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気が付いた者

【前話までのあらすじ】


 真心が見た『始まりの場所』とは、茨城県牛久の風景であった。月人は警視庁対テロの中尾に牛久と斎藤博士の関係を尋ねた。中尾は牛久には斎藤博士の旧研究室があることを知っていた。また、牛久には斎藤博士の仮住まいがあるのではないかと推察するのだった。

◇◇◇

 飛騨高山から白川郷、そして東海北陸道から東名高速、さすがにタフな俺でも沼津を過ぎるころからホルスタインが空を飛ぶ白昼夢が見え始めた。


 「ちょっと.. 次のサービスエリアで休んでいこう」


 「うん」


 時間はもうpm5:00を回っていた。


 例えば、今日、牛久に着いたとしても、辺りが暗くては施設を探すなどできないだろう。


 やはり東京に一度戻り、仕切り直してから牛久へ行く方が賢明かもしれない。


 「ねぇ、月人さん。私ね、もうそんなに怖くないよ。だから、ひとりで抱え込まないで私にも相談して」


 「 ..ああ、じゃあ、取り敢えずこれから飯でも食べようと思うけど、どう?」


 「うん。お腹ペコペコだね」


 サービスエリア内のフードコーナーは飛騨高山での贅沢三昧とは別世界のようだ。


 「真心は何食べるよ?」


 「う~んとね。醤油ラーメンがいいなぁ。あのね、西伊豆の海で月人さんが食べてた醤油ラーメンが実はずっと気になってたの」


 「ははは。じゃあ、俺はカレーライスにするかな。俺も真心が食べてたカレーライスがうまそうで気になってたんだ」


 そう、今は胃もたれしそうな贅沢な料理よりも真心と気軽に食べるご飯が一番うまい。


 「おっ、仲睦まじい中、大変申し訳ないが、お邪魔するよ」


 気が利かない中尾さんに少しムッとした。


 「おいおい、別に好きで2人の邪魔しているわけじゃないんだ。月人、おまえ気が付いてないだろう。1,2 ..3人か。入り口でメニューを見ている2人、そして窓の向こうに見える喫煙所に1人だ。見るなよ、月人。はっきり言う、お前らは監視されている」


 中尾さんはテーブルの上にあるメニューを見ながら少し小さな声で話をした。


 「何者? 省庁の連中かなにか?」


 「いや、違うなぁ。省庁の連中より格段に溶け込みが自然だ」


 「..中尾さん、俺、ある人から『俺たちに気が付いた者がいる』って聞かされたんだ」


 「 は!? 馬鹿野郎、そういうのはもっと先に言え! ..とするとその連中か」

 

 「どうしたらいい?」


 真心の指先が震えているのがわかった。俺は自分の手をその小さな手に重ねた。


 真心は俺に視線を向けると、小さくうなずいた。


 「今さらどうすることもできないな。なぁに、この人ごみの中、奴らだって何しようってわけじゃないだろう。たぶん、お前らから目を離さないようにしているだけだ。いいか、お前たちも気が付かないふりをするんだ。不自然の無いように注意しろ」


 ―『不自然の無いように注意しろ』と言われると逆に不自然になりそうだ。せめて『自然のままでいろ』って言葉の方が気が楽だったのに..


 中尾さんはいつものように、デリカシーのない大きな声で『じゃあ、俺は味噌バターラーメン・餃子セットにしようかな』と言った。


 「中尾さん、もしも、あいつらが真心に手をかけるようなことしたら、悪いけど俺は抑えられない。いや抑えるつもりないよ」


 「月人さん、やめて」


 「そうだ。月人、やめておけ。使えば、お前は余計に面倒な連中にまで目を付けられるぞ。そして、それはお前だけの問題じゃないだろ?」


 中尾さんの視線は真心を見ていた。


 「 ..ああ、 わかったよ」


 俺は、真心が俺なんかよりも複雑な状況にあることを一瞬でも忘れていた。「生態AI」の足跡を残しかねない軽率な行動はしてはならないのだった。


 「よしっ。奴らが何かしようっていうなら、とっくにしているだろう。おそらく飛騨高山から尾行を始めたに違いない。奈良井宿では自家用車で移動していたのはお前らだけだったしな。いいか、まずお前らは普通に予定をこなせ。俺が思うにあいつら———」



**

 食事を終えると、すぐにサービスエリアを後にした。


 尾行者の存在で俺の緊張は高まり、今や牛が空を飛ぶ白昼夢など全く見えなくなった。


 バックミラーで何度も後ろを確認するが中尾さんの車以外はどれがその車かなどわかるはずもない。


 ―今は、中尾さんを信じよう。


 東名高速から首都高に入りそのまま幡ヶ谷出口にでた。


 そして俺のマンションに帰ってきた。


 ほんの数日だったが、もう何カ月も旅をした感覚だ。


 俺は真心をお忍び用の裏口ではなく、正面玄関から堂々と部屋に連れて帰った。



◇◇◇

 次回

 6章 始まりの場所

 『希望を構成する回帰式』


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