勇気を持って瞼を開けろ
【前話までのあらすじ】
自宅のマンションに帰った月人と真心。月人の部屋には侵入された形跡があった。翌朝、月人と真心は博士を探す旅を再開する。目的地は茨城県の牛久。しかし警戒区域のつくば市周辺に近づくことは月人には大きなリスクがあった。中尾の助言に、月人は車のトランクに隠れるのだった。
◇◇◇
「―イテッ!!―」
道路の段差に車が大きく跳ね上がった。
「おっ、悪い悪い。月人、大丈夫か?」
「―大丈夫じゃねぇよ! もっと、静かに運転しろ!―」
―まったく冗談じゃない。こんなクッションひとつじゃ、到着するまで身が持たねぇよ。
俺が狭いトランクの中で身動きが取れない間、座席では真心と中尾さんが会話をしていた。くぐもってはいたが、その会話の一部は俺の耳にも届いていた。
「中尾さん、月人さんがかわいそう。トランクじゃないとだめなの?」
「真心ちゃん、つくば市とそれを囲む周辺地域は宇宙開発の研究をはじめ、国家的戦略を担った最先端の科学施設が立ち並んでいたんだよ」
「でも、それって私が生まれる前の話でしょ?」
「まぁ、正確には15年前の話だがね。現在はほとんどの施設は東京の地下にある未来科学都市―NeoYURI-に移設されている」
「じゃ、もう..」
「知ってのとおり月人も特別なんだよ。君は君で寺の中で過酷な人生を歩んできたと思う。でも、月人もそうなんだ。生態AIの臨床実験体となった日から、あいつは省庁の監視下に置かれた。君が寺に幽閉されたように、あいつもこの国によって幽閉されている」
―中尾さん.. 余計なことを.. 真心が気にしちまうだろが。
「..月人さんも自由じゃないんだね」
「あいつは面が割れている。だからこそ、リスクの可能性がある限り極力回避しなきゃならないんだ。つくば市周辺のほとんどの施設が廃墟となっている。しかし、中にはまだ稼動している施設もあるんだ。それに研究資料を残したままのところもある。あそこは未だに警戒地域のままのはずだ。公には解除されていることになっているけどね」
―そうなのか。しかし、なぜ全て移動しないんだ。施設など取り壊せばいいだろう。
「なんで、全てを東京の地下都市に持っていかなかったの?」
―いいぞ、真心。そこを聞け。
「未来科学都市―NeoYURIは都民の同意を得られなかったんだ。当時の都知事は「フィーチャリング・フューチャーグリーン事業」として訴えたが、地下に科学施設を作ることを都民は反対した。都民としては、自分の家の下で多くの化学物質を扱う研究施設があることを嫌ったんだ。それに排気施設から出る公害を訴える団体もいた。それは全くのデマだという人もいたし、実際、都知事もそんな危険はないと公言していた。しかし、最悪な事故が起きたんだ」
「事故?」
「つくば市のある研究施設で近隣の住宅も巻き込んだ大爆発が起きたんだ。施設の職員は全員死亡、巻き込まれた近隣住人も多数の死傷者が出た。さらには、その施設から有毒物質が漏れでて、地元の消防団数人が過酷な後遺症を残してしまったんだ。それで『NeoYURI』反対運動は過熱さを増してしまったんだよ」
「なんで『NeoYURI』は中止にしなかったの?」
「もう作っていたからさ。政府と東京で既に何年も前からプロジェクトは進行していたんだ。巨額の金をかけた地下都市を今さら埋めることなんてできないさ。それにこの事業の大きな目玉である『医療用生態AI』が日の目を見れば、都民の考えなんて一変すると思っていたんだろうさ。君と月人の中にある『医療用生態AI』はそれくらい価値のあるものだったんだ」
「 ..」
―まったく余計なことばかりしゃべりやがって。真心の重荷になるだろうが..
「ああ、そういえば.. つくば市の施設が未だに残っている理由だったね。まぁ、さっきの話の通り、つくば市の施設が大爆発を起こし、有毒物質が漏れたことで、『危険なウィルスが施設にはある』とか『土壌が汚染されている』とか噂が広がっちまった。その結果、どの事業者もしり込みしてしまったんだ。それに政府としても責任を負いたくないということで研究施設を『立ち入り禁止区域』として封鎖することにしたんだ。まっ、どこまで真実か噂か、俺にもわからんがね」
未来科学都市―NeoYURI―の話は当然俺も知っていた。
しかし、つくば市の事故の話や施設が取り残されている理由は初耳だった。
当然、真心には全て初めて耳にする言葉だっただろう。
そして俺たちに寄生する「生態AI」がどれほどの価値であるかってことも。
**
車は柏インターチェンジを降りると、一般道路を伝い牛久へと入った。
牛久沼のほとりにあった生態AI研究所E-LAIの白い外壁には廃墟さながらの多くのツル植物がまとわりついていた。びっしりと窓を覆いつくす葉、壁のヒビに食い入るようなツル、まるでこの植物が施設を封鎖しているようでもあった。
「ここがお父さんの研究施設なのね」
「ああ.. え? 真心見えたのか?」
「うん、月人さんの目を通してみることができたよ」
―俺の気の高ぶりが、真心の生態AIにリンクしたのか..
しかし敷地内にはいくつものカメラが設置されているだろう。当然、建物内も警備カメラが複数設置されているのは想像できる。
出入り口には警備室。訓練された警備員が常に入口の脇に立っている。
―まるで城を守る衛兵さながらだな。さて、どうしたものか..
「月人、俺が警備室に行って抜打ちの検査ということで気を引くから、お前はそのまま中に入れ」
「大丈夫かよ、中尾さん」
「馬鹿、俺には―テロ対捜査官―っていう肩書があるんだぞ。何、抜き打ち検査だって珍しいことじゃない」
中尾さんが協力してくれるのが、これほど強みになるとは思わなかった。
「じゃ、カメラは俺の力でシャットダウンしてしまいますよ」
「だめだ、月人。カメラが切られることは異常事態だ。これは警備の基本になっている。すぐに統括する警備本部に連絡が入って周辺地域ごと封鎖されかねない」
「でも、切らなかったら入れないし、侵入者を察知したら、どのみち警戒態勢になってしまう。俺の顔が顔認証に引っかかったら、もっと複雑なことになってしまうよ」
「それなら私が行くよ」
「真心ちゃん、無理だ。言いたくはないが、盲目の君に出来ることはない」
「だから、私は目を開けていく」
「まさか燐炎を出すつもりか?」
「ううん、生態AIを使うんだ。私には視力はない。でも私が見ようと願うことに生態AIはきっと応えてくれるはず。ただ、それはカメラレンズを通しての映像だけどね。燐炎には口出しさせない。そして、生態AIの力を使いきって見せる」
「そんなことできるのか?」
「わからない。でも、私だって抗ってみせる、私の人生だもの。燐炎がするようにどんなカメラだって操ってみせる。そして私はこう願うのよ、『―カメラよ、私を映すな―」てね」
「そこに真心は映らない..か。でも、今までやったことないんだろう?」
「うん。でも、月人さんの生態AIは願いが強ければどんなシステムも操れるんでしょ。きっと私の生態AIも同じ。そして、カメラを操ることに関しては、たぶん月人さんよりも得意かもしれない。やってみる価値はあるよ」
―真心は強くなった。最初は怯えながら街を歩くだけだった彼女が..
「わかった。でも君だけを行かせるわけにはいかない。俺の姿も映らないように願ってくれ」
「うん、ありがとう。月人さん」
素朴な微笑みを送る真心。俺は今、その微笑みに微笑みで返している。
そんな何気ない人の想いを与えてくれた君を俺は信じる。
「おい、大丈夫なのかよ、月人」
「大丈夫。真心なら大丈夫だよ、中尾さん」
「..そうか。 よし、わかった。真心ちゃんとお前に任せよう」
―今、真心は運命を自分自身で切り開く勇気を出したんだ。
真心は小さく息を吸った。
そして瞼が、開いていく。
今までのように生態AIに開かされたのではない。
真心の意志によって開いたのだ。
光がその瞳に差し込むと片方の目は青白い炎に、そしてもう片方の目は淡褐色の瞳となっていた。それは生態AIの瞳と真心の瞳の融合であった。
◇◇◇
次回
6章 始まりの場所
『残された詩』
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