鷲田博士と城戸博士
【前話までのあらすじ】
ついに斎藤博士の研究室E-LAI研究室に侵入した月人と真心。そして研究室で写真と不可解な詩が綴られた1枚の便箋を見つける。月人はそれが意図的に残されたものではないかと思うのだった。
◇◇◇
引き出しの中には、便箋以外のモノは入っていなかった。もちろん引き出しの上側・裏側も入念に調べたが、不自然なほど何も無く、埃さえ指を汚すことがなかった。
俺たちは便箋と壁の写真を抱えるとE-LAI研究室の部屋を出た。
施設内にがさつな声が大きく木霊し、冷たい静寂を突き破った。
—これは中尾さんの声だ。
どうやら中尾さんが警備員たちを引き連れながら各部屋の警備体制をチェックしているようだ。もちろん、これは計画通りの陽動作戦のひとつだ。
「よしっ、いいか! これから2階の部屋をひとつひとつ回るぞ!」
ひときわ声を張り上げ、自分の場所を教えてくれている。
―中尾さん、ちょっと棒読みだぜ.. 演技力0だな。
「真心、行くぞ」
「うん」
真心の手を引いてできる限り早く階段を下りる。警備管理室に警備員がいないことを確認すると猛ダッシュで車まで走った。
車に乗り込むやいなや、真心は瞼を閉じた。
「ごめんね、月人さん。少しだけ休ませて」
今、明るい場所に来て、初めて気が付いた。真心の顔は疲労の色が濃く、目の下にはクマ、声はかすれ上ずっていた。まるで何日も徹夜を繰り返した人のようだった。
「今日はこの写真と机の中の紙で大収穫だ、真心!」
俺は敢えて、『大丈夫か』とは声をかけなかった。真心は全てを覚悟して自ら瞳を開放したのだ。だから、俺はその成果を称えたかった。
「うん。やったね。がんばった甲斐があったよ。これでお父さんに..」
言葉の途中で真心は眠りについてしまった。
こんなに長時間、いつもは使っていない視神経を酷使したのだ。しかも、おそらくは真心は心の中で燐炎を制御していたに違いないのだ。
―今はゆっくりお休み、真心。
誰も聞く者がいない車の中、ポケットから回収した便箋の詩を声にして読み返してみた。
『―3597日目から7696日目まで、少女の思いは忘却の彼方。立ち尽くすその丘の上にツクヨミの使いが現れることを願う。しかし、短き命は延ばされ140年と222日の命を与えられる。長月二日、再び少女は歩き始める。ワダツミの元に行く旅路を..—』
―改めて読むと、何かどことなく中二病っぽい詩だな..
しかし、研究ばかりに没頭していた博士が書きそうな詩でもあった。
これが何かの暗号なのは推測できた。しかし、俺には暗号を解くようなスキルはない。
―ネット回線はあまり使いたくないが、検索してみるか..
そう思っていたところに中尾さんが車に飛び込んできた。
「よう、どうだったよ、月人!」
「うん。収穫ありです」
「そうか、真心ちゃん、がんばったんだな」
中尾さんは横で眠る真心を見つめるとそう言ってくれた。
「中尾さん、まずはこれを見てくれますか」
中尾さんは差し出した写真を見ると怪訝そうな顔をした。
「これが、研究室に残っていたのか?」
「はい。棚の上に」
中尾さんも全ての部屋を警備員を引き連れて回っていたんだ。当然、あの研究室にだけ写真が残っていることへの違和感に気が付いたのだ。
「お、これは研究スタッフの集合写真だな。2022年だから20年前。つまり研究所移設の5年前、お前たちに生態AIが埋め込まれる8年前ということか。おお、斎木博士もいるな。懐かしい.. それに鷲田博士も.. まだ若いな」
「中尾さん、この11人の中で知っている人はいますか? 斎木博士、鷲田博士のほかに」
「そうだな.. まぁ、半分くらいかな」
中尾さんがテロ対チームに配属されたのは『NeoYURI』に研究所が移設してからだ。その時の研究スタッフは7人に縮小された。
当時、研究スタッフの中には生態AIを寄生させることを推進する斎木派5人と慎重論を唱える鷲田派5人にわかれていた。そして結果的に鷲田派は数を減らされ鷲田博士・城戸博士の2人しか残らなかったのだ。
「ちょっと待って、中尾さん。城戸博士..って真心のお母さんだよね。真心の母親って同じチームの博士だったの? それに鷲田派ってことは慎重論を唱えていたってことだよね..」
「ああ、城戸博士は鷲田博士の右腕、いやそれ以上の存在だったといってもいい。少なくとも鷲田博士にとってはな。しかしな、斎木博士、鷲田博士、そして城戸博士は、考えの違いはあったが、敵対していたわけではなかった。むしろ本音の意見を言い合える良き仲間だったんだ。互いの意見を尊重しながら、医療用生態AIの研究は3人を中心に進んでいたと言ってもいい」
「..3人」
俺はふと西伊豆の「五平荘」を思い出した。
斎木博士が「五平荘」を利用した記録だ。
**2022年の20年前に3人で利用。
**2023年に2人で利用。
**2030年、生態AI臨床実験の数日前に1人で利用。
2023年の2人とは、斎木博士と城戸真莉愛なのは推測できていた。
しかし、2022年の3人だけは、今この時までわからなかった。
―そうか、斎木博士と城戸博士、そして3人目の人物とは、鷲田博士だったのか。
「中尾さん、NeoYURIに移設した後のチームには、他に誰がいたんだ?」
「田中博士、鳴海博士.. 竹本博士に、えっと..ナターシャ・オゴーマン博士だな」
中尾さんは、写真を指さし、思い出しながら名前を言った。しかし、その中で唯一、中尾さんが指をさしていない人物がいた。
「なぁ、中尾さん、この人は誰だ? この少しだけ離れて立っているこの人はメンバーじゃないのか?」
「ああ、そいつは護衛の矢上隊長だ」
「隊長? テロ対チームの人?」
――2027年、国の重要研究施設はNeoYURIに移設されることになる。それと同時につくば市護衛チームは解散された。だが矢上隊長だけは新たに編成された警視庁対テロ・スパイ捜査チームの特別顧問として残った。
それは国土衛生省の官僚からの強い推薦だった。
そして矢上はNeoYURIプロジェクトとテロ対チームの情報を探りながら、安全に身を隠し、スパイ活動をしていたのだ。
この事実は日本に蔓延るスパイ問題の根深さを象徴した出来事だった。
◇◇◇
次回
6章 始まりの場所
『アンドロイドの想い』
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