表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
仲間を全員失った元英雄のおっさん(42)、辺境で子育てを始めたら娘たちが最強すぎてスローライフが崩壊する件  作者: 河東むく


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/135

第33話 クータル観察日記

 家に帰ると、扉を開けた瞬間に、三つの小さな竜巻が俺に襲いかかってきた。


「「「パパ、おかえりなさい(にゃ)!」」」


 どうやら俺とソルヴァの決闘を見ていたらしい。


「パパ! あの、最後のやつ! くるんって回って、こんってやるやつ! あれ、どうやったの!? ミーシャにも教えてほしいにゃ!」


 一番に飛びついてきたのはミーシャだ。

 目をキラキラと輝かせ、興奮冷めやらぬといった様子で、俺の動きを真似てその場でくるくると回っている。

 尻尾もぶんぶんと振っていて、喜びを隠しきれていない。


「あ、あれはだな……」


 俺が説明に窮していると、今度はピヒラが、少し頬を赤らめながら、だが真剣な眼差しで俺を見上げてきた。


「わたし、戦いのことはわからないけど。パパ、格好良かったよ」


 その言葉に、俺は思わず照れくさくなってしまう。


 そして、最後に。


「ぱぱ、さいきょー!」


 クータルのあまりにも純粋な称賛に、俺は照れくささを通り越して、なんだかむず痒い気分になった。


 自分の年齢の三分の一程度の生徒を相手に戦っただけのことだ。

 まあ、嬉しいんだけど、なんというかむずがゆい。


 だが、そんな温かい歓迎ムードの中、一人だけ、腕を組んで俺を睨みつけてくる影があった。

 シグルーンだ。


 彼女は、ふぅ、と深いため息をつくと、俺の前に仁王立ちした。

 その目は、完全に据わっている。


「子供相手に本気を出すな、この馬鹿者が」


 静かだが、有無を言わさぬ迫力があった。


「いや、本気ってわけじゃ……」


「言い訳は聞かん。相手はまだ、本当の死線を知らんひよっこだ。それを、大人気なく叩き潰すとは。少しは手心を加えてやれんのか、貴様は」


 正論だ。

 正論すぎて、ぐうの音も出ねえ。


「……悪かった」


 俺が素直に謝ると、シグルーンは「分かればいい」と、ふいっと顔をそむけた。

 そして、去り際に、ぽつりと。

 俺にだけ聞こえるような、小さな声で呟いた。


「……だが、見事だったぞ。さすがだな」


 その、あまりにも不器用な褒め言葉。

 普段、誰かに褒められることなんて皆無だった俺は、その一言で、思わず顔が熱くなるのを感じた。

 くそ、素直じゃねえ女だ。


 ……素直じゃないのは、俺もか。


◇◇◇


 翌日。

 学園に足を踏み入れた瞬間、俺は、空気が昨日までと完全に変わっていることに気づいた。


「お、おい、あれ……」

「ダンスタン顧問だ……」

「昨日の決闘、見たか? ソルヴァ様を、赤子扱いだったぞ……」


 ひそひそと交わされる会話。

 俺に向けられる視線には、もう侮蔑や嘲笑の色はない。

 そこにあるのは、畏敬と、恐怖と、そしてほんの少しの好奇心。


 ……居心地が悪い。

 悪すぎる。


 俺はそんな視線から逃れるように、自分の『特別顧問室』へと足早に向かった。

 幸い、今日の午前中は特に仕事もない。


 手持ち無沙汰になった俺は、ふと、娘たちの様子が気になった。

 ピヒラとミーシャは、まあ……大丈夫だろう。

 また今度様子を見に行こう。


 問題はクータルだ。

 あいつ、ちゃんと授業を受けてるんだろうか。


 俺は音を殺し、気配を消して、低学年向けの校舎へと向かった。

 ちょうど昼休みが終わる直前だったらしく、廊下まで子供たちのはしゃぎ声が響いてくる。

 俺は教室の扉の小窓から、こっそりと中を覗き見た。


 教室の真ん中には、人だかりができていた。

 その中心に、ちょこんと椅子に座って、ふんぞり返っている小さな銀髪。

 クータルだった。


「クータル様! 次は私の魔法を見てくださいまし!」

「ずるいよ! 次は僕が、昨日お父様に教わった剣の型を披露する番だ!」

「クータルちゃん、これ、わたくしのお気に入りのクッキーですわ。どうぞ!」


 貴族の子弟であろう子供たちが、俺の娘に貢物をし、次々と芸を披露している。

 なんだこの光景は。

 クータルは、もらったクッキーをもしゃもしゃと頬張っていた。


 馴染んでる……のか?


 やがて、授業の開始を告げる鐘が鳴り響くと、子供たちは「「「あーっ!」」」と残念そうな声を上げながら、名残惜しそうに自分たちの席へと戻っていった。

 クータルも、満足げな顔で自分の席に着く。

 さて、授業態度はどうなんだか。

 俺は、もう少しだけ様子を見ることにした。


 担当の女性教師が入ってきて授業が始まる。

 クータルは、最初の数分だけは、真面目な顔で黒板を見つめていた。

 ほう、やるじゃないか。


 そう思ったのが、間違いだった。


 授業が始まって十分も経たないうちに、俺の娘は、こっくり、こっくり、と盛大に船を漕ぎ始めた。

 そして、すとん、と机に突っ伏し、もう完全に寝息を立てている。

 口の端からは、よだれまで垂れていた。


 その、あまりにも微笑ましい光景に、俺は思わず吹き出しそうになる。

 まあ、あいつが楽しくやってるなら、それでいいか……。

 俺は静かにその場を離れ、自分の顧問室へと戻ることにした。


◇◇◇


 顧問室への帰り道。

 俺は、第五訓練場の前を通りかかった。

 昨日、俺とソルヴァが決闘を繰り広げた場所だ。


 ふと、訓練場の隅に人影があるのに気づく。

 一人、黙々と木剣を振るうプラチナブロンドの髪。

 ソルヴァだった。


 彼女は、鬼気迫る形相で、何度も、何度も、同じ剣の型を繰り返している。

 だが、その動きは、昨日までの、あの完璧な美しさを失っていた。

 型は乱れ、剣筋には焦りと、苦悩の色が、痛々しいほどに滲み出ている。


 やがて、体力の限界が来たのだろう。

 ソルヴァは、ぜえ、ぜえ、と肩で息をしながら、その場に膝をついた。

 木剣が、カラン、と力なく地面に転がる。


 その時だった。

 彼女は、震える手で自らの胸元をかき探った。

 制服の下から取り出したのは、銀のチェーンに通された、古びた一つのペンダント。

 意匠も何もない、ただの、使い古された鉄のプレートだった。


 ソルヴァは、そのペンダントを、まるで祈るように、両手で強く握りしめた。


 あのペンダントには見覚えがある。


 以前までの俺なら、逃げていたかもしれない。

 だが、今は違う。

 守るべき娘たちができて、俺は少しだけ、強くなれたのかもしれない。


 過去と向き合うときが来たのだろう。


 俺は、覚悟を決めた。

 ゆっくりと、訓練場の中へと足を踏み入れていく。


 俺の気配に気づいたのだろう。

 ソルヴァは、はっとしたようにペンダントを慌てて制服の中に隠すと、こちらを振り返った。


 俺は、そんな彼女の前に、静かに立った。


「……少し、話をしないか」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ