瓦解
【前話までのあらすじ】
牛久大仏のコスモス畑の地中に青と赤のクーラーボックスを見つけた。月人は青クーラーボックスの中にある斎木博士の日記を読んだ。そこには斎木博士の逃亡の日々、そして娘・真心への想いが綴られていた。その日記を読み終わると、中尾が『NeoYURI』プロジェクトの構想と斎木博士失踪後もそれが続いていたことを語った。その途中、突然、真心の中の燐炎が暴走し、警告を始めた。
◇◇◇
何かが風を切った。
その瞬間、中尾さんが倒れた。
「な!? 中尾さん!!」
「大丈夫だよ。そんなに慌てることはない。大丈夫なように命じたんだ。彼はプロだからね」
無造作に長くなった白髪交じりの髪を耳にかけ、やたら通りの良い声のその男は近づいて来た。
きっちりと仕立てられた高級感漂う紺色のスーツ、紳士を装うように胸に刺す黄色いハンカチ。清潔なスーツとは不釣り合いな草臥れた薄茶色の革靴。TVのコーディネーターに酷評されそうなチグハグなセンスは、その男そのものの存在を表現しているようだった。
「長かったなぁ.. 本当に長かった。クソったれが! ..いや、失敬。でもね、おかげで私の髪が、ほらこんなに白髪だらけになっちまいましたよ」
近づいて来たスーツ姿の男。
―どこかで見た事があった。
「おまえ! 誰だ?」
「赤根月人くん。とぼけちゃって。どうせ今、君の頭の中でチカチカと私の顔を探って、もうわかっているのだろう?」
「は、博士.. 鷲田博士か」
「はい、正解! 」
男は手を顔の横に振り上げ、どこかのクイズ番組の司会者のようなジェスチャーをした。
鷲田博士.. 真心の父親と母親、すなわち斎木博士と城戸博士とともに常に行動を共にしていた博士だ。
「わ、わ..しだ..」
中尾さんが肩を抑えて身を起こした。
「中尾さん! 大丈夫かよ!?」
「大丈夫だ。肩をかすめただけだ」
「肩!? 何があったんだ?」
「スナイパーだ。かなり腕のたつ奴だ。月人、まずは落ち着いて行動するんだ」
「落ち着けと言われても..」
俺は出血している中尾さんに近づこうとした。しかし中尾さんは手をかざして―動くなと鋭い眼光で語った。
「さすが、中尾君! 第一線にいたテロ対だね。その通り、彼の腕は一流だよ。それにしても中尾君、久しぶりだね。君とは10年ぶりかな。もっともあの時、君は下半身と背中がぐちゃぐちゃな瀕死状態で私が君の部屋に花を飾ってあげたことも知らないだろうね。まさに奇跡の復活ってやつだ。リハビリ、相当大変だったでしょ?」
男は大げさに同情する表情をして見せた。それがやけに俺をいらいらさせた。
「余計なお世話だ。 それよりも今さら何の用だ」
「おやおや、10年ぶりに友人が訪ねてきたのに、冷たいなぁ」
「は、はは.. 友人だ? スナイパーの銃弾は友人へのプレゼントか何かかよ?」
「ははははは! これは一本取られたな。座布団でも用意したいところだね」
鷲田博士は両手の平を胸の前にし、不自然なほど小刻みに震わせて笑った。その手のふり幅こそが奴の危うさを表しているようだった。
「お前.. いったい何しに来た!」
「何しに来たか.. 親の言いつけで買い物する子供にでも見えますか。 軽い感じで言わないでほしいね.. こっちはそれなりの用件があってきたんだ。なにせ、そのせいで私は12年と3カ月も煮え湯を飲ませれてきたんだからね.. クソったれ.. いや、すいません。ちょっと言葉が過激になってしまいましたね。失礼いたしました」
言葉の端々からこの男の不安定な精神状態がわかった。服と同様に心のピースがちぐはぐになっているのだ。
「話にならない。挨拶が終わったなら帰れ。今なら見逃してやる。さっさと消えろ」
「ふふん。警察のあなたが見逃す? 職務怠慢ですねぇ。でもね、私は職務を放棄することはできないんですよ。だって、あそこのライフルは私の頭も狙っているんだから.. もちろん、月人君の頭もね」
鷲田は指の銃で自分の頭を撃つジェスチャーをして見せた。
「くっ、クソが!」
「おおっ、親近感湧くねぇ、月人君。そのとおりだよ。この世は『クソ』ばっかりさ。でも、君はその『クソ』な私に何もすることができないよ」
「何のことだ!」
「ははは。またまた、とぼけちゃって。私はこれでも生態AIの開発メンバーだよ。君らの生態AIの危険性は誰よりも知っている。君の命令が生命維持の法則となり生態AIは宿主の命を守るんだ。知ってるんだよ、私は」
「俺はそんな命令出したことなんてない」
「『思い』だよ。思うだけでいいんだ。今までも何度も思ってきたはずだ」
「 ―..」
「ほらね、図星だ。君はなんだかんだと使いこなしているんだ。でもね、私がここに姿を現したのは、ここが私のセーフゾーンだからだ。見てごらん、周りを。公園と寺と林ばかりだ。堕落した文明の利器などない場所。君が得意なシステムをどうのこうのする力は無力な場所さ。だからさ、大人しくしていなよ、クソガキ」
「おまえ、何が目的だ」
「そんなの決まってるだろ。そこの可愛い女の子の頭をちょいちょいとほじくって研究成果を返してもらうのさ。それと、土の中にある研究資料もね。いやぁ、君たちを泳がせた甲斐があったよ」
「そうか。俺たちを尾行したり、部屋に侵入して盗撮や盗聴していたのはお前の仕業か」
「その通り、いやぁ、盗撮は傑作だったよ、月人君。まさか盗撮した映像がアダルトサイトの映像になっているなんて、君のセンスに笑わせてもらったよ」
鷲田博士の甲高い笑い声は牛久大仏に不気味なほどに反響した。
「それに引き換えそいつは不愉快極まりない。そこのうめいている自己中野郎のおかげで、僕がどれだけ苦渋を味わったか。勝手に研究データを持ち去りやがって!」
鷲田は興奮のあまりポケットの中にあったスマホを斎木博士に投げつけてぶつけた。
「お前のせいで、研究という意味も知らない政治屋どもにどれだけ詰られたことか。あいつら.. 特に緑ババァだ! 勝手なことばかり言いやがって。データもないのに研究を完成させろだと! 無理に決まってるだろうが!! わ、私は恥をかかされた上に権威も威信も根こそぎ剝がされた。挙句の果てに研究所の閉鎖で失職だ! くそったれが!!」
鷲田の精神はかなり際どいようだった。自分語りを始めるとブレーキが利かなくなり捲し立て、怒りを抑えられなくなっていく危険な状態だ。
「失職したなら、もう落ちぶれたお前になど研究はいらないだろう?」
「うるせえな、中尾君!! 今は月人君と話しているんだ。あんまり調子に乗るなよ!撃っちゃうぞ」
鷲田が中尾さんの足をゆっくりと指さすと「ブッ」という風を切る音がした。銃声はしなかった。ただ銃弾が脛を撃ち抜いたのだ。
「ぐああぁ....」
「ごめん、ごめん。警告のつもりがついつい。でも、これでちょっとは口数が減るかな。今、ここで一番強いのは私なのだから、今後、諸君は許可のない発言は慎むように頼むよ」
鷲田の異常さが浮き彫りになる言葉使いだ。奴はまるで部下にでも話しているような口ぶりになった。
「いいかげんにしろよ、お前」
「おいおい、月人君。責任者の私にそんな口は許さないよ。そんな汚い言葉ばかり使うと、その口を撃ち抜いちゃうぞ」
鷲田は指を高く上げた。そして俺の瞳を見つめると、次の瞬間、俺の顔に指を向けた。
◇◇◇
次回
7章 野に咲くコスモスは色あせない
『欠落』
どうぞコメント、レビュー、評価をお待ちしています。
こんぎつねの励みになります。




