜間パトロールの当番だった!」


 シグルーンは、突然、大声を上げて、椅子から弾かれるように立ち上がった。


 夜間パトロールってなんだ?

 いままでそんなことしたことなかったと思うが……。


「では、私はこれで! 街の平和を守ってこねばならんのでな! 失礼する!」


 そう叫ぶと、彼女は一目散に部屋から逃げ出してしまった。

 後に残されたのは、唖然とする俺と、きょとんとした顔の娘たちだけ。


「……しぐるーん、どうしたんだろ?」とクータル。


「さあ……?」


 俺は、訳が分からないまま、ガシガシと頭を掻いた。


 今日のシグルーンは、なんだか、いつも以上におかしかったなぁ……。

 『旧校舎の礼拝堂』について相談したかったんだけどなぁ……。

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