表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/59

桜葉のベンチ

【前話までのあらすじ】


緑道で見かけた白杖を持つ少女。あの日以来、彼女は月人の生活圏内に入り込む。街の様々なところで彼女と出くわすのだ。月人はその存在を不気味に感じていた。何より、盲目の少女が見開く青白い瞳。全てを見透かすような瞳が月人の心を不安にさせるのだった。月人は少女に会って話すことを決心するのだった。

◇◇◇

 夢で語られたワードに従い、俺は緑道にあるあのベンチに向かった。


 すっかり緑が濃くなった桜の葉の隙間から、くっきりとした影とともに日差しが落ちてくる。緑道は複雑な模様が絡み合う白と黒のステンドグラスのようになっていた。


 そんな光にも影にも属さない仄暗い狭間にあるベンチ。


 既に彼女は座って待っていた。


 ベンチの隣に腰かけると、一応、行き交う人々の視線に気を配った。どこかに見張りがいるかもしれないからだ。


 「 ..たぶん 大丈夫」


 か細い彼女の声が何を言ったのかよく聞き取れなかったが、俺は思い切って話しかけてみた。


 「 ..来たよ」


 「ごめんなさい」


 ―確かに夢と同じ声だ。


 彼女を前にして改めて思った。しかし、その今にも消えてしまいそうな声は、夢の中の声とは印象が違った。夢の中の声はもっと希望に溢れるような声だったからだ。


 「君は誰だ?」


 「私は真心まこ


 ―なるほど『まこ』とは名前か。


 俺は用意してきた質問を投げかけた。


 「俺の夢に君の声が聞こえるんだ。何故かわかるかい?」


 「違うの。あなたが私に見せているの。私はそれに『思い』を乗せただけ」



 「―俺が見せている―だって? 意味がわからないな。じゃ、もうひとつ、君は目が見えているのか?」


 「私の目は.. それも違うの。見ているのは私じゃない」


 「まったく.. 君が言っていることは何ひとつわからないな」


 その糸口のない答えに無性にイラついてしまった。


 ―そして俺はつい言ってしまったんだ。


 「とにかくさ、もう俺に付きまとうなよ! 君は厄介なんだ」


 彼女は閉じた瞼から涙をこぼすと、それを隠すように顔をそむけた。


 「私、やっぱり厄介者なんだね。ごめんなさい」


 そういうと彼女は白杖を振りながら早足でその場を立ち去った。



**

 それから夢の中で彼女の声がすることはなくなった。


 だけれど、俺の心の中には、すきま風が吹いていた。


 俺はなぜあの時『厄介』なんて言葉を使ってしまったのだろう。彼女が涙を見られないように顔をそむけたことが、より俺の心をえぐった。


 俺はいつからこんな奴になってしまったのだろうか..



 ―厄介.. 誰よりも俺が一番嫌っている言葉だったじゃないか。



 「 ..まったく、もう!! 仕方がないな!」


 俺は彼女を探した。


 仕事中も車から行き交う人たちに目を凝らした。


 仕事が終わると、幡ヶ谷から初台、反対方向の代田橋まで歩いてみた。


 あれほど頻繁に出会ったのに今はまったく見つけることができない。


 『体調不良』を理由に会社から長期休暇をもらった。


 上司は難色を示したが、会社なんか別にどうでもいいのだ。


 解雇されたらされたで、それでいい。


 働かなくても、俺の口座には、なぜか大金が貯金されている。


 だが、俺のイレギュラーな行動を―見張り役―が見逃すはずもなかった。


 「どうした、月人? 調子でも悪いのか?」


 ―さっそく、こんな所までおいでなすった。


 見張り役の中尾さんだ。


 「調子悪いんです。なんか、こう心がやるせなくて」


 つい、偽りないありのままの気持ちを言ってしまった。


 中尾さんには必要以上に嘘をつきたくない。そんな思いが、俺を時々正直者にしてしまう。


 「ほう。今日はなんか素直だな。恋でもしたか?」


 「そうかもね」


 そんな下世話な冗談に、憎まれ口で返す気持ちさえなくなっていた。


 「おいおい、どうしたんだ。お前らしくないな」


 「いいからしばらく放っておいてくれないですか? 一人で居たい時ってあるでしょ?」


 「こりゃ、重症だな.. おい、本当に恋の話なら相談にのるぞ。いつでも連絡をしろ」


 そう言いうと煙草に火をつけ一服し、中尾さんは素直に立ち去った。


 職務に実直なのか、単に人がいいのかわからない。


 そんなことより、俺は今、ここにいる。


 緑道のベンチだ。


 日に数回、あのベンチに足を運んだ。


 この場所が俺と彼女を繋ぐ唯一場所だからだ。


**

―5日目のベンチ


 「―何で?」


 白杖を手にする彼女は隣に座って短く質問した。


 「いや、何ていうか。あの言葉、―初対面の人―に少し乱暴な言葉だったなって.. あの.. ごめん」


 「..うん、ありがとう。 それにしても『虹のふもとに君を』って」


 「ああ、まぁ、ただここに居るのも暇だったし.. この本を読んだら、何か君に伝わるような気がして」


 「うん、伝わった。あなたがこの本を楽しんで読んでいたから、言葉が見えた。その小説は―恋人を待つ―お話だったね」


 そういうと彼女は首を少し傾けながらクスクスと笑顔を見せた。


 その笑顔が俺を安心させた。ほんの少し、いや、もう少しその笑顔を見ていたい気持ちになった。


 「どうしたの?」


 沈黙する俺に彼女は問いかけてきた。


 「いや、別に、何でもない」


 「そう.. じゃ、私行くね。あなたの気持ちうれしかった。それにこんな気味悪い私を『人』と言ってくれてありがとう」


 「そ、そんな..『人』じゃないか! どこをどうみても君は人だよ!」


 俺には彼女の言葉があまりにも切なく感じた。


 それは彼女の内にある思いが俺の思いと重なって見えてしまったからだった。


 眉を八の字にした彼女はやさしく、そして少し寂しそうに微笑んだ。


 「俺は月人だ。赤根月人。もう知ってるかもしれないけど..」


 「私は真心まこ。もう言ったよね」


 彼女がそう言うと、2人で静かに笑った。


 朝の陽ざしは少しずつ強くなったが、このベンチに流れる風だけはやさしく涼しかった。


 それはこの桜の葉がつくった、淡い日陰のおかげなのだろう。

◇◇◇

次回予告

1章 夢の中の声

『ep05 胸ポケットのレシート』

6/7土曜日17:00 投稿予定 お楽しみに♪


どうぞコメント、レビュー、評価をお待ちしています。

こんぎつねの励みになります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ