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仲間を全員失った元英雄のおっさん(42)、辺境で子育てを始めたら娘たちが最強すぎてスローライフが崩壊する件  作者: 河東むく


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第30話 『人殺し』

 長い旅だった。

 ウィッカーデイルの静かな森を抜け、いくつもの丘を越え、崖崩れなんていう大事件も乗り越えて。

 俺たち家族を乗せた馬車は、ついにその巨大な姿を現した白亜の城壁――王都の正門を、ゆっくりとくぐり抜けていった。


「うわぁ……!」

「おっきい……!」

「ひとがいっぱいだにゃ……!」


 馬車の窓から顔を覗かせた娘たちが、一斉に感嘆の声を上げる。


 無理もねえ。

 俺だって、はじめて来たときは同じ気持ちだった。


 ウィッカーデイルとは、何もかもが桁違いだった。


 天を突くようにそびえ立つ石造りの建物。

 磨き上げられた石畳の上を、数え切れないほどの人が行き交い、豪華な装飾が施された馬車が、軽快な蹄の音を響かせている。


「おい、お前ら! あんまり窓から乗り出すなよ、危ねえぞ!」


 俺は、興奮する娘たちに声をかけながらも、内心じゃ冷や汗をかいていた。


 この人の多さ、ちょっと目を離した隙にはぐれちまいそうだ。


 だが、そんな俺の心配をよそに、娘たちは目をキラキラと輝かせ、初めて見る大都会の景色を、その小さな瞳に焼き付けていた。

 その顔を見ていたら、まあ、連れてきて良かったと、心からそう思えた。


◇◇◇


「まずは、旅の疲れを癒すとしよう。滞在先は確保してある」


 御者台のシグルーンが、慣れた様子で馬車を走らせていく。

 さすが元ギルド支部長、手際がいい。


 彼女が「知り合いのつてで、学園近くの空き家を安く借りられた」と言って案内してくれたのは、王都の喧騒から少し離れた、静かな貴族街の一角にある、こぢんまりとした一軒家だった。

 小さな庭までついてやがる。

 ウィッカーデイルの俺たちの城より、よっぽど立派だ。


 その日は、長旅の疲れを癒すために、新しい家でゆっくりと過ごした。

 ふかふかのベッドに、娘たちは大喜びだ。

 明日から、この王都で、俺たちの新しい生活が始まる。


 期待と、少しの不安。

 そんなものが入り混じった、不思議な高揚感に包まれながら、俺たちは眠りについた。


◇◇◇


 そして翌日。

 俺たち家族は、ついにその場所の前に立っていた。


『王立ヴァルヘイム魔法学園』


 高くそびえる、白亜の門。


 その奥に広がるのは、もはや一つの街と呼んでも差し支えないほどの、広大な敷地と、歴史の重みを感じさせる壮麗な校舎だった。

 様々な人種の、若い才能たちが、希望に満ちた顔で行き交っている。

 その、自由で、活気に満ちた光景に、俺も娘たちも、ただただ圧倒されていた。


「すごい……」


 ピヒラが、感嘆の息を漏らす。

 こいつの知的好奇心をくすぐるには、十分すぎる場所だろうな。


◇◇◇


「――よく来てくれたのう、ダンスタン殿! 話はシグルーンから聞いておるよ!」


 学園長室で俺たちを迎えてくれたのは、人の良さそうな、少し変わり者の好々爺といった風情の老人だった。

 白く長い髭を蓄え、悪戯っぽく細められた瞳。

 俺なんぞでは到底測り知れない、深い知性が宿っている。


「それにしても、崖崩れの件、見事な手際だったそうじゃないか! 君のような実戦経験豊富な者が来てくれるのは、この学園にとっても、実に喜ばしいことじゃ!」


 どうやら、あの時の救助活動の噂も、既にこの好々爺の耳に届いているらしい。

 話が早くて助かる。


「娘さんたちの聴講の件、もちろん構わんとも。才能の芽は、身分や生まれに関係なく、育んでやらねばならんからのう。そして、君には『特別顧問』として、生徒たちの指導に力を貸してほしい。そういう話じゃったな?」


「……俺でよければ」


 シグルーンが事前に話を通しておいてくれたからだろう、あまりにもトントン拍子に話が進んでいく。


 学園長は「うむ!」と満足そうに頷くと、近くに控えていた若い教師に、俺たちを案内するように言いつけた。


「では、まずはお嬢様方の制服を。こちらへどうぞ」


 教師に案内されたのは、事務手続きを行う隣の部屋だった。

 そこで娘たちのために用意されていたのは、落ち着いた紺色を基調とした、上品なデザインの制服だった。


「わあ、かわいー!」とクータル。

「これが私たちのお洋服?」とピヒラ。


 娘たちが期待に満ちた目で制服を受け取り、試着室へと駆け込んでいく。

 しばらくして、少し照れくさそうにしながら、三人が姿を現した。


「……どう、かにゃ?」

「パパ、どーお?」

「ちゃんと着れてるかな?」


 普段の活発な姿とは打って変わって、いかにも学園の生徒らしい、知的な雰囲気をまとっている。

 いつもより少しだけ大人びて見える娘たちの姿に、俺は思わず泣きそうになる。

 なんだかよくわからんが、子どもを育てていると、成長している姿を見ると泣いてしまうのだ。

 親っていうのは、どうやらそういうもんらしい。


「……なかなか似合ってるじゃねえか。いっちょ前に、小さな学者様みたいだな」


 俺がそう言って頭を撫でてやると、娘たちははにかみながらも、嬉しそうに顔をほころばせる。

 くるくると回ってみたり、お互いの姿を見合ってくすくす笑ったり。

 その無邪気な様子に、俺の口元も自然と緩んだ。


 こうして、俺たちの王都での新しい生活は、驚くほどスムーズに、その第一歩を踏み出した。


 ……はずだった。

 この時までは、そう思っていたんだ。


◇◇◇


「こちらが中央図書館で、あちらが大講堂になります」


 案内役の若い教師に連れられて、俺たちは広大な学園の中を歩いていた。

 見るもの全てが新鮮で、娘たちはずっとキョロキョロと辺りを見回している。


 ふと、俺は、一人の女子生徒の姿に、なぜか目を奪われた。


 陽光を浴びて輝く、プラチナブロンドの長い髪。

 気品に満ちた、人形のように整った顔立ち。

 完璧、という言葉が、これほど似合う人間を俺は知らない。


 だが――。

 他の生徒たちが俺たちを物珍しそうに、あるいは好意的に見ている中で。

 彼女だけが、俺に対して、突き刺すような、純粋な『憎悪』の視線を向けていたのだ。


 なぜだ?

 俺は、今日初めてこの学園に来たはずだ。

 彼女と会ったことなんて、あるはずがない。


 なのに、その顔に、どこか見覚えがあるような、ないような。

 胸の奥が、嫌な感じでざわつく。


「……先生。あそこにいる生徒は?」


 俺は、案内役の教師に、何気ないふうを装って尋ねた。

 教師は俺が指さした方を見ると、途端に誇らしげな顔になる。


「ああ、彼女ですか! 彼女こそ、この『王立ヴァルヘイム魔法学園』が誇る、最高の優等生。現生徒会長の、ソルヴァ君ですよ」


 ソルヴァ。


 その名前に、なぜか俺は、胸の奥がざわつくような、不穏な感覚を覚える。


 俺が釈然としない気持ちでいると、彼女――ソルヴァは、俺から視線を外すことなく、その薔薇色の唇を、ゆっくりと動かした。


 声は聞こえない。

 だが、その唇の動きは、はっきりと読めた。


『人殺し』

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