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仲間を全員失った元英雄のおっさん(42)、辺境で子育てを始めたら娘たちが最強すぎてスローライフが崩壊する件  作者: 河東むく


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第31話 挑戦状

 王都での新しい朝は、いつものように娘たちの賑やかな声で始まった。


「ぱぱー! 見て見て、シグルーンが作った目玉焼き、真っ黒こげだよー!」


「こ、これは芸術的なウェルダンだ! 断じて失敗ではない!」


「シグルーンさん、無理しなくても……私が……」


「ピヒラは黙っていろ! これは私と目玉焼きとのプライドを賭けた戦いだ!」


「二人とも、やけどしないでにゃ……」


 台所から聞こえてくる、シグルーンの料理スキルとプライドの壮絶な戦いの音を聞きながら、俺はコーヒーをすする。


 ウィッカーデイルのボロ家とは比べ物にならない、立派な借り暮らしの家。

 庭までついて、ふかふかのベッドもある。

 だが、この家の本当の価値は、そんなことじゃない。


 この、騒がしくて、手がかかって、どうしようもなく温かい時間。

 それこそが、俺にとっての何よりの財産だった。


「よし、お前ら! そろそろ行くぞ! 学園に遅刻する!」


 俺が声をかけると、三者三様の返事が返ってくる。

 こうして、俺たち家族五人の、王都での新しい日常が始まったんだ。


 シグルーンが手配してくれた馬車で学園に向かう。

 まず、クータルとミーシャを低学年向けの校舎へ。

 ピヒラを、彼女が興味を持った薬学の基礎科がある校舎へと送り届ける。

 娘たちの背中を見送りながら、なんだか不思議な気分になった。

 ついこの間まで、日銭を稼ぐことしか考えていなかった俺が、こうして娘の通学を見守る父親になっている。

 柄にもねえとは思うが、悪くねえ気分だ。


「さて、と」


 俺は一人、自分の職場へと向かう。

 案内されたのは、訓練場の片隅にある、物置と見紛うばかりの小さな部屋だった。

 ドアには『特別顧問室』なんていう、立派な札がかかっている。


 机と椅子が一つずつ。

 それだけ。

 まあ、俺にはこれで十分すぎるくらいだ。


 椅子にどっかりと腰を下ろし、俺は窓の外を眺めた。

 活気に満ちた訓練場で、若い才能たちが汗を流している。

 俺が、生徒たちに何を教えられるっていうんだろうな。

 そんなことを、ぼんやりと考えていた。


◇◇◇


 俺の『特別顧問』としての最初の仕事は、上級生の『実戦剣術』の授業を見学することだった。

 担当教師の男に案内され、俺は訓練場の隅で、生徒たちの手合わせを眺める。

 さすがは王立学園というべきか。

 どいつもこいつも、筋がいい。

 ウィッカーデイルのチンピラ冒険者とは、レベルが違う。


 だが、その中でも一人、明らかに異彩を放つ生徒がいた。


 すらりとした長身。

 陽光を浴びて輝く、プラチナブロンドの髪。

 生徒会長のソルヴァだ。

 先日、俺に強烈な憎悪の視線を向けてきた、あの少女。


 彼女が木剣を握り、構えた瞬間、訓練場の空気が変わった。

 対戦相手の男子生徒が、完全に気圧されているのが分かる。


 打ち合いが始まる。

 ソルヴァの剣は、美しかった。

 一切の無駄がなく、まるで教科書の手本をなぞるように正確無比。

 流れるような剣閃が、相手の攻撃を完璧にいなし、的確に隙を突いていく。

 数合打ち合っただけで、相手の木剣は乾いた音を立てて宙を舞った。


「そこまで!」


 教師の声が響く。

 周囲の生徒たちから「おお……」「さすがはソルヴァ様だ」なんていう、感嘆の声が漏れる。

 完璧な勝利。

 誰が見ても、そう思うだろう。


 だが、俺の目には、まったく違うものが見えていた。

 綺麗すぎるんだ。

 まるで、寸分の狂いもなく演じられる、舞台の殺陣を見ているみたいだった。

 そこには、命のやり取りをする者に必ず宿るはずの、泥臭さや、必死さ、そして『殺気』というものが、欠片も感じられなかった。


 ……なるほどな。

 こいつは、本物の死線を潜ったことがねえ。

 ただ、才能と努力だけで、完璧な『型』を身につけただけだ。


 まあ、最初はそんなもんだ。

 冒険に出れば、すぐに剣は実戦向けのものに変わっていくだろう。


◇◇◇


 授業が終わり、生徒たちが三々五々に解散していく。

 担当教師が、少し緊張した面持ちで俺の元へとやってきた。


「いかがでしたかな、ダンスタン顧問。何か、お気づきの点は?」


 俺は腕を組んだまま、ソルヴァが立ち去っていく後ろ姿を見送りながら、素直な感想を口にした。


「いや、本当に見事なもんだ。非の打ち所がない。俺なんかが口を挟む余地はねえよ」


「は、はあ……。そ、そうですか!」


 俺の感嘆の声に、教師は心底安堵したように胸をなでおろす。


 俺はそれで話を終えるつもりだった。

 だが、教師はさらに食い下がってきた。


「ですが、そこを何とか! 特別顧問の視点から、何か一つでも……!」


「……うーん、そうだなあ」


 俺はガシガシと頭を掻く。

 そんなに持ち上げられても困るんだが。

 仕方なく、あくまで個人的な感想として、言葉を選びながら口を開いた。


「あまりに『正直』すぎる剣、なのかもしれんな」


「正直、ですか?」


「ああ。一対一、正面からの打ち合いなら、あれに勝てる奴はそういまい。だが、俺たちが潜ってきたような、何でもありの泥臭い実戦じゃ、不意打ちも騙し討ちも日常茶飯事だ。そういう卑劣な手合いを相手にした時、あの正直すぎる剣筋が、どうなるか。……ふと、そんなことを考えちまった」


 俺は、そこで言葉を切った。


 その時だった。

 立ち去ろうとしていたソルヴァの足が、ぴたりと止まった。

 彼女はゆっくりとこちらに振り返る。


 その顔には、完璧な、聖女のような微笑みが浮かんでいた。


「素晴らしいご意見です、ダンスタン『顧問』」


 彼女は、優雅な足取りで俺たちに近づいてくる。

 だが、俺にだけ向けられたその瞳の奥には、燃え盛るような、どす黒い侮蔑の色が渦巻いていた。


「ですが」


 彼女は、俺の目の前で立ち止まると、その微笑みを崩さないまま、はっきりと、周囲の誰もに聞こえる声で言い放った。


「あなたのような、仲間を見捨てて生き延びただけのCランクの冒険者の方に、私の剣の何が分かるとおっしゃるのかしら?」


 しん、と訓練場が静まり返る。


 俺の、忌まわしい過去。

 それを、なぜこいつが。

 しかも、まるで見てきたかのように。


◇◇◇


 凍りついた空気の中、ソルヴァは、さらに言葉を続ける。


「私、あなたのような方に、教えを乞うつもりはございません」


 彼女は、俺と、周囲で固まっている生徒たちを見回すと、芝居がかった仕草で小首をかしげてみせた。


「つきましては、一つご提案がございます。私と、模擬戦で勝負していただきたいのです」


 ざわ、と生徒たちの間に、さらなる動揺が走る。


 生徒会長が、新任の特別顧問に、公然と挑戦状を叩きつけたのだ。

 前代未聞の事態だろう。


 そして、彼女はとどめの一言を、その美しい唇に乗せた。


「もし私が勝ちましたら、あなたにはこの学園から出ていっていただけますか?」


 あまりにも無礼で、一方的な挑戦状。


 俺は、何も言わない。


 ただ、彼女の瞳の奥で、憎悪という名の炎が、ゆらゆらと燃え盛っているのを、じっと見つめ返していた。

 これは、ただの学生の癇癪じゃねえ。

 何か、もっと根深い理由がある。


「……いいだろう」


 俺の答えに、ソルヴァの口元が、満足そうに、わずかに歪んだ。


「その挑戦、受けた」

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