無意味
【前話までのあらすじ】
暗号に示された経緯度の場所は延命寺。月人たちはそこに併設されるログハウスを調べた。造園会社の看板が掲げられるハウスの中には、牛久大仏公園の取り壊しを反対するプラカードが置かれていた。この地域も都に送電するための鉄塔の犠牲となるのだ。そして、中尾は新都知事によってプロジェクトが再開されることを月人に告げるのだった。
◇◇◇
俺と真心はログハウスの門を出ると、さらに林を回り込むように進み、延命寺の山門に着いた。
境内の中には小さいながらも立派な本堂が置かれ、歴史を感じさせる寂れ具合をきちんと醸し出していた。
俺たちは竹の垣根の向こうにある庫裏へ向かい、呼び鈴を押した。
中から出てきたのは俺が想像したよりも若い住職だった。
・・・・・・
・・
「ログハウスの持ち主ですか?」
延命寺の円心住職は、俺たちにほうじ茶をすすめると自分も一服してから答えた。
「あの建物自体はここらの自治体のものです。10年ほど前から当山が土地だけお貸ししております」
「あ、あの、斎木、斎木正則という人を知りませんか?」
真心が急いた心に逆らわず唐突に斎木博士のことを聞いた。
「斎木..正則さんですか。う~ん、ちょっとすぐには思い出せませんね」
真心は沈んだ顔をしたが、すぐに思い出したように鞄から写真を取り出した。
「写真、写真があるんです。見てください」
真心は願うように俺の方を見た。俺は斎木博士を指さした。
「さぁ、やっぱり見覚えはございませんね」
「..そうですか」
こうなることは俺も中尾さんも想定していた。暗号はこの寺を示していた。しかし、この寺はパンくずだと思っていた。斎木博士にたどり着くまで、誰かが意図的に撒いたパンくずだ。
それが斎木博士本人なのか、別の誰かなのかはわからない。
ただ、― 簡単に見つけさせるものか ―という意思だけは十分伝わった。
「ところで、あのログハウスには―ほそぎ造園管理―という看板がでていたんですが、今もやっているんですか?」
「造園業ですか。いいえ、もう廃業しておりますよ。実は私も良くは知っておりません。私が当山の住職になって6年ですが、その時にはもう造園業はしておりませんでした」
「そうですか..」
「ただ、直接は知らないのですが、当山の記録に残った造園業の経緯は読んでおりますよ」
「お、教えてもらえますか」
「―ほそぎ造園管理―は東の細木と呼ばれるここら辺の地主の細木さんが作られた会社です。税金対策のペーパー会社だったようです。しかし、実際仕事も少しはしていたみたいです。主な仕事は牛久大仏公園の花の管理で、まぁ、簡単な作業のため、住み込みで働いていた男性に任せていたとあります。しかし、3年も経たないうち男性が姿を消してしまい、それから今に至っているようですよ。今じゃ、すっかり公園取り壊しに反対する方々の物置となっております」
俺たちは円心住職にお礼を言うと、中尾さんが待つログハウスに戻った。
ログハウスに戻る中、裾をつかむ真心の手があまりにも弱弱しく、俺は何度もそこに真心が居ることを確認しながら歩いた。
「真心、大丈夫だよ。暗号はこの延命寺を起点としているだけだ。ここから延びる乙戸川までの道に何かがあるに違いないよ。俺たちはそれを調べにきたんだろ」
励ましはしたものの、『延命寺』で斎木博士に関する情報が得られなかったのは、残念なことに変わりはなかった。
ログハウスの階段には、火のついていない煙草を未練がましくくわえる中尾さんが座っていた。
俺は延命寺で聞いた情報をそのまま中尾さんに伝えた。
一方、ログハウス内を探した中尾さんが見つけたものは新品の剪定用のハサミ、雪かき用スコップ、そして反対運動の看板ばかりだった。
あと俺たちにできることは、延命寺から乙戸川を結ぶ道のりに何かを見つけ出すことだけだった。
・・・・・・・
・・
この鬱蒼とする林を抜けると畑が広がる、そしてまた林を抜けていく。何かを捜し歩く俺たちは、何も見つけることもできずに乙戸川にたどり着いてしまった。
「真心、もう一度歩いてみよう」
俺は真心の手を引いて、今度は逆に延命寺へ向かって歩いていく。しかし延命寺から乙戸川を結ぶこの道の両脇には人家のひとつもなく、畑と林の間をただ進むのみだった。
「きっと何かを見落としているんだ。もう1回歩いて探してみよう。な、真心。不安そうな顔するなよ。きっと何か見つかるよ」
真心は俺の裾を掴むだけで何も話さない。それが俺には.. 苦しかった。
2回、3回と繰り返し歩いても結果は同じだった。
「そうだ、そうだよ。きっとこの道じゃないんだ。他の道だ。そうだよね、中尾さん。今度はあっちの道を探してみよう」
乙戸川とは反対に向かう道を進むと十字路を右に曲がって― 強引に大回りをしながら乙戸川に向かう道を探し歩いた。
「もう1回だ」
「月人、終わりだ。ここまでだ」
俺は中尾さんに振り向いた。
「終わり? 何が終わりだよ。まだ道はあるじゃないか」
「そんな道を探しても意味はない。わかっているんだろ」
「 ..中尾さん、何でそんなこと言うんだよ。暗号を解いたのは中尾さんだろ。きっと何かある。暗号ってそういうもんだろ?」
中尾さんは煙草をくわえるとライターを弾いた。たまたまついた小さな火種に煙草を近づけると慎重にふかした。
そしていっぱいに吸い込んだ煙を吐き出すと、残酷な言葉も一緒に吐き捨てた。
「月人。全ての暗号が答えに行きつくとは限らない。中には嘘の暗号もあるんだ」
俺は真心の顔を見ることができなかった。
川にかかる小さな橋を力なく歩き、そこに流れる水の揺らめきを恨めしく睨むだけだった。
「何なんだ。いったい何のために.. くそっ!!」
川の草むらをかき分け動物が水を飲んでいる。
狸か何かだ。
ボサボサの黒い毛が見え隠れする。
空のどんよりした雲の隙間から太陽の光が辺りを照らした。
泥まみれのシャツはもはや色もわからず、ズタズタに破れたズボンは、もはやその役目を果たしていなかった。布の隙間から見える肌は、まともな生活の痕跡を残していなかった。
川の水を啜っているのは動物ではない。
鼻をつく激しい悪臭が橋の上にまで立ちのぼる。
それは、生きる気力も感じない哀れなホームレスだ。
「..ぁ.あぅ.. あぅ..」と呻き声を上げながら、ただ水をすすり続ける。
そんな無関係なホームレスにやりきれない苛立ちを覚えた。
「笑っちまうぜ。旅をして振り回され、最後に見つけたのがアレだよ。なぁ、中尾さん」
―何を言ってるんだ、俺は。
こんな言葉を言う俺をきっと真心は軽蔑するだろう。
―それもいい。俺は役立たずなのだから..
「くそっ!!」
俺は橋の欄干に拳を叩きつけた。
俺の声に反応してか、水を飲んでいたホームレスがチラリとこちらを見た。
「 ..あぅぅ..ううぅ..」
「おい.. 何てことだ。あれは博士だ。斎木博士だぞ!」
そんな中尾さんの言葉に俺は海の底に落とされていく感覚を味わった。
◇◇◇
次回
7章 野に咲くコスモスは色あせない
『安らかな夜を』
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