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野に咲くコスモスは色あせない~青白く燃える瞳  作者: こんぎつね
7章 野に咲くコスモスは色あせない
56/59

欠落

【前話までのあらすじ】

 中尾さんが撃たれた。現れたのはE-LAI研究所のナンバー2鷲田博士だった。鷲田博士は斎木博士の失踪後、研究を引き継いだが、データ不足のために辛酸な思いをしてきた。その恨みを告げると、次に真心の視神経にある生態AIが目的だと語った。その独り語りを罵った月人に向けてスナイパーへの銃撃の合図を出そうとした。

◇◇◇

 鷲田は俺の顔を指さし、まさに今、スナイパーへ合図を送ろうとしている。


 「 ―..」


 しかし途中、腕を大きく開くと胸の真ん中で手を合わせ―パンと乾いた音を鳴らした。


 「 ..くっ」


 「グ..グ.... 月人、お前はもう黙って..いろ。そいつはまともじゃない」


 張り詰めた空気を破るように、中尾さんの忠告が耳に入った。


 中尾さんは撃たれた脚を庇いながら、こちらに向きを変えた。俺を見る中尾さんの額は汗まみれだった。


 「中尾君、痛みに耐性あるねぇ。さすが、さすが。じゃ、敬意を払って君の質問に答えてあげよう。 失職した私がなぜ未だに生態AIを追いかけているのか..だったね。 答えは簡単さ。『NeoYURI』プロジェクトの再開だよ。それによって私は復職したんだよ。やっぱりE-LAI研究室の創設メンバーである私の頭脳が必要なんだとさ」


 「ふん、鷲田、お前も凝りない奴だ。前のプロジェクトが頓挫した時に、消耗品のように捨てられたのを忘れたのか?」


 「ああ、そうさ。あの時、どれだけ惨めな思いをしたことか。だから最初は断ったさ。しかし、直々に頭を下げて頼んできたんだよ。今の都知事である福島陽子がな。生態AIの持つ組織再生技術で世界を手中に収める―それが福島都知事の野望だ。あの女は欲深い。そういう奴にはこちらも遠慮なく見返りを要求できる。それにたとえ切られても困ることない金は、前金として既にいただいているのさ」


 「なるほどな。斎木博士の研究データはくれてやる。お前は確かに天才のひとりだ。そのデータをもとに生態AIを作れるはずだ」


 「中尾君、ほめてくれたんだね。ありがとう。でもね、君はまだ私をわかっていないね。私はすでに斎木が作ったのと同じアメーバ式生態AIを完成させているんだ」


 「な、なら、もう俺と真心には用がないだろ! 斎木博士だって研究データだって必要ないはずだ」


 「月人君、君は生態AIによって、声がでるようになったのだろう? それでどう思った?」


 「は??」


 「世界が一変しただろう。快適になったはずだ、人生が!! まさに『人生を謳歌する!』ことができたはずだ!」


 「そんないいもんじゃないさ」


 「いいや、失ったものを取り戻すのは良いことだ。私の作った生態AIは、なぜかそれを理解しないのさ!」


 「何のことを言っているんだ?」


 「謳歌だ!!宿主が人生を謳歌することだ!」


 鷲田は怒りをあらわにし、怒気を強めて言った。しかし、次の瞬間には煮立った湯に氷を入れたように、冷静な口調に戻る。


 ―まったく不安定な奴だ。


  「生態AIが宿主を治すのは、宿主が死ねば自分も死んでしまうからだ。それは寄生生物の本能を模倣している。生態AIは宿主が長生きするためには病気だって怪我だって治してしまう。しかし、失ったものを再生する必要などない。長生きさせるだけでいいのだから。それが私の生態AIなのだ」


 「それで充分だろ」


 「はぁ? ..ははは ふざけるなよ、中尾君。それでは私が劣っているということになるだろうが。私の生態AIでは月人君の声を取り戻すことなどできない。だから斎木博士の最大成果が必要なのだ。それがその娘の視神経にある生態AIなのは知っている」


 「なんだかんだ言っているが、結局、斎木博士に頼っているんじゃねぇか。それで成功してもあんたが斎木博士よりも上になるなんてことないだろ」


 「いいや、あるね。月人君は知らないのだよ。この科学分野は発表こそが成果なのだよ。私がオリジナルを研究して完璧な生態AIを世界に発表すれば、それが私の評価となるのだ」


 「だから研究データを持っていけばいいだろうが!」


 「ああ、もちろんいただくよ。それがスパイをしていた矢上隊長との約束だからね。でもね、アメーバ式生態AIを完成させた私には、そんな研究データはもう必要ない。欲しいのはエッセンスだよ。『人生を謳歌する』という意味を知るオリジナルのエッセンスだ。斎木がポンコツになってしまっては、他に謎を解く方法はないからね」


 鷲田は罪を白状しながらも、自分自身に陶酔しているようだった。


 「そうか..おまえだな! 橋の下で斎木博士に捨て犬のような生活をさせていたのは!」


 「ああ、そうさ。斎木が悪いのさ。変に拷問に強いもんだから、直接、脳からデーターを取り出そうとしたのさ。そしたら、そんな風になってしまって..どこまでも役に立たない奴だ」


 「ひどいっ!」


 「ああ、ごめんごめん、真心ちゃん。そいつが悪いんだよ。でも、その役立たずは結果的には役に立ったんだ。斎木博士を探す君たちに出会わせてくれた。研究データを手に入れ、その上、真心ちゃんの視神経に宿るオリジナルを手に入れることができるのだからね」


 「どこまでも胸糞の悪い奴だ..」


 「ふふん。本当に口が悪いね、月人君。しかしまぁ、大鳳寺を見張っていたのは正解だった。いつの日か娘が現われるのではないかと睨んでいたんだ。あそこは特別な場所だからね。マリア様がいらっしゃる。私も何度もマリア様に会いに行ったよ。そう..マリア様は愛に満ち溢れた瞳をしていらっしゃる.. 真莉愛の瞳によく似ている。 ..そうだ、斎木は真莉愛の瞳すら私から奪ったのだ。真莉愛は私のことを愛していたに違いない。それを私から奪い去り、穢れのない真莉愛に子供を産ませやがった! 斎木は罰を受けたんだ。娘の失明も真莉愛の死も奴への罰だ」


「鷲田、もういい。お前の言い分はわかった。もう黙れ」


 中尾さんは真心に残酷すぎる言葉を遮った。


 「真心、気にするな、あいつが言うことは妄想だ」


 真心は斎木博士にしがみつき涙をこらえていた。


 「言い分はわかった? いいや何もわかっていないね。妄想? 妄想なんかじゃないね。現実だよ、月人君。浄化した真莉愛の脳データをアンドロイド用AIに組み入れることを提案したのは私なんだ。研究には彼女の柔軟な考え方が必要だと言ったら、斎木はすぐに承諾しやがった。『娘の目を治したい』ってな。そう、全てを冷静な判断で見通して来たのは私だけなのだ」


 鷲田は高笑いをしながら続けた。


 「だが、斎木は何かに気が付き失踪しやがった。真莉愛のAIを持ってだ! 許せない!また私から奪っていったんだ。だから私は何年もかけて必死で斎木を見つけ出した。そして脳から直接、真莉愛のAIの隠し場所の情報を取り出そうとした。 ..設備が整っていない研究室でちょっとだけ失敗しただけだったのに、斎木はポンコツになりやがった.. ちくしょう! こんなはずじゃなかったのに!! みんな斎木のせいだ! 失敗は斎木のせいだ! クソが! クソが! クソが! おさまらない.. 私の気がどうしてもおさまらない。そこで私は橋の下であいつを野良犬として飼うことにしたよ。「あぅ..あぅ..」ってな」


 「ひどいよっ!」


 「真心ちゃん、ごめんねぇ。でも悪いのは君のお父さんだからね」


 「黙れ、 鷲田。お前はクソ以下だ!」


 「また減点だね..  でもさ、ツキは向いて来た。月人君、君が黄泉の国から娘を連れ戻してくれた。私は知ってるんだ。その娘が奈良井宿でやってみせたことを。ボケたジジィから記憶を取り戻してみせただろ。その娘なら斎木の記憶を呼び戻せるはずだ。だから、君たちを斎木のいる川に導いたのだよ」


 「そうか.. E-LAI研究所の机に暗号を入れたのは..」


 「そうさ、私だよ。どうだい、素晴らしい『詩』だっただろ。やはり冷静に全てを見通しているのは私だ。これで研究データは組織に渡せるし、真心ちゃんの頭のオリジナルは手に入る。そして真莉愛の記憶が入ったAIも私のもとに帰ってくるんだ。やっと真莉愛と一緒になれるんだ」


 「そうか、鷲田、お前が本当に欲しいのは真莉愛さんなのだな」


 ―ふふ.. 


 一瞬、鷲田の笑みは今までの下品なものとは違い、どこか純粋で寂しさをただよわせる笑みにも見えた。


 「そんなのお母さんは望んでないわ」


 「悔しいのはわかるよ。でもね、全ては私次第なんだよ。残念だね。さて、もう真心ちゃんには用がないから、資材の脳みそだけもらっていこうかな」


 「ふざけんじゃねぇぞ!」


 「だから口が悪いって..月人君。 これで3回目の注意だよ。社会人たるもの同じ過ちを2回以上繰り返しちゃいけないよ。君にも罰が必要だ。そうだ、これこそが君への罰となるね」


 鷲田が高々と人差し指を天に向けた。俺にはこの後、指が何を指すのかわかっていた。


 「や、やめろ。なぁ、やめてくれ、そんなことしたらスナイパーが撃ってしまう.. やめてくれ」


 「なに、月人君? それは、お願い? ..だめだねぇ。そんな『お願い』は聞けないねぇ」


 鷲田は先ほどの純粋な笑みとは正反対の底意地悪い笑みを浮かべた。


 ―な、なんだ。いったいこれは何なんだ。現実じゃないよな..


 空気がゆっくり流れて見える。誰かがDVDの回転を手で押さえているのか..


 そして、奴の指が空気を貫き、真心に向けられていく。


 ―嘘だ。嘘だろ。


 俺に纏わりつく澱んだ空気は何なんだ。動けない。


 ―ダメだ.. やめてくれ.. お願いだ。


 やめて.. やめてくれよ。


 何でもいい。俺の大切な真心が.. 真心が撃たれちまうよ


 「やめるんだぁ!!!」


 俺の瞳が燃えるように熱くなった。


 その瞬間、地面に転がる鷲田のスマートフォンの電源が付くと、俺の視界が暗闇に吸い込まれていく。


 今.. 目の前に燐の炎のように青い惑星 地球 が見えた。


 そして瞳に経緯と緯度が映し出される。



◇◇◇

次回

 7章 野に咲くコスモスは色あせない

 『守る想い』


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