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その目は分析する

【前話までのあらすじ】


月人は盲目の少女の身なりを整えるために、自宅へ招き入れた。それは10代の少女にとっては残酷なほど汚れていたからだ。シャワーを浴び、髪をとかした彼女は16歳の煌びやかな輝きを取り戻した。魅力的な彼女の笑顔に動揺する月人であった。

◇◇◇


 彼女をソファーに座らせると、俺は息を静かに、そして深く吸い込んだ後、ストレートに質問をした。


 正直、目の前にいる真心という少女を知るのが怖かった。彼女の瞼の奥にある青白い瞳が俺自身を見透かしているようでならなかったからだ。


 彼女を知るということは、知らなくてもいい自分自身の何かを暴かれる気がしたのだ。


 しかし、それでも彼女が現れた理由はきっと兆しなのかもしれない。俺の抜け落ちてしまった想いを拾い上げる何かが、その先にあるのかもしれない。


 そんな根拠のない期待が、俺を突き動かすのだ。


 「真心、君はなぜ俺の見たものがわかるんだ?」


 「わからない。私が願っているのか、あなたが願っているのか」


 何とも漠然とした答えが返ってきた。


 「あのさ.. その.. 俺の見たもの全てが見えてるの?」


 これは俺としてはクリアしなければならない非常にセンシティブな問題だ。


 見える理由はどうであれ、彼女が見えるという事実は.. つまり、俺の身体的な..アレや21歳男性の個人的な趣味趣向の全てを見てしまったということなのだろうか?


 これはあってはならないことだ!


 青年のプライベートを余すことなく見られるというのは、由々しき事態だ。


 ―頼む! NOと言ってくれ


 「あの.. 時々しか見えないんです。よくわからないけど、私が見てみたいと望む風景、花や緑、空や太陽、水のきらめきとか、そういうのが時々見えるんです。あと.. 月人さん、の感情も影響しているのかも.. 例えば、この間は子供の笑顔が見えました。その時、その映像を通して温かい気持ちになったの」


 ―それもまた違った意味で恥ずかしいものだ。


 「み、見えるのはわかった。じゃあ、どうして話しかけることができるんだ?」


 「たぶん、それは私じゃない。」


 「『私じゃない』? それって、どういうこと?」


 「それは月人さんが、私の声を聞きに来たんだと思う」


 「俺が? そんな馬鹿な!」


 「たぶん、月人さんが他の人の心を知りたがっているんだと思う」


 「ははは。俺が? 無いな。人の心なんか、だいたいが同じようなもんじゃないか。どいつもこいつも損得勘定で動くような奴らばかりだろ。どんなに仲良さそうな奴だって、どんなに愛を誓っていようがな」


 「無理に意地を張らなくてもいい」


 突然、感情の抜け落ちた平坦な声が聞こえた。


 目の前には、俺を見つめる青白い瞳があった。


 抵抗しなければ、このまま青白い炎に俺の心が真っ白な灰にされてしまいそうな気がした。


 「い、意地になんかなってない! 知ったようなことを言うなよ!!」


 大きな声をあげると、次の瞬間には「ごめんなさい」と真心が涙を流していた。


 「また.. でも止めようがないの」


 真心が泣く姿に居たたまれなくなってしまった。


 俺が大きな声を出してしまったのは、イラつきではなかった。


 出てきた謎の『彼女』への怯えからだった。


 俺は、ほぼ察しがついた。


 彼女は『本物』のほうだ。


 13年前に『死んだ』と言われていたのに、生きていた..


 だが、そうなると彼女が俺と居るのはよくない。


 俺と居れば見張り役の中尾さんや省庁の特別チームに気づかれるのは時間の問題だ。


 『抑えることが出来ないの.. ごめんなさい、ごめんなさい———』


 瞼を閉じた彼女は俺へというよりも、独り言のようにつぶやいている。


 「真心.. 真心っ!」


 強く呼びかけるとようやく彼女は濡れた頬を俺に向けた。


 「俺は.. 大丈夫だよ」


 頬を伝わる涙をぬぐった指が濡れると、なぜだか涙をリアルなものとして感じる自分がいた。


 最後にひとつだけ彼女に聞いておきたいことがあった。


 「君はどうしてここに来たんだ?」


 落ち着きを取り戻した彼女は弱弱しい声で言った。


 「私はまだいろいろ見たい。でも瞼を開くのはイヤ。開けば、きっと『彼女』も目覚める。そしてカチカチと分析を始めるの。 違う! 私が見たいのはそんな数値じゃない。私はただ そこにある草や花、空を見たいだけなのに」


 ―『彼女』か.. さっきの奴だ。


 俺は『彼女』を以前にも見ていた。


 緑道の縁石に立つ真心の瞳が開いた時、または街で俺を見つめた青白い瞳。


 あれが『彼女』だ。


 「月人さん、彼女はあなたの事も分析しようとしている」


 真心は続けて言う。


 「『彼女』の目は私の目だけじゃない。たくさんの目でどこからでも見ることが出来る。そして分析を続けるの。その生物がどのように生き、どうすれば死ぬのかを。私は耐えられない。私はそんなの拒否する!」


 真心は少々興奮気味になり言葉の選択がおかしくなり始めていた。


 「まぁ、少し落ち着こう。コーヒーでも淹れるよ」


 俺はキッチンに向かいながら考えた。


 ―たぶん『彼女』とは、生態AIなのだ。


 真心の『拒否』とは俺が『思わない』ようにしているのと同じだ。


 俺の中の『奴』が時々悪さをするように、真心の中の『彼女』は瞼を開くと出てくるのだろう。


 だとすると『彼女』はいったい何をしようとしているのだろうか?


 生物の生死を分析して何をしようというのだろうか?—



 ポットのお湯が沸きたった。


 うわの空で作ったコーヒーは、いつの間にかミルクと砂糖が多めの、俺好みのカフェオレになっていた。

◇◇◇

次回

1章 夢の中の声

『ep07 真心の歩幅』


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