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希望を構成する回帰式

【前話までのあらすじ】


 白川郷から一旦、東京へ戻る月人と真心。高速道路のサービスエリアにて、月人たちは監視する者たちに気が付くのだった。それは紛れもなく燐炎りんかからの忠告、「気が付いた者」の仲間である。月人たちは、敢えていつものようにふるまい、自宅へと帰った。

◇◇◇

 部屋を見渡した瞬間、すぐにわかった。やはり何者かによって家探しされていた。


 何といっても自分の部屋だ。わずかな物の配置の違和感に警告音が再生される。


 当然、盗聴器も仕掛けられているに違いない。


 まぁ、それは省庁の連中のおかげで、既に慣れっこになっている。


 それは捨て置いたとしても盗撮だけは許さない。今は、この部屋に真心がいるのだから..


 特にシャワールームだ。


 こんな時は自分の能力の便利さに感謝する。


 俺はただこう思うだけでいい。


 『―この部屋の情報を漏らすな―』


 俺の思考を読み取る生態AIの仕事は少しひねくれている。


 たぶん今頃、やつらのモニターにはAV専門チャンネルなどが写っているに違いない。しかも今は違法受信に厳しい法が敷かれている。そのため各配信サービスには本格的な追跡システムが導入されているのだ。


 ―やっこさん、今頃、慌てふためいているだろう。


 ・・・・・・

 ・・

 普通の人なら、盗聴器があるかもしれない部屋で普段通り過ごすことなんてできやしない。


 しかし、俺は違う。


 幼い頃から省庁の奴らに盗聴されている部屋で毎日を過ごしてきたのだから。


 私生活上の会話や些細な情報などは、別に聞かれてもかまわない。


 それでも、やっぱり真心との会話を何処の誰だか知らない奴に聞かれるというのは、気分が悪かった。


 「真心、今から散歩に行かないか? 緑道のベンチまで」


 真心の手をとると彼女は笑顔でうなずいた。


 ポシェットを肩に掛けると、支度のできていない俺を玄関前でせかすのだった。


 緑道を歩いていると真心はこんなことを言った。


 「私たちは燐炎の言う『始まりの場所』へ向かうんだよね。でもね、私にとっての『始まりの場所』はここなんだ」


 「ここが?」


 「うん、そうだよ。だって私はこの緑道で月人さんと初めて会って、そして私の人生が動き始めたんだもん」


 そう言うと真心はつないだ手に顔を向け、小さく微笑んだ。


 そして、子供のように前後に大きく振った。


 すっかりと秋を迎え入れる準備をしている桜の葉。


 透された陽の光はふんわりとベンチを包んでいた。


 腰を掛けると少しばかり―ひんやり冷たさを感じた。


 「結局、ここから旅を始めて、手ぶらで戻ってきてしまったな。俺たちは『燐炎』に踊らされただけだったのかもな..」


 俺は唇をかみしめた。


 「月人さん、忘れないで。 もともとは私が月人さんの目を借りて、『いろいろなものを見たい』と願ったことから始まった旅だったんだ。私、いっぱい見たよ。手ぶらなんかじゃなかった。いろいろな人と出会えた。いろいろな空間を感じた。お母さんを感じた。月人さんをいっぱい知った。両手で抱えきれないほどの思い出を作れた。やっと私は前に向かって歩いているんだよ」


 「真心..」


 俺はこの健気な肩をそっと抱きよせた。


 「私、もう泣きごとは言わないよ。ちょっとは強くなったんだ。だから私を最後の場所まで連れて行ってね」


 「わかった」


 でも、それは違うよ、真心。


 ―最後じゃない。『2人の始まりの場所』にするんだ。


 ・・・・・・

 ・・

 翌朝、車に乗り込むと〝 コン コン ″と軽快に窓が叩かれた。


 「よう! 諸君!! おはようさん」


 少し疎ましいあいさつと、わざとらしく歯茎まで見える笑顔の男がそこに居た。


 「何だ。中尾さんか」


 「おいおい、朝の挨拶をおろそかにしちゃいかんぞ」


 「用件は何ですか?」


 「せっかちな奴だなぁ。おまえ、この車を運転してつくば市周辺に入るつもりだろ? それはやめておいた方がいい」


 「何でですか?」


 「あそこは枯れても、かつては国家プロジェクトを抱えた研究施設が乱立していた場所だ。対テロ、対スパイに備えて他の地域より防犯カメラの設置が多い。しかも、国立情報管理センターに直結していたんだ。今も少なからず警戒されているだろう。月人、お前さんなんか直ぐに顔認証されて、省庁から息のかかった奴らが押し寄せてくるぞ」


 「じゃ、どうすればいいんだよ?」


 「だから俺を利用するんだ」


 中尾さんが言うには、対テロ、対スパイを警戒する自動警戒システムは対テロ捜査官を除外対象としている。まぁ、もっともな話だ。


 しかしそのせいで.. 俺はトランクの中に押し込められてしまった。


 「月人、良いクッションが嶋中ホームズにあったから入れておいた。携帯冷風機もあるからな。まぁ、快適とまではいかないが寝てればすぐだ、ガハハ」


 「月人さん.. 私もトランクに行こうかな..」


 「おいおい、真心ちゃん。冗談はやめてくれ。トランクからお前らの変な声が聞こえてきたら、俺は車を捨てて逃げるぞ」


 ―全く下世話な..


 「そんなことしねぇよ! まぁ、真心、せっかくの提案だけど、俺は大丈夫だ!」


 「うん。 わかってる。私も冗談だから」


 ―やれやれ.. 真心の小さな笑い声が聞こえた。


 こんなガバガバな作戦のもと、俺たちは茨城県つくば市に向かって車を走らせた。




◇◇◇

 次回予告

 6章 始まりの場所

 『勇気を持って瞼を開けろ』


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