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仲間を全員失った元英雄のおっさん(42)、辺境で子育てを始めたら娘たちが最強すぎてスローライフが崩壊する件  作者: 河東むく


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第25話 畑の管理者

 王都行きを決めたはいいが、畑をどうするかが問題だった。

 ギュンターの店との契約もある。

 なにより、あそこは俺たち家族の大切な畑だ。

 三ヶ月とはいえ、放置していくわけにはいかねえ。


「うーん……」


 俺が腕を組んでうんうん唸っていると、台所で夕食の準備をしていたピヒラが、心配そうにこちらを覗き込んできた。


「パパ、どうしたの? 難しい顔をして」


「ああ、ピヒラか。いや、畑のことだよ。俺たちが留守の間、誰かに管理を頼まねえとなって」


「そっか……そうだよね。あそこは、みんなの大事な場所だもんね」


 ピヒラの言葉に、俺は一つの考えに思い至る。

 そうだ、専門家がいるじゃねえか。


「よし、ピヒラ。ちょっと付き合え。お見舞いがてら、人に会いに行くぞ」


「え? うん、わかった!」


 俺は収穫したばかりの、ルビーみたいに輝くトマトと、黄金色のトウモロコシをいくつか籠に入れる。

 それから、畑の隅の土を、こっそりと小さな革袋に詰めた。


 口実はお見舞い。

 だが、本当の目的は、未来への投資と、スカウトだ。

 俺たちは、先日助けた魔法使い、リーネが療養しているという街の宿屋へと向かった。


◇◇◇


「あ、ダンスタンさん! わざわざお見舞いに……? こちらの可愛い方は?」


 俺が紹介しようとする前に、ピヒラが、もじもじしながらも、小さな声で自分から口を開いた。


「あ、あの……ピヒラ、と申します。先日、パパが……いえ、父がお世話になりました」


 ぺこり、と小さな頭を下げるピヒラ。


「まあ、ご丁寧にどうも。リーネです。こちらこそ、あなたのお父さんには命を助けていただきました」


 和やかな自己紹介が終わったところで、俺は本題を切り出す。


「具合はどうだ?」


「はい、おかげさまで。ただ、お医者様には全治一ヶ月はかかると……」


 リーネは悔しそうに自分の足を見つめる。


 俺は「まあ、焦るな」と声をかけ、持ってきた見舞いの品をテーブルに置いた。


「これ、うちの畑で採れたんだ。大したもんじゃないが、食ってくれ」


「わあ、ありがとうございます! ……って、え?」


 籠の中の野菜を見た瞬間、リーネの動きがぴたり、と止まった。

 農学魔法の専門家である彼女の目が、カッと見開かれる。


「こ、このトマト……なんていう生命力……! それに、このトウモロコシの粒に満ちた魔力量……ありえません! 学園のどんな魔法薬を使ったものより、ずっと上質です!」


 彼女は野菜を一つ一つ手に取ると、食い入るように観察し、ぶつぶつと専門用語らしきものを呟き始めた。

 その姿は、もうただの怪我人じゃない。

 完全に研究者の顔だ。


 俺は、にやりと口の端を吊り上げ、とどめとばかりに、懐からあの革袋を取り出した。


「ついでに、そこの土もだ」


「……失礼します!」


 リーネは革袋を受け取ると、中から一握りの黒土を取り出し、指先でその感触を確かめるように、そっとすり潰した。

 次の瞬間、彼女は絶句した。


「嘘……こんな……こんな魔力量を秘めた土壌、どんな文献でも見たことがありません! まるで、大地そのものが生きているみたいです。ダンスタンさん、一体どんな魔法を……いえ、これはもはや魔法というより、奇跡の領域です!」


 興奮のあまり、彼女は早口でまくしたてる。


 よし、食いついてきた。


 俺は、この瞬間を待っていた。


「なあ、リーネ。単刀直入に言う。俺たちが王都に行ってる間、三ヶ月だけでいい。あんたに、この畑の管理を任せたいんだ」


◇◇◇


「……え?」


 俺の言葉に、リーネの興奮がぴたりと止まった。

 彼女は、目の前の奇跡のサンプルと、俺の顔を交互に見つめ、やがて、悔しそうに顔を歪めた。


「これほどの畑の管理……専門家として、これほど心惹かれるお話はありません。ぜひ、やらせていただきたい。ですが……」


 彼女は、包帯の巻かれた自分の足を、力なく叩いた。


「この足では、まともに歩くこともできません。畑仕事なんて、とても……。本当に、申し訳ありません……」


 その、諦めに満ちた声。


 だが、俺はまだ切り札を隠し持っていた。

 いや、俺じゃない。

 俺の、自慢の娘が、だ。


 俺とリーネのやり取りを、ずっと黙って隣で聞いていたピヒラが、一歩、前に進み出た。

 そして、小さな革袋から翡翠色に輝く液体が満たされた小瓶を取り出す。


「あの……これ、飲んでください」


「え? これは……?」


「私が、うちの畑で育てた『レクナール草』で作った、治癒薬です。きっと、あなたの助けになります」


 リーネは戸惑いながらも、その小瓶を受け取った。

 半信半疑、といった顔で、彼女はその翡翠色の液体を、こくり、と一口飲み干す。


 その、瞬間だった。


 ふわり。


 リーネの足の傷が、淡い、温かい光に包まれた。

 光は、まるで意思を持っているかのように、傷口を優しく撫でていく。

 そして、光が収まった時。


「……うそ」


 リーネが、呆然と呟く。

 あれほど分厚かった包帯は、もう必要ないとばかりに、はらりと床に落ちた。

 その下から現れたのは、傷一つない、滑らかで美しい肌。

 医者が「全治一ヶ月」と匙を投げた怪我が、たった数秒で、完全に、跡形もなく消え去っていた。


◇◇◇


「な……なんで……。私の足が……」


 リーネは、信じられないといった様子で、自分の足を何度も曲げ伸ばししている。


「ダンスタンさん! ピヒラさん! このご恩は一生忘れません……! そして、一人の研究者として、お願いします! ぜひ、私に畑の管理をさせてください!」


「ああ、頼む」


 俺が頷くと、リーネは「ありがとうございます!」と、ぱっと顔を輝かせた。


「それで、給料についてなんだが……」


「あ、あの、お給料のことですが、私はこのご恩と、研究の機会をいただけるだけで十分なので……生活できる最低限で、いえ、食住をご提供いただけるなら無給でも構いません!」


 必死に、そして謙虚にそう申し出てくるリーネ。

 その真面目さが、なんだかおかしい。


 俺は思わず、ふっと笑みをこぼした。


「馬鹿野郎。そんなわけにはいくか」


「で、ですが……!」


「報酬は、この畑から上がる収益の七割。それでどうだ」


「な……ななな、七割ですって!? そ、そんな法外な! 絶対に受け取れません! 多すぎます!」


 リーネが、ぶんぶんと首を横に振って猛烈に固辞する。


「じゃあ六割五分」


「無理です! 一割でも多いくらいです!」


「ちっ、頑固なやつだな……」


 うーん。

 実は、いまギュンターからもらってる分だけでも、数年は何もしなくても暮らせるんだよな……。


「分かった! これが最終案だ! 収益の半分をあんたに渡す! これ以上は一歩も譲らんからな!」


 リーネは「う……」と言葉に詰まる。


「いいか、リーネ。対等なパートナーなんだから、収益を半分こにするのは当たり前だろ? ……よろしく頼むぜ」


「うー……はい……。ダンスタンさん、この畑は、三ヶ月間、私が命に代えても、必ず、守り通します!」


 命に代えられても困る。

 いざというときが来たら畑を捨てて生きてくれ。

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