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第10話 俺たちの城

「よし、お前ら!」


 俺は、三人の娘たちを前に、腕を組んで仁王立ちした。


「まずは、この家を住めるようにするぞ! 俺たちの城に、作り変えるんだ!」


 俺の言葉に、ピヒラとミーシャは顔を見合わせ、そして、ほんの少しだけ、はにかむように笑った。

 それは、この家に来てから見せた、初めての心からの笑顔だった。


「おー!」


 クータルが、元気いっぱいに小さな拳を空に突き上げる。


 俺の号令一下、『俺たちの城』大作戦が始まった。


 まずは設計図だ。

 といっても、そこらへんにあった紙の切れ端に、俺が適当に殴り書きした、ただの落書きだが。


「ピヒラ、お前はこっちだ。床下の木の根を操って、ひび割れたところを補強してくれねえか。あと、柱も何本か生やせねえか?」


 俺が指さす先には、昨日の激戦で砕け散った床板が口を開けている。


 ピヒラは、おずおずとといった様子で頷くと、両手をゆっくりと床にかざした。

 すると、どうだ。

 ミシミシと、まるで生きているかのように、床下の木の根がうごめき始める。

 ひび割れた床板の下に潜り込み、まるで筋肉のように隆起して、補強していく。

 さらに、ニョキニョキと、俺の指示した場所に新たな木の柱まで生えてきやがった。


 すげえな、おい。


「ミーシャ、お前は身軽だからな。屋根に登って、雨漏りしてる場所を特定してくれ。そこを重点的に直すぞ」


「にゃ! わかった!」


 ミーシャは元気よく返事をすると、壁を駆け上がり、梁を伝って、あっという間に屋根裏に到達した。

 ……身軽すぎるだろ、お前。


「クータル、お前は『ぴかぴーか!』って、壁の焦げ跡とか汚れを綺麗にしてくれ。できるか?」


「おー! ぴかぴーか!」


 クータルが元気いっぱいに両手を広げると、光の粒子がふわふわと舞い上がり、壁の黒い焦げ跡や、油で汚れた床を、まるで魔法みたいに浄化していく。

 みるみるうちに、壁の色が明るくなっていくじゃねえか。


 いや、これ、本当に魔法だろ……。


 俺は極々普通の人間なので、工具を使って少しずつ直していく。


 四人で汗を流し、時には笑い合いながら、作業を進める。


 めちゃくちゃだった家が、以前よりも頑丈で、温かみのある、少し不思議な家に生まれ変わっていく。


 俺は、その光景を眺めながら、柄にもなく胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。


◇◇◇


 作業の合間の昼食は、俺特製の『男の満腹ごはん』だ。


 でっかい鍋いっぱいに作った、豪快な肉シチュー。

 市場で仕入れてきたばかりの、新鮮な肉と野菜をたっぷり入れた、俺の自信作だ。


 四人でテーブルを囲み、夢中でシチューを頬張る。


「んっ! ぱぱのしちゅー、んまい!」


 クータルが、口の周りをシチューだらけにしながら、嬉しそうに叫ぶ。

 お前は本当に分かりやすいな。


 ピヒラも、無言でシチューをかき込んでいるが、その表情は心なしか緩んでいるように見える。


「……おいしい」とミーシャが、初めてはっきりと感想を言ってくれた。


 俺は笑いながら、娘たちの空になった器にシチューを注いでやる。

 娘たちが美味しそうに飯を食う姿を見るってのは、こんなにも胸が満たされるもんなのか。


 かつて、仲間と食卓を囲んだ日々が、まるで昨日のことのように思い出された。


 仲間を失ってからは、飯を食うのも、ただ生きるための手段だった。


 だが、今は違う。

 この子たちを満腹にしてやることが、俺の生きがいだ。


 こんな生活が、ずっと続けばいいと、心から願ってしまう。


◇◇◇


 家の修復が一段落した日の夕方。


 俺は、娘たちと暖炉を囲んで、新しい家具の配置についてああでもないこうでもないと話していた。

 ピヒラが、木の根を器用に操って、暖炉の横に小さな棚を作り出したりなんかしてな。


 その時だった。


 トントン。


 控えめなノックの音が、家の扉を叩いた。


 こんな時間に、誰だ?


 俺が扉を開けると、そこに立っていたのは、ギルドの使いの少年だった。


「あの、ダンスタンさんのお宅ですか? ギルド支部長のシグルーン様からのお届け物です」


 少年が差し出したのは、硬い羊皮紙でできた、一通の手紙だった。

 紋章入りの封蝋が、やけに重々しく見えた。


 嫌な予感。


 手紙を受け取ると、少年は一礼してすぐに去っていった。


 俺はゆっくりと封蝋を破り、中身に目を通す。


『ダンスタン殿。明日の昼、ギルド支部長室まで出頭されたし。シグルーン』


 それは、否定の余地のない、命令書だった。


 俺が黙り込んでいると、ピヒラとミーシャが、不安そうに俺の顔を見上げてきた。


「……どうしたの、パパ?」


 クータルが、心配そうに俺の袖を引っ張る。


「大丈夫だ。ちょっと話をしに行くだけだ」


 俺は、娘たちを安心させるように、努めて明るく笑ってみせた。

 だが、内心では、冷たい汗が背中を伝っていた。

 あのシグルーンが、わざわざ呼び出しをかけてくるなんて、ただ事じゃないだろう。


◇◇◇


 翌日。


 俺は一人でギルドの支部長室を訪れた。

 ギルドの中はいつも通りの騒がしさだ。

 俺の心臓も大きく鳴っていた。

 どうやら緊張しているらしい。


 ギルドの二階にある支部長室の扉をノックする。


「入れ」


 静かで、芯のある声が聞こえてくる。


 重い扉を開けると、そこはギルドの喧騒が嘘のような、静謐な空間だった。

 大きな机の向こうで、シグルーンが一人、静かに茶をすすっていた。

 俺が入ってきても、顔を上げることもなく、ただそこに座っている。

 その無言の圧が、妙に居心地が悪かった。


「……何の用だ、支部長殿」


 俺がそう言うと、シグルーンはゆっくりと顔を上げた。

 その怜悧な顔立ちに、一切の感情は浮かんでいない。

 だが、その瞳だけが、獲物を見定める猛禽のように、鋭い光を宿していた。


「単刀直入に聞こう。奴隷商の一件だが……お前がやった、と見て間違いないな?」


 俺は答えない。

 答える必要もねえ。


 シグルーンは、フッと小さく息を吐いた。


「別に、罪に問うつもりはない。むしろ、礼を言うべきだろう。奴隷商はギルドとしても厄介だったからな」


 そこまで言って、シグルーンはカップを机に置いた。


「だが、お前の動きは、ただのCランク冒険者にしては、あまりにも手際が良すぎる。その無駄のない体捌き、危機的状況での冷静な判断力……そして、その気配の殺し方」


 シグルーンの言葉が、ゆっくりと、だが確実に俺の心の奥底に踏み込んでくる。


「かつてシルヴァンテ王国を震撼させたAランクパーティにいた男に、よく似ている」


 俺は黙って彼女を見返す。


 シグルーンは俺の表情を探るように、じっと俺の目を見つめていた。

 そして、静かに、だがはっきりと、その名を口にした。


「――『太陽の(ソル・ランツェ)』。お前は、あのパーティの生き残りだな?」


 その言葉を聞いた瞬間、俺の視界から色が消えた。

 耳の奥で、仲間たちの最期の叫び声が木霊した。

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