暗号が示すもの
【前話までのあらすじ】
月人は斎木博士の周辺で起きた出来事を時系列にして並べてみた。そこに見落としていた重大な矛盾を見つけてしまう。真心の母・城戸真莉愛は真心をこの世に送り出すとそのまま命を閉じた。しかし、その翌年のNeoYURI移設後の研究スタッフの中に城戸博士の名があったのだ。当時を知る中尾から、城戸真莉愛の脳内情報がアンドロイド用AIに移された事実を知るのだった。
◇◇◇
斎木博士は真莉愛さんの転生とも言えるアンドロイド用AI『マリア』を持ち去った。
肉体が無くとも愛する人に近くに居てほしい。それはいつの時代、どの世界でも変わらない普遍な願いである。
以前の俺なら「所詮、綺麗ごと」と唾を吐いていただろう。
―だけれど、今はわかるような気がする。
ふと真心に視線を移すと、その瞳を開こうとしていた。
「真心、今は瞼を閉じていた方がいい。これ以上目を開けるのは負担が大きすぎる」
真心はその言葉を素直に受け入れてくれた。
視神経を酷使した上に、生態AIを意思どおりに操った精神は想像以上に疲弊しているに違いない。
真心の回復を願い、俺たちは、一晩このホテルに泊まることに決めた。
彼女の眠りを見届けると、俺と中尾さんは近くにある手賀沼のほとりまで歩いて行った。
青空の向こう側は分厚い雲に覆われている。まだ雨が降るには十分な時間があるだろう。
「最近のホテルっていうのは全禁煙で困るよな。あんな安ホテルでさえ、締め出しを食らっちまう」
「中尾さん、もういい加減タバコなんかやめたらどうですか? タバコの売店を探すのだってひと苦労じゃないですか」
「がはは。俺には、それもまた宝探しのようで一興なんだよ。それにタバコはまとめ買いしてあるし大丈夫だ。車のトランクは俺の宝箱だ」
「そっか、だからトランクの中があんなにタバコ臭かったんですね」
釣り堀公園の近くにベンチを見つけると、中尾さんはそこに腰かけてタバコに火を灯した。
「どうだ、お前も」
中尾さんは箱を振ると頭を出したタバコを差し出した。
「いや、遠慮します」
「そっか」
大きく吐き出した煙が、水面の輝きを曇らせる。
「..中尾さん、これを見てください」
ズボンの後ろポケットから研究所で回収した便箋を手渡した。
中尾さんは沁みた煙に瞼を閉じた後、便箋を読み上げた。
―3597日目から7696日目まで少女の思いは忘却の彼方。
立ち尽くすその丘の上にツクヨミの使いが現れることを願う。
だが短き命は延ばされ140年と222日の命を与えられる。
長月二日、再び少女は歩き始める。
ワダツミの元に行く旅路を―
「ほう。こりゃ、また下手な暗号だな」
「やっぱり暗号ですか?」
さすがはテロ対の捜査官だけはある。
「これが、施設で回収したものか」
「はい」
「この暗号はド素人が考えたものだな。不思議な詩で覆い隠してはいるが、あまりにもあからさまだ。月人、お前がこの詩の中でひときわ気を引くのはどこだ?」
「ん~、やっぱり何回も出てくる数字かな..」
「そうだろ。たった5行の詩の中で、5回も数字を使っている。それと、もうひとつ目立とうとする文字がある。『ツクヨミ』と『ワダツミ』だ。平仮名の中に沸いて出てくる神の名前。専門家目線で言えば陳腐と言わざるを得ない暗号文だ。月人、ちょっと書き出してみろ」
俺は言われるまま、数字をひととおり便箋の余白に書き出してみた。
― 3597 7696 140 222 長月二日 ―
「中尾さん、長月ってなんですか?」
「それは9月ってことだ」
― 3597 7696 140 222 92 ―
俺にはただの数字の羅列にしか見えなかった。
「わからないだろ。まぁ、これだけじゃただの数字だ」
中尾さんは俺の表情を楽しむように覗き込んでいた。そして暗号解読を続けた。
「『ツクヨミ』ってのは、黄泉の国の神様だ。つまり―月の使者―ってことだ。こっちの『ワダツミ』っていうのは海の神様な。つまり『ワダツミの元に行く旅路』ってのは、―海に続く道―ってこと。わかるか?」
「すいません。よくわからないです」
「だよな、まず『月の使者』はおまえだ、月人。そして『海に続く道』とは川のことだ。そうなれば、ここに書かれた『少女』は誰だと思う?」
「そうか.. 真心か」
「ご名答。月人、今のを当てはめてもう一度読んでみろ」
―3597日目から7696日目まで『真心』の思いは忘却の彼方。
立ち尽くすその丘の上に『月人』が現れることを願う。
だが短き命は延ばされ140年と222日の命を与えられる。
長月二日、再び『真心』は歩き始める。
川を―
「どうだ? この詩でわかったことと、足りないものが見えただろう?」
「なんとなく..」
「ん~ ..お前、この手のことは本当に不得意なんだな。わかった、俺が訳してやる」
―真心は忘れ去られるほどの時を過ごしながら月人が現れるのを願った。彼女の人生は生き返った。真心は再び人生を歩き始めた。海に続く川に向かって―
「この詩は真心がどこかへ歩いていることを読んでいる。その目的地は『海に向かう川』だ。それなら真心の出発点はどこだ? この文章は地点という概念をわざとあやふやにして書いている。そこで関わってくるのがさっきの数列だ」
「数列?」
「その数列はな、その地点を指し示しているのさ」
今まで中尾さんを見くびっていた。
その鮮やかに素早く、説得力ある解読にただ感心するのみだった。
俺は書き留めた数字をもう一度改めてみた。
『3597 7696 140 222 92』
そうだ..この長ったらしい数字。
―見覚えがあるぞ!
あれは西伊豆の松崎海水浴場――漂流した太郎を見つけたいと願ったとき、俺の「視界」が空高く舞いあがった。
そうだ、あの時だ。
あの時、俺の視界に映り込んだ数列も同じものだった。
この数字は.. 間違いない! 経緯度だ!
◇◇◇
次回
7章 野に咲くコスモスは色あせない
『本当に伝えたかった言葉』
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