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仲間を全員失った元英雄のおっさん(42)、辺境で子育てを始めたら娘たちが最強すぎてスローライフが崩壊する件  作者: 河東むく


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第27話 役立たずで、優しい魔法

 いよいよ、出発の朝だ。


「ダンスタンさん、ピヒラさん! 畑のことは、どうか私に任せてください!」


 家の前では、すっかり元気になったリーネが、真剣な顔で深々と頭を下げていた。

 その手には、俺たちの畑の土壌サンプルと、ピヒラが書いた栽培メモが大事そうに握られている。


「ああ、頼んだぜ、リーネ。無理はするなよ」


「はい! この畑は、私が命に代えても……!」


「命に代えられても困る。いざとなったら畑を捨てて生き延びろ。いいな」


 俺が釘を刺すと、リーネは「うっ……善処します!」と、少しだけ納得いかない顔で頷いた。

 真面目なやつだ。


 ふと、家の前に目をやると、いつの間にか、大勢の人が集まっていた。


「よう、ダンスタン! これ、道中の足しにしな!」


 声をかけてきたのは、『獅子のグリル亭』のシェフ、ギュンターだった。

 その手には、ずっしりと重そうな保存食の包みが握られている。


「お前さんたちの野菜がなけりゃ、俺の料理も始まらん! 三ヶ月と言わず、いつでも帰ってこい!」


 ぶっきらぼうだが、その目には確かな寂しさが滲んでいた。


「ダンスタンさん、ピヒラちゃん、ミーシャちゃん!」


 市場で助けた子供とその母親も、駆けつけてくれた。

 母親は、涙ぐみながら俺たちの手を握りしめる。


「本当に、ありがとうございました……! どうか、お気をつけて……!」


 そんな温かい喧騒の中、カポ、カポ、と軽快な蹄の音が近づいてきた。

 道の向こうから現れたのは、少し大きめで、長旅にも耐えられそうな頑丈な馬車だ。

 そして、その御者台に座り、手綱を見事にさばいているのは……。


「待たせたな」


 ラフな旅装束に身を包んだ、シグルーンだった。

 いつもきつく結い上げられていた髪は、今はさらりと下ろされている。

 その亜麻色の髪が、朝の風にふわりと揺れた。


 亜麻色の髪が風に揺れているのを見た瞬間、俺の胸の奥が、ちくりと、理由も分からず痛んだ。

 なんだ……?

 この、懐かしいような、さびしいような感覚は……。


 彼女の颯爽とした姿に、娘たちの目がきらきらと輝く。


「わーい! しぐるーん、きたー!」

「かっこいい、にゃ!」


 娘たちが駆け寄ると、シグルーンは馬車からひらりと飛び降り、その頭を優しく撫でた。


「準備はいいか? 荷物を積むぞ」


 俺たちは最後の荷物を手際よく馬車に積み込む。

 いよいよ、出発の時だ。


「元気でな、ダンスタン一家!」

「必ず帰ってこいよ!」

「王都の奴らに、ウィッカーデイルの根性見せてやれ!」


 一人、また一人と、温かい声援が飛んでくる。

 いつの間にか、俺たち家族は、この街にとって、かけがえのない存在になっていたらしい。


「さあ、お前ら、行くぞ」


 ピヒラとミーシャも街の人々に手を振り返していた。

 クータルだけが「いってきまーす!」と、遠足にでも行くような呑気さだ。


 ありがとう、ウィッカーデイル。

 まあ、三ヶ月後には帰ってくるんだけどな。


◇◇◇


 街道に出てしばらく、馬車は快調に進んでいく。

 背後からは、娘たちの楽しげな声が絶え間なく聞こえてくる。

 新しい世界への冒険に、胸を躍らせているんだろう。


「おい、ダンスタン」


 隣のシグルーンが、呆れたように言った。


「なんだ」


「お前のその顔、緩みっぱなしだぞ。締まりがない」


「うるせえ。ほっとけ」


 娘たちが幸せそうだと、ついつい俺も笑顔になってしまう。


 御者台の後ろの小窓から、ひょっこりと銀髪が覗いた。


「ぱぱー」


 クータルだった。

 荷台でおとなしくしているのに飽きたらしい。

 器用によじ登ってくると、俺の膝の上に、ぽすん、と座り込んだ。


「ぱぱ、くーも、それやりたい!」


 小さな指が指さすのは、俺が握る手綱だ。


「こら、危ないからダメだ」


「やーだー! やるー!」


 ぷうっと頬を膨らませて、俺の腕にしがみついてくる。

 まったく、聞き分けのないお姫様だ。


「……はぁ。分かった、分かった。だが、絶対に一人で触るなよ。パパと一緒に握るだけだ。いいな?」


「うん!」


 俺はクータルの小さな手を、ごつごつした自分の手で上から包み込むようにして、一緒に手綱を握った。

 ずしりとした手綱の重みと、馬の息遣いが伝わってくる。

 クータルは、目をキラキラと輝かせて、真剣な顔で前を見つめている。

 その小さな横顔を見ていると、またしても俺は笑顔になってしまう。


 やがて、クータルが満足して荷台に戻ると、今度はピヒラがおずおずとやってきて、俺の背後から話しかけてくる。


「パパ、あの山の向こうには、どんな街があるんですか?」


 その次はミーシャだ。


「パパ! 森の匂いがするにゃ! 知らない木の実の匂いだにゃ!」


 娘たちが代わる代わるやってきては、他愛もない話をする。

 その時間が、どうしようもなく愛おしかった。

 シグルーンは、そんな俺たちの様子を、何も言わずに、ただ優しい目で見守っている。


 やがて、太陽が西の空に傾き始め、森が夕焼けの色に染まり始めた。


「よし、今夜はこの辺りで野営するぞ」


 俺は手綱を引き、馬車を街道から少し外れた、開けた場所へと誘導した。


◇◇◇


 長年の冒険者としての経験が、安全な野営地を俺に教えてくれる。

 風を遮る岩陰、近くの水場、獣の痕跡がないかを入念に確認し、完璧な立地を選び出した。


「さあ、お前たち。これが冒険の基本、野営だ。パパの技、しかと目に焼き付けておけ」


 俺はニヤリと笑うと、馬車から手斧とロープを取り出した。

 まずは火の確保だ。

 乾いた枝を拾い集め、ナイフで羽毛のように薄く削って火口ほくちを作る。

 火打ち石を数回打ち合わせるだけで、小さな火種が生まれた。

 その火を丁寧に育て、あっという間にパチパチと音を立てる焚き火へと変えてみせる。


 ……というか、魔法が使えたらこんなの簡単なんだろうけれど。


 次に、地面からの冷気を防ぐために落ち葉を厚く敷き詰め、その上に防水布を張って寝床を確保。

 近くの木々の間にロープを渡し、もう一枚の布をかければ、夜露や急な雨もしのげる即席の屋根の完成だ。


「わあ……!」

「パパ、すごーい!」

「何でもできるんだにゃ!」


 俺の無駄のない動きに、娘たちが尊敬の眼差しを向けてくる。

 どうだ。

 魔法だけが能じゃねえ。

 知識と経験こそが、厳しい自然の中で生き抜く力なんだ。これぞ父親の威厳よ。

 俺は内心で胸を張り、これ以上ないほどのドヤ顔でシチューの準備に取り掛かった。


 干し肉と野菜を鍋に放り込み、焚き火にかける。

 コトコトと、心地よい音が静かな森に響き始めた。

 うん、完璧な仕事ぶりだ。俺は一人、満足感に浸っていた。


◇◇◇


 俺が父親の威厳に浸っていると、ピヒラが俺の隣にやってきた。


「パパ、すごいけど……」


 彼女は、悪戯っぽく片目をつぶって見せる。


「もっと快適にできるよ」


「ん?」


 俺が首をかしげた、その瞬間だった。

 ピヒラは、俺たちが野営地として選んだ地面に、そっと両手を触れた。

 そして、目を閉じ、何事かを静かに祈るように呟く。


 ミシミシ……。


 生命の息吹が、大地から立ち上るのが見えた。

 俺たちが座っていた硬い地面から、ふかふかの、柔らかな苔が、まるで高級な絨毯のように盛り上がってくる。

 あっという間に、五人が川の字で寝転がれるほどの、極上のベッドが完成した。


「……は?」


 呆気にとられていると、さらに奇跡は続く。

 俺が作った即席の屋根を支えるように、周囲の木の枝が、にょきにょきと意思を持ったように伸び、互いに絡み合って、頑丈なドーム状の骨組みを形成していく。

 その隙間を埋めるように、大きな葉っぱが豊かに生い茂り、完璧な『葉っぱの屋根』が出来上がった。


 極めつけは、そのドームの内側だった。

 天井近くの葉の隙間から、小さな蕾がいくつも顔を出し、それが、ふわり、ふわり、と順番に花開いていく。

 そして、その花々は、自ら淡い、温かい光を放ち始めたのだ。

 天然の、夜光花のランタン。


 殺風景だったただの野営地が、ものの数分で、まるで森の妖精が住むかのような、幻想的で快適なスイートルーム(?)へと様変わりしていた。


「…………」


 俺は、ただ呆然と立ち尽くす。

 クータルとミーシャは、ふかふかの苔のベッドに大喜びで飛び乗って、きゃっきゃとはしゃいでいる。


「……俺より、すごいじゃん」


 ぽつり、と漏れた俺の呟き。

 俺が何年もかけて培ってきたサバイバル術なんて、この子の魔法の前では、原始的な火起こしみたいなもんだ。


 娘の成長が、とてつもなく誇らしい。

 だが、なんだか、少しだけ、その背中が遠くへ行ってしまったような気がして。

 そんな俺のセンチメンタルな感傷を、背後からの呆れたような声が打ち破った。


「張り合うな、馬鹿者」


 いつの間にか隣に立っていたシグルーンが、俺の肩をぽん、と叩く。

 彼女は、どこか楽しそうに、そして諭すように言った。


「父親の役目は、子供に追い越されることだ。その背中を見せて、いつか自分を超えていけと、どっしり構えているのが、いい父親ってもんだろう?」


 その言葉が、俺の心にすとん、と落ちてきた。

 ああ、そうか。

 そうだよな。

 俺は、こいつらの前に立って道を切り拓くだけじゃなく、隣で、時には後ろから、その背中を押してやればいいんだ。


「……ありがとな」


 俺はそう言って、できあがったシチューを器によそう。

 シグルーンの言う通りだ。

 俺は、こいつらの父親なんだ。

 どっしり構えて、このとんでもない娘たちの成長を、一番近くで見守ってやればいい。


「よし、お前ら! 飯だぞ!」


 俺の声を合図に、娘たちが焚き火の周りに集まってくる。


◇◇◇


 食事が終わり、娘たちは満天の星空を見上げていた。

 焚き火が、ぱちぱちと静かに爆ぜる。


「ぱぱー! おほしさま、きれい! くー、おほしさま、つかまえたい!」


 クータルが、夜空に向かって小さな手を伸ばしながら、無邪気に叫んだ。

 その言葉に、俺はふと、遠い昔を思い出した。


「はは、本物の星を捕まえるのは、ちょっと難しいな。……だが、昔、似たようなことを言ってた奴がいたな。俺の、親友が」


 親友、オーウェンのことだった。


「あいつは、剣はすごかったが、俺と一緒で、魔法はてんでダメでな。だが、たった一つだけ、使える魔法があったんだ。俺も、魔力なんてほとんどねえから、うまくできるか分からんが……」


 俺はそう言うと、右の人差し指の先に、必死に意識を集中させる。

 数回、小さな火花が散って失敗した後、俺の指先に、ぼんやりと、そして不格好ながらも、確かに蝶の形をした、淡い光が生まれた。


 その『星光蝶』は、力なく数秒間だけ、クータルの鼻先をふらふらと舞うと、やがて、きらきらとした光の粒子となって夜の闇に溶けて消えていった。


「わー! きれい! ぱぱ、まほう、つかえるの!」


 クータルが、大喜びではしゃぐ。


 俺にできるのは、これくらいのものだった。

 オーウェンも魔法は下手だったが、これだけは得意だった。

 聞いた話では、泣いている妹さんを笑顔にするために、必死に練習したらしい。

 特別な人を笑顔にするためだけの、役立たずで、優しい魔法だ。


 なんだか、とても懐かしい。

 俺は、ぼんやりと焚き火を見つめた。

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