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仲間を全員失った元英雄のおっさん(42)、辺境で子育てを始めたら娘たちが最強すぎてスローライフが崩壊する件  作者: 河東むく


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第23話 王立ヴァルヘイム魔法学園

 庭の真ん中で、ミーシャが木の棒を構えている。

 その向かいに立つのはシグルーンだ。


「いいか、ミーシャ。獣人族の強みはその瞬発力と、野生の勘だ。力で劣る相手と戦う時は、常に動き続けろ。的を絞らせるな」


「にゃ! こうかにゃ!」


 ミーシャが猫科特有の低い姿勢から、目にも止まらぬ速さでシグルーンの側面に回り込もうとする。

 だが、シグルーンは最小限の動きでそれをいなし、ミーシャの構えた木の棒を、持っていた枝で軽く打ち払った。


 カツン、と乾いた音が響く。


「動きはいい。だが、攻撃が単調すぎる。一撃目が読まれれば、次はないと思え」


「うにゃー! もう一回だにゃ!」


 楽しそうだ。

 ミーシャは、本当に楽しそうに、目をキラキラと輝かせながらシグルーンに挑みかかっていく。

 シグルーンも、口では厳しいことを言いながら、その口元には確かな笑みが浮かんでいた。

 あれは訓練というより、じゃれ合いに近い。

 だが、その内容は、元Aランクの俺が見ても高度なものだった。


 ミーシャの長所を的確に見抜き、それを遊びの中で、楽しみながら伸ばしていく。


 シグルーンは、間違いなく『最強の家庭教師』だった。

 俺なんかが、足元にも及ばない。


 その事実に、俺は嬉しさと、安堵と……そして、ほんの少しの、父親としての焦りのようなものを感じていた。

 このまま、このウィッカーデイルの片隅で、俺が教えられることだけで、この子たちの才能の芽を摘んでしまっていいんだろうか。

 そんな漠然とした不安が、胸の奥に渦巻いていた。


◇◇◇


 その夜。

 俺が一人、暖炉の火を見つめながら物思いに耽っていると、背後から静かに声をかけられた。


「ダンスタン」


 振り返ると、シグルーンが立っていた。

 娘たちはもう、それぞれのベッドで穏やかな寝息を立てている。


「少し、付き合え。散歩に行くぞ」


 有無を言わさぬ、いつもの調子だった。

 俺は黙って頷くと、上着を羽織って彼女の後に続いた。


 ひんやりとした夜気が、火照った顔に心地いい。

 空には三日月が浮かんでいた。

 俺たちは言葉もなく、月明かりが照らす小道を、ただ並んで歩く。


 しばらくして、シグルーンがふと、立ち止まった。


「ダンスタン。お前に、言っておかねばならんことがある」


 いつになく、真剣な声だった。


 俺が黙って続きを促すと、彼女はまっすぐに俺の目を見て言った。


「勘違いするな。私がギルドを辞めたのは、お前たちのせいではない」


「……なに?」


「元々、辞めるつもりだったんだ。もういい歳だしな。いつまでも私が支部長席に居座っていては、下の者が育たん。信頼できる後輩に譲って……一人で気ままに旅にでも出ようかと、そう考えていた」


 初耳だった。

 驚いて言葉も出ない俺に、彼女はふいっと視線を逸らし、気まずそうに言葉を続ける。


「……今まで黙っていて、すまなかった。お前が、責任を感じているのは分かっていた。だが……」


 彼女は、何かを振り払うように、一度だけかぶりを振った。

 そして、ぽつり、と。

 独り言のような、か細い声で呟いた。


「この生活が……想像していたよりもずっと……騒がしくて、手がかかって、そして……楽しかったんだ。だから、言い出すきっかけを失っていた」


 その声は、不器用で、ぶっきらぼうで。

 だけど、そこには一点の曇りもない、彼女の真実の心が込められているのが分かった。


 俺の心の中にずっとあった、重たい鉛の塊。

 俺が彼女の人生を狂わせたんじゃないか、という罪悪感。

 それが、月明かりの下で、静かに、完全に溶けていくのを感じた。


「あんたが来てくれて、助かってる」


 俺たちは、もうただの同居人じゃない。

 対等な立場で、あの子たちの未来を想う『共同保護者』なんだ。

 そう、確信できた。


◇◇◇


 ふっと、シグルーンが立ち止まり、俺の方に向き直る。

 その真剣な眼差しに、俺はゴクリと喉を鳴らした。


「だからこそ、だ」


 彼女の瞳が、月光を宿して強く輝く。


「この子たちの才能を、この村で終わらせてはいけない」


 俺が昼間に感じていた、漠然とした不安。

 それを、彼女はとっくに見抜いていた。


「私は、あの子たちの力を正しく導き、守る方法を探したい。特にクータルだ。あの子の力は、もはや祝福とも呪いともつかん。制御できなければ、いつか自分自身を焼き尽くしかねん」


 その言葉は、俺の胸に突き刺さった。

 あの夜の、黄金の竜の姿。

 悲しげに涙を流していた、娘の顔が脳裏をよぎる。


「……どうしろって言うんだ」


「王都へ行くのはどうだろうか」


 王都。

 その言葉に、俺は言葉を返せなかった。


「王都には、シルヴァンテ王国最高の叡智が集まる『王立ヴァルヘイム魔法学園』がある。私の出身校でもある。あそこならば、クータルの力の正体を知る手掛かりが掴めるやもしれん。ピヒラの知的好奇心を満たす、膨大な書庫もあるだろう。ミーシャにとっても、様々な種族が集う王都は良い刺激になるはずだ」


「王都、か……」


 現実味のない響きだった。

 俺のような、辺境暮らしのおっさんには縁のない世界だ。


「だが、いきなり生活の拠点を移すのは、あの子たちにとっても負担が大きい。……だから、提案がある」


 彼女は、そこで言葉を区切ると、悪戯っぽく、ふっと口元を緩めた。

 それは、俺が今まで見た彼女のどの表情よりも、魅力的で、引き込まれるものだった。


「王立魔法学園にはな、『三ヶ月の短期聴講制度』というものがあるんだ。貴族の子弟が長期休暇中に見聞を広めるためのものだが……まあ、コネを使えば、平民でも潜り込ませることはできる」


「三ヶ月……」


「そうだ。三ヶ月だけ、お試しで王都で暮らしてみる。もし駄目なら、途中でやめて、またこのウィッカーデイルに帰ってくればいい。どうだ? 悪くない話だろう?」


 なるほど。

 これなら、この愛しい我が家がなくなる心配もない。


 俺が唯一、戸惑っていたのは、俺自身の立場だ。

 俺が王都に行って、何ができる?


 そんな俺の心を見透かしたように、シグルーンはとどめの一言を放った。


「もちろん、お前も一緒に行くんだぞ、ダンスタン。あの子たちには父親が必要だ」


 彼女は自信満々に胸を張る。


「お前の席も、私のコネで用意できる。『王立魔法学園・特別顧問』だ。元Aランク冒険者の経験と知識は、机上の空論ばかりの教師よりも、子どもたちへの良い手本となるだろう」


「……特別、顧問?」


「どうだ? 私の母校で、『特別顧問』をやってみる気はないか?」


 どこまで、お見通しなんだ、この女は。

 俺の不安も、ためらいも、全て先回りして、解決策まで用意してやがる。


 この片田舎で、のんびりと暮らすのも悪くない。

 結局、人間のストレスの大半は人間関係に起因している。


 ……だが、この田舎での生活は、あの子たちの可能性を摘み取る檻になっていやしないか?

 あのキラキラした瞳が、もっと広い世界を知ったら、どれほど輝くんだろう。


 俺は、天に浮かぶ三日月を見上げた。

 父親として、俺がしてやれる一番正しいことって、一体なんなんだ……?

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