残された詩
【前話までのあらすじ】
牛久沼のほとりにある斎木博士の旧研究所にたどり着いた月人、真心、そして中尾であった。真心は自らの運命を切り開くため、先陣を切る覚悟を決める。そして彼女の生態AIの能力が今試される。
◇◇◇
「ぁぁ.. 」
真心は小さく声を上げて、うずくまった。小刻みに震えた手で額の冷や汗をぬぐった。
「大丈夫か?」
「ごめんなさい。あの建物を見ていろんな情報が一気に頭に流れ込んできたの.. でもね、瞬時に私のAIは分析したよ。あそこにカメラがいくつあるのかをね」
真心は、瞳に浮かび上がった文字を紙に書いてみせた。
『cam44 motion senser 14』
「カメラの数が44機、その中にモーションセンサーのカメラが14機ということか」
―それよりも真心は大丈夫だろうか..
「大丈夫、そんなに心配そうな顔しないで」
「俺のことが見えるのか?」
「うん。私の目じゃないけどね。きっとどこかのカメラの映像だよ。..ほんとに大丈夫だよ。さっきのは、ちょっとびっくりしただけだから」
真心は冷たい青白い瞳と情熱的な褐色の瞳で俺を見つめた。
・・・・・・
・・
そして、いよいよ作戦はスタートした。
まずは中尾さんが警備室で警備員の気を引く。
警備室に入る瞬間、中尾さんはこちらを振り返ると、陽気にサムズアップしてみせた。
「やぁ、君たち調子はどうだ?」
「誰だ!? 勝手に入ったらだめだ。ここは立ち入り禁止だぞ」
「なかなか、厳しいね。いいじゃないか、ちょっと見物してみたかったんだ」
「ダメだ! 出ていけ! 遊びじゃないんだぞ」
「ほぉ、遊びじゃない。その割には机の上に雑誌が開きっぱなしだな。何々、『岸野健太、アイドルユニットMissionBのRenaと浮気か?』。もしかして、それはあんたの調査報告書か?」
「黙れ、お前を拘束する! 大人しくしろ」
「そうだ、そうだ。やっと、思い出したか、それがお前らの仕事だ。 ここに責任者はいるか!? 俺は警視庁特別テロ対策の中尾だ。これからお前らの勤務体制について徹底的に確認させてもらうぞ。今日は帰れないと家に電話しておけ。さぁ、さっそく始めるぞ!」
ひときわ大きく張り上げた中尾さんの合図『さぁ、始めるぞ』が聞こえた。
俺と真心は警備室の横をすり抜けると、難なく施設内に入った。
既にいくつかの監視カメラの前を通過している。
通常ならば、この時点で監視カメラを管理する国立情報管理センターより、警備室に連絡が入り、つくば市周辺が一斉に警戒態勢に入ってしまう。
しかし、赤色灯ひとつとして点灯することがなかった。
「大丈夫だよ。『月人さんと私はカメラに映りたくない』って願ったから」
いよいよ建物内に入ると、案内カウンターの横に大きな案内図があった。案内図は白っぽく埃がかぶっていた。手で払うと舞い上がった埃が窓に差し込んだ陽の光に混ざり合った。
「E-LAI研究室....3Fか」
当然のことだが、エレベーターやエスカレーターは動いていない。
館内はあまりにも静かで、階段を登る自分の足音が、他の誰かの足音と思ってしまうほどだ。俺は何度か後ろを振り返ってしまった。
3Fの突き当りの部屋、そこにE-LAI研究室がある。
少し広めの廊下には、いくつもの実験室へ通じる扉があった。
扉は生態認証式の電子ロックキーとなっている。しかし、電力供給がされておらず、幸運なことに全ての部屋の扉は開け放たれていた。
俺は一応、『全ての人感知センサーシステムoff』を生態AIに命令した。思えば、命令をしたのはこれが初めてかもしれない。今までは生態AIに「願い」として意志を伝えていたのだ。
手前の部屋を覗くと、空の本棚が重なり倒れていた。一歩引いて部屋の室名札を確かめてみる。
「ここは資料室らしい」
―カタンッ 折り重なる棚の奥でわずかに音がした。
「月人さん! 何か動いた!」
次の瞬間、タヌキが真心の足をすり抜け、部屋から走り去った。
どうやら警備は噂ほど厳重ではないようだ。
「真心、この部屋には何にも残ってないみたいだ..」
他の部屋も同様に、もぬけの殻だった。
関係者が片づけたか、侵入者に盗まれたか.. どちらにせよ、奥のE-LAI研究室への期待はかなり削がれてしまった。
―きっと何も残ってはいないだろう。ましてや斎木博士の手がかりなど..
奥の部屋の前に立ち止まると、真心はその分厚く重い扉を両手で押し広げた。
部屋は2つのブースに別れていた。
ひとつは事務スペース、そしてもう片方がエアーシャワー付きの実験室となっていた。
机の上には他の部屋同様何もなかったが、棚の上に何かが残ったままになっていた。
それはA4サイズくらいの額縁に入った研究員の集合写真だ。
前列に4人、後列に7人の合計11人だ。
全て、この研究室の関係者だろう。
ほこりを手でぬぐい注意深く見ると研究員の後ろの看板にイベント名が書かれていた。
『晴海 科学の日・アンドロイド博2022』
その写真を手に取ると真心は光が届く窓際に持っていった。
部屋の中の監視カメラがひとりでに真心の手元をフォーカスしているのがわかった。
まるで小動物を観察するフクロウのように、真心の瞳は無感情に分析を始めていた。
「後ろの右から日村さん、お父さん、田中さん、鳴海さん、竹本さん、鷲田さん
前列の右から斎藤さん、金村さん、ナターシャさん、そしてお母さん」
「真心、名前がわかるのか?」
「うん。この人たちの顔を見たら、名前が浮いて出てきたよ」
―おそらくは顔認証の類であろう。
俺はメモ帳に名前を記録しながら聞き覚えのある名前に気が付いた。
『鷲田.. 鷲田博士』
確か斎木博士が失踪した後に研究室の責任者となった人だ。
鷲田博士が受け継いだ研究は、結局何も成果を残すことができなかった。やがて、何かしらの理由で世論の煽りをくらうことになって、研究は断ち消えとなったと聞いたが..
「真心、ここに写真があるってことは、机の中も何か残っているかもしれない。探してみよう」
10個ある机を全て探した結果、何も残ってはいなかった。この机以外は。
そして、この机の引き出しだけは、しっかりと鍵がかけられているのだ。
―気持ちの悪い違和感だ。他の研究室は綺麗さっぱり何もなかった。それなのに、この部屋の棚には写真と鍵がかけられた机がある。
まるで誰かが用意したように。
そして俺はあることに気が付いていた。他の机の引き出しはバールの類で強引に開けられているのだ。それなのにこの机だけは手を付けられていない。
―では、何故だ
おそらく、この机はもともと鍵がかけられていなかった。そして資料を奪われた後、何者かによって鍵がかけられたのだ。
「真心、この引き出しを開けてみよう」
「どうやって鍵を開けるの? 道具もないよ」
「道具? そんなもの必要ないさ。この引き出しは、『開けさせるため』に鍵をかけたんだ」
「え? 開けさせるために.. 鍵を?」
「そうさ、だから鍵はここにあるはずだ」
俺は机を下からのぞいてみた。
案の定、机の裏側にガムテープが張り付けてあった。
それを引きはがすと『カチャン』と鍵が落ちた。
「凄い。月人さんよくわかったね」
「ああ、俺は名探偵コ〇ンを全巻読んだからな」
鍵を差し込まれた引き出しが、カラカラと乾いた音を鳴らして開いた。
そして、俺たちは詩の書かれた一枚の便箋を見た。
―3597日目から7696日目まで、少女の思いは忘却の彼方。立ち尽くすその丘の上にツクヨミの使いが現れることを願う。しかし、短き命は延ばされ140年と222日の命を与えられる。長月二日、再び少女は歩き始める。ワダツミの元に行く旅路を..—
それは、まるで異次元から届いた手紙のようだった。
◇◇◇
次回
6章 始まりの場所
『鷲田博士と城戸博士』
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