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仲間を全員失った元英雄のおっさん(42)、辺境で子育てを始めたら娘たちが最強すぎてスローライフが崩壊する件  作者: 河東むく


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第21話 俺が、一生面倒を見る

 ブルーム男爵との一件から、数週間が過ぎた。

 俺の右肩を貫いた闇の槍による傷は、ピヒラが植えてくれた『レクナール草』のおかげで、我ながら引くくらいあっという間に完治した。

 まったく、うちの娘たちの力は、良い方向に規格外すぎて末恐ろしいぜ。


 失脚した男爵の悪事が次々と明るみに出たことで、ウィッカーデイルには本当の意味での平穏が訪れ、俺たちの家は――。


「ぱぱー! みてみて、ピヒラが作ったにんじんさん、おうまさんの形してるー!」


「こ、こらクータル!」とピヒラ。「それはシチューにするの……あっ、ミーシャ! つまみ食いはだめ!」


「にゃっふん! これは味見という名の、チーフ・ガーディアンによる毒味でありますにゃ!」


 今日も今日とて、台所から賑やかな声が聞こえてくる。


 かつて、静寂と孤独だけが満ちていたこの家は、今や娘たちの笑い声で溢れかえっていた。

 この、騒がしくて、手がかかって、どうしようもなく温かい毎日。

 これが、俺の宝物だ。


「よし、お前ら! 今日は街に買い出しに行くぞ! 帰りにギュンターの店で美味いパイでも食って帰るか!」

「「「わーい!!」」」


 俺の言葉に、三人の娘たちが満面の笑みで飛びついてくる。

 俺はそんな娘たちに揉みくちゃにされながら、柄にもなく、幸せを噛みしめていた。


◇◇◇


 四人で街を歩く。

 市場ですれ違う人々が、今では娘たちに笑顔で手を振ってくれるようになった。

 暴走馬車の一件以来、俺たちはすっかり街の人気者だ。

 まあ、目立つのは本意じゃねえが、娘たちが嬉しそうにしているなら、それも悪くねえか。


 一通り買い物を済ませ、俺たちは冒険者ギルドの前を通りかかった。

 シグルーンの奴、最近は忙しいのか、あまり顔を見せに来ないな。

 娘たちも会いたがってるし、今度こっちから顔でも出してやるか。


 なんてことを考えていた、まさにその時だった。


「……ん?」


 ギルドの正面入り口の前に、いつもとは違う服装の女性がいた。


 旅人が着るような、丈夫そうなシャツとパンツスタイル。

 いつもきつく結い上げられていた亜麻色の髪は、今はさらりと下ろされている。

 そして何より、その足元には、巨大なトランクがひとつ。


 呆然と立ち尽くす俺の隣で、クータルがぱあっと顔を輝かせる。


「あ! きれいなおねーちゃんだ!」


 間違いない。

 シグルーンだ。

 だが、その姿は、どう見たって、途方に暮れているようにしか見えなかった。

 俺の胸に、ずしり、と鉛のような嫌な予感が広がっていく。


◇◇◇


「シグルーン、その荷物はどうしたんだ」


 俺の声に、シグルーンはびくりと肩を震わせ、ゆっくりとこちらを振り返る。

 その顔は……いつも通りのように見えた。

 あるいは、そう見せているだけか。


「……ダンスタン、か」


「どうしたんだよ、その格好。それに、そのトランクは……。まさか……」


 嫌な想像が、頭の中で最悪の形を結んでいく。

 ブルーム男爵との一件。


 俺は、彼女の忠告を無視して、結果的にギルドを巻き込む大騒動を引き起こした。

 貴族を敵に回したギルド支部長。

 その責任は、決して軽いものじゃないはずだ。


「まさか、男爵との一件で、ギルドを辞めさせられたのか……? 俺たちの、せいで……」


 俺の言葉に、シグルーンは一瞬、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。


「自分から辞めたんだ。責任のある立場の人間が、責任を取るのは当然だ」


 その、あまりにも潔い一言。

 彼女は、俺たちを責めるでもなく、ただ自らの運命を受け入れたかのように、静かにそう言ったんだ。

 その誇り高い態度が、逆に俺の胸を締め付けた。


 なんてこった……。

 やっぱり、そうだったのか。


 俺のせいで。

 俺が、この街で一番頼りになる、気高くて、強くて、優しい女の人生を、めちゃくちゃにしちまったんだ。


 彼女は、これからどうするんだ?

 シグルーンは、日夜を問わずギルドの支部長室で過ごしていた。

 この大荷物を抱えて、一人でどこへ行こうとしてるんだ?

 行く当てなんて、あるわけが……。


 責任を取る。

 そうだ、俺が、責任を取らなきゃならねえ。

 父親として、一人の男として。

 この人を、このまま見捨てるわけにはいかねえだろうが。


 俺は、腹を括った。

 ごくり、と喉を鳴らし、覚悟を決めて、一歩前に出る。


「シグルーン」


「……なんだ」


「もう、あんたを一人にはしておけねえ。俺が、一生面倒を見る」


 俺の、不器用な、だが偽らざる本心だった。


「……は?」


 シグルーンが、素っ頓狂な声を上げた。

 俺は構わず、言葉を続ける。


「だから、うちに来い」


◇◇◇


「…………へ?」


 俺の、あまりにも真っ直ぐすぎる言葉。

 それを聞いたシグルーンは、完全に思考が停止したという顔で、ぽかんと口を開けていた。

 さっきまでの計算高い表情はどこへやら、その頬が、みるみるうちに真っ赤に染まっていく。


「な、ななな、何を、いきなり、ば、馬鹿なことを言っている貴様は!? い、い、一生面倒を見る、だと!? そ、それは、つまり……その……」


 狼狽し、しどろもどろになっている。

 いつも怜悧な彼女からは、想像もつかない姿だ。


「ん? なんでそんなに焦ってるんだ? 俺たちのせいで住むところがなくなったんだ。住む場所と食い扶持の面倒を見るってのは、当然の話だ」


 俺が言うと、シグルーンの動きがぴたり、と止まった。

 真っ赤だった頬の色が、今度は別の意味で、怒りの色に再点火する。


 彼女は、ずん、と俺の目の前に一歩踏み込むと、俺の胸倉を掴まんばかりの勢いで、ビシッと指を突きつけてきた。


「紛らわしいことを言うな、この朴念仁ぼくねんじんがァッ!」


「へっ?」


「い、一生面倒を見る、などと……! そんな、い、いかにも意味ありげな言い方をして! 人をとんでもない勘違いさせおって……!」


 鬼の形相でまくしたてるシグルーン。


 その剣幕に、俺は完全にたじろぐ。


 勘違い?

 なんのことだ……?

 俺は何か変なことでも言ったか?


 俺が本気で訳が分からず混乱していると、ぷんすかと怒るシグルーンの服の裾を、小さな手が、きゅ、と引いた。


「おねーちゃん、おこってる?」


 声の主は、クータルだった。

 見上げれば、俺たちの間の険悪な(?)空気をものともせず、純粋な瞳で、不思議そうに小首をかしげている。

 その、あまりにも無垢な一言に、シグルーンの怒りの炎が鎮火していくのが見えた。


「……っ、いや、怒ってなど、いない」


 ふいっとそっぽを向き、咳払いをするシグルーン。

 その耳まで真っ赤だ。


 クータルはそんな彼女の様子は気にせず、続ける。


「おうち、ないの? じゃあ、わたしたちのおうちにおいでよ! いっしょにあそぼ!」


 太陽みたいな、純度百パーセントの笑顔。

 その、あまりにも無垢な誘いに、ピヒラとミーシャも続く。


「そ、そうです! シグルーンさん、うちへ! 私のつくったシチュー、食べて見てください!」

「今夜はとっておきのお肉だにゃ! みんなで食べると、もっとおいしいにゃ!」


 娘たちの、何の裏もない、ただただ純粋な善意。

 それは、どんな理屈よりも、どんな大人の駆け引きよりも、強く、人の心を動かす。


 シグルーンは、自分を取り囲む三人の小さな顔を、順番に見つめた。

 やがて、観念したように、ふぅ、と息を吐く。

 その表情は、もう怒ってもいなければ、照れてもいない。

 ただ、どうしようもなく愛おしいものを見る、優しい顔だった。


「……分かった。では、お言葉に甘えさせてもらおうか」


 こうして、俺たちの家に、新しい同居人が加わることが、あっさりと決まった。

 娘たちは、もちろん大喜びだ。

 シグルーンの手を引き、俺の荷車に彼女のトランクを乗せ、俺たちは四人……いや、五人で、賑やかに家路についた。


◇◇◇


 その夜。

 ピヒラが腕によりをかけて作ったシチューを、五人で囲む。

 シグルーンは、娘たちに囲まれて少し戸惑いながらも、本当に嬉しそうに、その温かい料理を味わっていた。


 食後、俺が客間として使っていた部屋を、シグルーンのために片付ける。

 彼女が巨大なトランクから荷物を解き始めた時、俺は娘たちに風呂の準備をさせて、一人で暖炉の前に座っていた。


 これから、どうなるんだろうな。

 そんなことを考えていると、背後から、ひそひそと声が聞こえてくる。


「しぐるーん、なにしてるのー?」

「物置がきれいになってる……」

「ベッド、ふかふかだにゃ……」


 いつの間にか、娘たちが三人揃って、シグルーンの部屋の入り口から、興味津々に中を覗き込んでいやがった。


 俺が「こら、お前ら」と声をかけようとした、その時だった。


「ふん……。思ったより埃っぽくないな。まあ、及第点だ」


 聞こえてきたのは、新しい同居人の、素直じゃない憎まれ口。

 だが、その声は、どこか楽しそうで、弾んでいるように聞こえた。


 覗き込む娘たち。

 それを受け入れる、元ギルド長。


 俺は、ガシガシと頭を掻いた。

 また一人、厄介で、手のかかる……それでいて、かけがえのない【家族】が増えちまった。


 これから始まる、騒がしくて、温かい、奇妙な共同生活。

 まあ、悪くねえ。

 悪くねえどころか、最高かもしれねえな。


 俺は、暖炉の炎を見つめながら、一人、静かに笑った。

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