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仲間を全員失った元英雄のおっさん(42)、辺境で子育てを始めたら娘たちが最強すぎてスローライフが崩壊する件  作者: 河東むく


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第32話 決闘

 王立ヴァルヘイム魔法学園の第五訓練場。

 その日は、異様な熱気に包まれていた。


 新任の特別顧問である、しがない中年冒険者の俺。

 対するは、この学園が誇る最高の天才にして、現生徒会長のソルヴァ。

 俺がこの学園を去るか否かを賭けた、前代未聞の決闘。


 その噂はあっという間に学園中を駆け巡り、訓練場は、授業をサボってまで集まってきた野次馬の生徒たちで埋め尽くされていた。




 ……当初、学園長は少し困ったような表情をしていたが、決闘の許可をくれた。

 実際のところ、俺の実力を測る、良い機会だと考えているのかもしれない。


 まあ、仮に俺がここで敗北したとしても、娘たちが学園から追放されるわけではない。

 やれるだけやってみるさ。


 学園長の、よく通る声が響き渡る。


「始め!」


 やれやれ、本当に大ごとになっちまったな。


 目の前のソルヴァが、すっ、と木剣を正眼に構えた。

 プラチナブロンドの髪が風に揺れる。

 その立ち姿は、まるで戦場に舞い降りた女神のように、完璧で、神々しいまでに美しかった。


 だが、その人形のように整った顔から俺に向けられるのは、一切の感情を排した、氷のような殺意だけだ。


 シュッ、と空気を切り裂く音。


 速い。


 ソルヴァの姿が、一瞬で俺の懐にまで踏み込んできた。

 放たれるのは、教科書の第一章にでも載っていそうな、実直な袈裟斬り。

 だが、その速度と精度は、並の剣士のそれを遥かに凌駕していた。


 キンッ!


 俺はそれを、木剣の腹で軽く受け流す。

 手首に、ずしりと重い衝撃。

 見た目以上に、一撃が重い。


「おおっ!」

「速い! さすがはソルヴァ様だ!」


 観客席から、感嘆の声が上がる。

 ソルヴァは攻撃の手を緩めない。


 突き、払い、斬り上げ。


 流れるような連続攻撃が、雨あられのように俺に降り注ぐ。


 そのどれもが、完璧なフォームから繰り出される、恐ろしく鋭い一撃だ。


 俺は、ただひたすらに、その猛攻を受け流し続ける。


 派手な動きは一切しない。

 最小限の動きで、相手の剣筋を逸らし、捌き、いなす。

 その地味な動きに、今度は別の声が上がり始めた。


「なんだあの顧問、防戦一方じゃないか」

「逃げ回ってるだけじゃん。Cランクってのは本当だったんだな」


 嘲笑が、槍のように突き刺さる。

 だが、そんな声は、もう俺の耳には届いていなかった。


◇◇◇


 俺の意識は、目の前の剣士から、遠い過去の記憶へと飛んでいた。


 ソルヴァの剣筋。

 その完璧なまでの『型』。

 それは、俺が忘れるはずもない、懐かしい剣だった。


「どうした! 攻撃してこないのか、臆病者!」


 ソルヴァが、苛立ちを隠せない声で叫ぶ。


 剣の筋は似ている。

 もともと、あいつの剣も完璧な『型』を身につけていた。


 しかし、実戦の中で、がむしゃらに、生きるために変化していった。

 その剣には、あいつの魂が、仲間を守るという強い意志が、確かに宿っていた。


 だが、目の前のソルヴァの剣は、どうだ。


 完璧だ。

 非の打ち所がないほどに、美しい。


 だが、それだけだ。

 まるで、魂のこもっていない、完璧なだけの抜け殻。

 誰かから教わった『型』を、ただ寸分違わず、なぞっているだけ。


 懐かしさが、俺の胸に込み上げてくる。


 一緒に剣術の腕を磨いた日々。


 俺は、ただ静かに、彼女の剣を受け止め続けた。


◇◇◇


 どれくらいの時間が経ったのか。

 自分の完璧な攻撃が、一撃たりとも当たらない。

 その事実に、ソルヴァの呼吸が、わずかに乱れ始めていた。

 焦りだ。


「――終わりにしてやる!」


 彼女は一度大きく距離を取ると、木剣を天に掲げた。

 ソルヴァの体が、光を纏う。

 最大の一撃が、俺に向かって放たれる。


 ――ここだ。


 俺は、その一撃を、正面から受け止めはしなかった。

 あえて、自ら体勢を崩す。

 まるで、足がもつれて、無様に転びかけたかのように。

 それは、俺が、ゴブリンの集落で不意打ちを食らった時に、咄嗟に編み出した『型』を無視した騙し討ちの動き。


「なっ!?」


 ソルヴァの目に、初めて動揺の色が浮かぶ。

 必殺の一撃が、俺の体を掠め、空を切る。

 がら空きになった、彼女の背中。

 俺は、崩れた体勢からコマのように回転し、その無防備な背後に、音もなく回り込んでいた。


 勝負は決した。


 俺は、振り上げた木剣を、振り下ろさない。

 ただ、その柄の先で、彼女の後頭部を、


 こん。


 と、優しく、軽く、叩いてやった。


◇◇◇


 しん、と。

 あれだけ騒がしかった訓練場が、水を打ったように静まり返った。

 何が起きたのか、誰にも理解できていない。


 やがて、膝から、がくり、と崩れ落ちる影が一つ。

 ソルヴァだった。


 彼女は、床に両手をつき、わなわなと震えている。

 信じられない、という顔。

 自分が負けたという事実が、まだ受け入れられていない。


 俺は、そんな彼女に背を向けた。


 そして、去り際に、ぽつりと。

 他の誰にも聞こえない、彼女にだけ届く声で、静かに呟いた。


「……お前の兄さんは、もっと強かったぞ」

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