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仲間を全員失った元英雄のおっさん(42)、辺境で子育てを始めたら娘たちが最強すぎてスローライフが崩壊する件  作者: 河東むく


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第34話 黒塗りの公式調査報告書

「……少し、話をしないか」


 ソルヴァは何も言わない。

 ただ、固く唇を結び、俺の言葉を待っている。


 俺は、一度、ぎゅっと目を瞑った。


「……きみは、オーウェンの妹だな?」


 俺の問いかけに、彼女の肩がびくりと震えたのが分かった。


 しばらくの沈黙。


 やがて、か細い声が返ってくる。


「……ええ。そうです」


「そうか……。やはり、そうだったか……」


 俺は、ソルヴァに対し、深々と頭を下げた。


「すまなかった。いや、そんな言葉では終わらせられるわけがないが……。少し、俺の話をきいてほしい」


 ソルヴァは黙ったまま、俺を見ていた。


 深く息を吐いて、俺は話をつづける。


「あの日のことだ。『嘆きの揺り籠』での、あの忌まわしい事件……。あれは、全て、俺の判断ミスだった」


 声が、震える。

 思い出すだけで、今も全身の血が凍りつく。


「俺が、慢心していた。俺の索敵スキルなら、どんな罠も見抜けると、過信していたんだ。だから、仲間たちに『安全だ』と、そう伝えてしまった。その直後だった。床が抜けて、みんな……」


 オーウェンの最期の顔が、脳裏に焼き付いて離れない。


「親友だった彼を……オーウェンを、そして、他の仲間たちを、俺が死なせた。俺一人のミスで、全員を……」


 言葉が、続かない。

 ただ、熱いものが、目の奥から込み上げてくる。


 まだ、伝えなければならないことがある。


「そして、何より……君に、合わせる顔がなかった。兄を死なせた男が、のうのうと君の前に現れることなんて、できるはずがなかったんだ。怖かった。真実を告げるのが……君のその、憎しみに満ちた瞳を見るのが、ただ、怖かったんだ」


 そうだ、俺は逃げた。


「だから、俺はウィッカーデイルという辺境の街で、Cランク冒険者を名乗り、ただ息を潜めて、過去から目を背けて生きてきた。真っ先に君の元へ駆けつけて、何があったのかを全て話し、君に裁かれるべきだったのに……。本当に、卑怯者で、すまなかった……」


 俺は、ただ、頭を下げ続けた。

 どんな罵声を浴びせられても、どんな罰を与えられても、受け入れる覚悟だった。


◇◇◇


 しばらくの沈黙。

 やがて、彼女の口から絞り出されたのは……。


「……あなたの言葉で、兄様が帰ってくるわけではない」


 怒りと、悲しみと、そしてやり場のない混乱がごちゃ混ぜになった、悲痛な言葉。

 彼女は、そう吐き捨てると、踵を返し、訓練場から走り去ってしまった。


 後に残されたのは、俺一人。


 拒絶された。

 当然か……。


◇◇◇


 重い足取りで、俺は図書館へと向かっていた。

 ピヒラの様子でも見て、少し気持ちを落ち着かせよう。そう思ったんだ。


 王立学園の中央図書館は、とんでもなく広かった。

 天井まで届きそうな本棚が、迷路のように立ち並んでいる。

 古びた紙とインクの匂いが、静謐な空間に満ちていた。


 俺は、薬学書のコーナーで、目的の小さな背中を見つけた。

 ピヒラだった。

 彼女は、自分の背丈ほどもある分厚い専門書をテーブルに広げ、目をキラキラと輝かせながら、夢中でページをめくっている。

 その、ひたむきな姿を見ているだけで、ささくれ立っていた俺の心が、じんわりと癒されていくのを感じた。


「よう。勉強熱心なこった」


 俺が声をかけると、ピヒラはぱっと顔を上げた。


「あ、パパ! あのね、今、古代エルフの秘薬について調べてるの! この本によると、月の光を浴びたレクナール草を煎じた雫と、竜の涙を混ぜ合わせると、万病に効く霊薬が作れるんだって! すごいよね!」


「竜の涙、ねえ……」


 そんなもん、どこで手に入れるんだか。

 お腹が減ったらぴーぴー泣く竜なら、一応、家にはいるけどな……。


 まあ、なんにせよ。

 知的好奇心に満ち溢れたピヒラの笑顔は、何物にも代えがたい宝物だった。

 こいつをこの学園に連れてきて、本当に良かった。


 俺がピヒラと他愛もない話をしていると、ふと、図書館の奥にある、重厚な鉄の扉が、ぎぃ、と重い音を立てて開いた。

 扉には『禁書庫』と、物々しいプレートが掲げられている。

 中から現れたのは、シグルーンだった。

 その腕には、王家の紋章が刻印された、ひどく古びた革張りのファイルを、何冊も抱えている。


「シグルーン? そんなところで何を……」


 俺の問いかけに、シグルーンは「少し、調べものだ」とだけ短く答えた。

 だが、その目は、ただの調べ物をしている人間のものじゃなかった。

 何か、とんでもないものを発見してしまった、というような、興奮と、そしてわずかな困惑の色が浮かんでいた。


◇◇◇


 シグルーンは、俺とピヒラを手招きすると、図書館の隅にある閲覧室へと向かった。

 そして、周囲に誰もいないことを確認すると、抱えていたファイルの中から、一際古びたものをテーブルの上に置いた。


「ダンスタン。これを見ろ」


 彼女が指し示したファイルの表紙には、こう記されていた。


『『嘆きの揺り籠』ダンジョン崩落事故に関する公式調査報告書』


 俺は、息を呑んだ。


「お前の過去をほじくり返すようで、すまない。だが、どうしても腑に落ちんことがあってな。元ギルド支部長の権限で、王家の書庫から取り寄せさせた」


 シグルーンは、そう言うと、報告書のページを一枚、また一枚と、ゆっくりとめくっていく。


「だが、おかしいんだ。あまりに、内容が杜撰すぎる」


 彼女の指が、ある一点で止まった。


「生存者の証言は、お前のものしか記録されていない。他の遺留品や、現場の状況に関する記述は、ほとんどが黒塗りにされているか、あるいは、意図的に破棄されたかのように欠落している。まるで……」


 彼女は、そこで一度言葉を切ると、俺の目を、まっすぐに見据えた。


「まるで、誰かが、この事件の真相を隠蔽するために、調査そのものを、無理やり打ち切らせたかのようだ」


 隠蔽された、記録。


 俺は、言葉を失う。

 俺の記憶では、あの事件は、俺のミスが引き起こした、ただの悲劇だったはずだ。

 だが、目の前の『公式記録』は、その記憶に、静かに、だが確かに『否』を突きつけている。


 シグルーンは、そんな俺の葛藤を見透かすように、静かに、だが重い一言を放った。


「なあ、ダンスタン。お前の信じてきた『罪』の記憶と、この、何者かによって『隠蔽された記録』。―――どちらが、本当の『真実』なんだろうな?」


 その言葉が、俺の心に、これまで考えたこともなかった、根源的な『謎』の種を植え付けた。


 俺の罪悪感。

 仲間を死なせたという、揺るぎないはずだった事実。


 ……いったい、どういうことなんだ?

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