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真心の歩幅

【前話までのあらすじ】


盲目の少女の名は真心まこ。彼女も13年前の生態AI被験者であり、彼女こそが適合者に違いないと月人は感じた。彼女に衣服を洗う時、シャツのポケットから茨城県牛久にあるコンビニのレシートを見つけた。シャワーを浴び終え、身を整えた真心に、「ここに来た理由」を質問した。真心は言った。自分の中にいるもう一人の彼女が月人を分析しようとしていると..

◇◇◇

 「真心、君は牛久に住んでいるんだろう?」


 「な、何で知ってるの?」


 「あ、ああ、さっき洗濯するときに、コンビニのレシートがシャツのポケットにね」


 「 ..」


 「あのさ.. 俺、送っていこうか?」


 彼女は黙って首を横に振った。

 

 「迷惑..ですよね。 服が乾き次第、ここから出ていきます」


 「いや.. そんなことは..」


 彼女の服の汚れから、彼女が野宿してきたことは容易に想像できた。盲目の彼女は、もしかしたら茨城からここまで歩いてきたのかもしれない。もしもそうならば、梅雨の季節、ここまでいったい何日間かかったのであろうか..


 そんな16歳の少女をほっぽりだすほど、俺は冷徹には成れない。


 しかしだ..  様々な監視があるこの部屋に住まわせるのはまずい。 仮に彼女が生態AIの適合者であるのなら、彼女と繋がりを持った俺へのリスクもあまりにも大きい。


 俺が「家まで送る」と言ったためか、真心はすっかり口数が減ってしまった。


 落ち着きを醸し出そうと、部屋に流れるSlow Jazzが、浮足立っていた。


 静寂の中、突然、洗面ルームの乾燥機の終了アラームが鳴った。


 この空間から抜け出す口実には十分だった。


 乾燥器から取り出す温かい服は、洗濯後の綺麗な匂いだけはしていたが、野宿生活で染み付いた汚れは、色濃く残っていた。


 「真心、君さえよければ、服を買いに行かないか」


 「え?」


 「あのさ、ちょっと汚れがあまり取れないみたいなんだ。なっ、服を買いに行こうよ!」


 だんまりを決め込んでいた彼女は16歳らしい明るい表情で、首を大きく縦に振った。


 彼女は取りあえず洗濯した服に着替え、ポシェットを肩にかけると、流行る気持ちを抑えられず、部屋の出口に落ち着きなく立っていた。


 「真心、服を買ったあと、君をそのまま近くのホテルまで連れていく。君が帰りたくないというのなら、そこで何日でも泊っていいよ。君の好きなだけいればいい」


 「でも.. 私、お金が..」


 「君が秘密を持つように、俺にもちょっとした秘密があるんだ。だから、今はお金のことは気にすることはないよ」


 俺にとってはお金のやりとりなど一つの手続きでしかない。


 なにせ巨額でない限り、使った分だけ、また俺の口座に振り込まれるのだ。


 ―まぁ、後で省庁の奴らからあれこれと質問されるだろうが、いつものように適当に答えればいいさ。


 どうせ あいつらは俺にストレスを与えることを禁止されているのだから..


 ・・・・・・

 ・・


 駅前商店街の道、真心は俺のシャツの左側をつまみながら、慎重に一歩一歩足を前に出す。


 時々、俺の歩幅にあわず、ゆっくり歩く俺の踵に足が当たると「ごめん」と小声で言った。


 俺は段差があれば一歩前で止まり、彼女をエスコートし、自転車が近づけば彼女を引き寄せた。


 普通に歩けば、ほんの8分ほどで辿り着くショッピングビル『Frente』にも、20分もの時間がかかってしまった。


 だけれど、そんなゆっくり歩く景色も悪くない。


 彼女と歩幅をあわせることが、なぜか心地よかった。


 服屋に着くと、店員に事情を説明し、彼女の年齢にあう服売り場に向かった。


 親切な店員は「手伝いましょうか?」と声をかけてくれたが、真心は首を横に振った。


 気を使った店員はその場から離れていった。


 いったい、盲目の彼女がどのような服を選ぶのかわからなかった。しかし、彼女の手はまるで高性能なセンサーのように服の形を察知していた。


 ただ、色だけは俺に聞いてきた。どのように色を伝えたらいいのか迷ったが、真心は不器用に説明しようとする俺を楽しんでいるようだった。


 試着ルームで着替えると、お約束のように聞いてきた。


 「ねぇ、どうかな?」


 俺はファッションには無頓着だが、Vネックのそのブラウスはとても上品で、淡い水色のカラーが彼女によく似合っていることだけは、よくわかった。


 「まぁ、別にいいんじゃない?」


 彼女は何が気に入らないのか、少しむくれた顔をしながら、カーテンの中へ引っ込んだ。


 この日、彼女は服のほかキャスケットと靴を購入した。


 ここにいるのは、どこにでもいる16歳の女の子だった。


 彼女は「ありがとう」とお礼を言うと、新しい靴を嬉しそうに踵を鳴らすように歩いた。



 ショッピングビルから外に出ると時間が経ったことに気が付いた。


 いつもは灰色にしか見えないアスファルト。そこに茜色の夕日が影を落としていた。


 その影は寄り添い歩く恋人のように見えた。


 彼女の荷物を片手に持ち、『ホテル葉桜』まで歩いていく。


 「もう少しで着くよ」と伝えると、彼女の歩幅が急に小さくなり、俺のシャツを引っ張るように感じた。


 ―楽しい時間は決まって経つのが早い..


 ホテルのフロントで受付を済ませると「もうここで大丈夫」と彼女は静かに言った。


 結局、俺は彼女を遠ざけただけだったのかもしれない。


 彼女が来た理由もはっきりしなければ、家に帰りたがらない理由も不明のままだ


 ホテルにはひと月くらい滞在するには十分の現金を支払った。


 好きなだけいればいい。


 そして、もうこのまま会わなければ、お互い今まで通りの生活に戻ることが出来る。


 ホテルの出口で彼女は俺がどこにいるかもわからぬまま、手を振っていた。


 ― もう..俺には関係ない


 そう心でつぶやき背中を向けた。


 しかし、心に残るこの気持ちはなんなのだろうか。


 その気持ちがもう一度、彼女を見るようにと、俺を振り返らせた。


 そこに居たのは、もうひとりの『彼女』のほうだった。


 青白い炎のような瞳で俺を見ていた。


 その目で俺を一瞥いちべつすると、足早にホテルの中へ姿を消した。


**

 『もしもし、中尾さん? ちょっと恋の相談に乗ってくれませんか?』


 俺は中尾さんに話を聞くことにした。


 あの青白い瞳が俺に、そう決心させたのだ。


 もう一度聞いて、確かめる必要がある。


 13年前のあの時に起きた話を.. 俺が耳をふさぎ聞こうとしなかったことも含めて。

◇◇◇

 次回

 1章 夢の中の声

 『ep08 生態AIの目的とは』

 

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