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白川郷

【前話までのあらすじ】


 月人と真心は人力車に乗せられ、『飛騨国分寺』にたどり着く。山岡夫妻に連れられ境内に入ると、そこには御神木の大きな銀杏の木があった。そこで記憶の混同により倒れた真心に対して、「ごめんなさい」と謝罪をする山岡聖子。月人はその言葉の裏に隠された意味を推察した。

◇◇◇

——重要伝統的建造物群保存地区『白川郷』


 この地域も奈良井宿ならいじゅく同様、歴史的文化遺産である建造物群の中で、村の人々の生活は営まれている。

しかし、やはり世界文化遺産に指定されたこの村にも国内外問わずあまりにも多くの観光客が詰め寄りすぎるのだ。

その遺産に名を刻もうとする者、所かまわずゴミを投げ捨てる者、何より村の人々の平穏な生活を脅かすほどの観光客の数に、ついに2035年、村への立ち入りには事前の申請が必要となった。


 ちなみに山岡夫妻の入村許可は、『旅館ふせふじ』の女将を通じ、既に手配済みであった。


 「どうですか? とても美しい郷だと思いませんか。 私はここから眺める景色が一番好きなんですよ」


 ここは白川郷を一望できる展望だったが、博さんは真ん中からやや左側に立ち、手すりに手をかけながら、自分の大切な家を紹介するように誇らしく言った。


 一般的な人よりも無感傷と自負している俺でも自然豊かな山間の中、陽の光と朝霧の奥に立ち並ぶ家々の壮言な美しさには息を飲んだ。


 「すごい..」


 真心はやや上に向けた顔を紅潮させ、震える唇で言った。


 俺の気持ちの高ぶりに真心の脳裏にも俺が見たこの素晴らしい風景が伝わったようだ。


 「知っていますか? ここらの合掌造りの家々には釘や近代的な金具などは一切使っていないのですよ」


 「そ、そうなんですか?」


 真心は少し食いつき気味で聞き返した。


 「はい、植物のマンサクからつくられた「ネソ」や「ワラ縄」などで木々が結束されているのです」


 「ここら辺は雪深いんじゃないですか? 家は壊れないんですか?」


 「植物、いや自然は私たち人間が考えるよりも偉大です。自然の素材の家は、周りの環境に合わせて水分を吸い、吐き出してます。そして、家は自然の環境に負けないように強固になるんです」


 「不思議ですね」


 「そうですか? しかし、家もまた朽ち果て土に戻る時が訪れます。私はここの家々も自然の調和の上に成り立っていると思うのですよ」


 寺育ちの真心はその言葉に共感を抱いて頷いていたが、俺には少し敷居の高い言葉に感じてしまった。


 しかし、天窓が開いた白い壁、そして風情のある藁ぶき屋根の家々がお互いにその美しさを折り重ねる風景には、深い感銘を受けたのは事実だった。


 田畑を吹き抜け黄金の穂を揺らした風が俺の体を優しく包み込んだ。


 —ああ、いつまでもこの風景を眺めていたいな..


 俺の隣で真心が柔らかな表情でコクリとうなずいた。


 山岡夫妻も手を握り合いながらしばらく黙って集落を眺めていた。


 「月人さん、真心さん、ここは、私たち夫婦にとって大切な場所なのです。私は再出発を心に決める時には、いつもここに来ていました。幼い長男が先に逝ってしまった時もここから再出発しました」


 「そうね。ここは私たち夫婦の始まりの場所ですものね」


 聖子さんは博さんに体を寄せた。


 博さんの言葉を聞くと、俺は心に引っかかっていた疑問を聞く決心がついた。


 「 ..山岡さん、なぜここに連れてきたんですか? あなた方が俺たちを旅に同行させたのは『成り行き』なんかじゃないですよね? 真心が寺でうずくまった時、聖子さんは『ごめんなさい』って言いましたよね。つまり、あなたたちは俺たちを旅に同行させることを誰かに強要されたんじゃないですか?」


 博さんは少しだけ息を吸うと、答えを整えた。そこには初めからその答えを話そうと思っていた意志を感じた。


 「 ..すいません。月人さんの言う通りです。ただし『強要』といった乱暴なものではありません。私は自分の記憶を見せられた時に声をかけられたのです。それは女性の声でした。『あなたたちの「始まりの地」へ連れて行って』と言われたのです。そして君たちに『始まりの場所』を探すように伝えて..と」


 「『始まりの場所』って何ですか?」


 「申し訳ありません、そこまでは聞けませんでした。それ以降、彼女の声は聞こえなくなってしまったのです」


 「 ..月人さん、それって..」


 何かを言いかけた真心の頬に涙が伝い流れていた。


 「真心、何で泣いているんだ?」


 「え? わからない。わからないけど涙が止まらない..」


 すると真心のまぶたが開き、青白き炎を宿す瞳が姿を現した。


 『真心の言う通りだな。やはり人の目で見る風景は良いものだ』


 「り、燐炎りんかか! おまえ、何を企んでる」


 『「企み」などではない。お前を見ていたのだ。そして、もうわかった』


 「『わかった』ってなんだ?」


 『真心が示す場所へ行け。だが気を付けろ。おまえたちに気が付いた者がいる。 そして..―どうか、この子を守ってください..』


 「な、なんだ? おまえ! それは、どういう意味だ!?」


 瞼を閉じ、膝から崩れる真心を俺はとっさに受け止めた。


 「ごめんなさい。また、燐炎が..」


 「ああ。真心、しっかりしろ」


 真心はそのまま俺の胸で気を失った。


 —俺たちに気が付いた者とは? それに、燐炎の最後のあの言葉は..


 まるで懇願するような言葉、そしてあの柔らかな声色に俺は動揺を隠せないでいた。


 俺は真心を抱きかかえた。


 「山岡さん、すいませんが、俺たちはここで自分たちの旅に戻ります。俺たちは『始まりの場所』に行ってみます」


 「そうですか。わかりました。私たちは大丈夫です。それより君たちには感謝をしています。どんな事でもいい、困ったときには『モンターニュ エ コリーヌ』に電話を。きっと君たちの力になれると思います」


 「モンターニュ エ コリーヌ?」


 博さんはうなずくと一封の封筒を差し出した。


 その封筒を受け取ると、真心を抱えたまま駐車場に向かった。駐車場では張り付いていた中尾さんが、真心を車へ乗せるのを手伝ってくれた。


 「いったい何があったんだ?」


 「燐炎だ。あいつと話をしたよ」


 「燐炎.. ってなんだ?」


 「とにかく、俺たちは一度東京へ戻ります。」


 —わからないことだらけだ。『燐炎』とはいったい何者なのだ..



◇◇◇

 次回

 6章 始まりの場所

 『封筒の中身』

 

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