妓楼の夜は危ない
【前話までのあらすじ】
月人たちは高山市に到着する。山岡夫妻が経営を支援する『旅館ふじふせ』は妓楼の面影を残す旅館だ。荷物を旅館に置くと、月人、真心、山岡夫妻は人力車で街を散策する。『飛騨国分寺』の銀杏の木の下で山岡夫妻の思い出に耳を傾ける月人と真心。しかし、突然、真心がうめき声を上げて座り込んでしまうのだった。
◇◇◇
「はああぁああ..」
「ま、真心!!」
こんなにうめき声を上げる真心を見るのは初めてだった。
「..はぁ.. はぁ..」
「だ、大丈夫か!?」
「 ..う、うん」
地面に手をついて呼吸を整えているが、かなり辛そうだった。
「つ、月人さん.. 私、ここを知ってる。お父さんとお母さんがここに来て.. 私もそこにいた!?」
― ..真心は混乱しているのだ
なぜならば、真心の母親・真莉愛さんは真心を出産し、そのまま亡くなってしまったのだ。真心は真莉愛さんと時を過ごしたことなどないのだ。
息絶え絶えに苦しそうな真心の様子を見て聖子さんが駆け寄った。
「ごめんなさい。大丈夫、真心さん」
「はい。もう.. 大丈夫です」
真心を抱えながら人力車に乗ると、そのまま『旅館ふせふじ』に引き上げた。
・・
・・・・・・
真心を布団に寝かせると、俺は広縁の椅子に座りながら庭を見つめた。
俺の思考を一旦止めるように、池の錦鯉が―ボチャン と音をたてる。
「ふぅ.. ―ごめんなさい― か..」
そう、あの時、聖子さんは真心に向かって咄嗟に謝った。
あまりに突然のことに、口をついた言葉なのだろうか。
いや..
頭の中で映写機を見せられて記憶を取り戻した博さん..
奇跡のような事。
―そう.. 奇跡だ。 計算したように都合よく奇跡が起こった。
なぜ、そんな奇跡が起きたんだ
「たぶん.. いや、きっとそういうことなのだろうな..」
俺は導き出した答えを再確認するように、ひとり呟いた。
『—失礼します。お夕飯をお持ちいたしました』
部屋に仲居さんが食事を運んできてくれた。
『ご飯? お腹減っちゃった』
もぞもぞと布団から真心が這い出てくると『―へへ..』と照れ笑いをした。
料理は前菜、焼鮎、刺身、煮物、そして飛騨牛と朴葉味噌のステーキ。
特別な陶器製のコンロで飛騨牛ステーキを焼くのだ。
並べられた料理の説明を仲居さんから聞きながら胸をときめかせるその表情はやはり16歳の女の子だ。
『お食事のお手伝いを..』と中居さんは申し出たが、真心は丁寧に断った。
「ありがとうございます。でも、私、自分でできる範囲は自分でやりたいんです。そして、その見極めを今は月人さんが一番わかっていると思うんです。だから..月人さん、いいよね?」
「ああ。いいよ」
そう言うと仲居さんにお心づけを手渡した。
食事を食べ終わり、床に寝ころぶと、となりに真心も寝ころんだ。
「はぁ! 食った、 食った。 おいしかったね! 今日、ごめんね、変なことを言って。きっと何かの勘違いだたんだ。記憶というよりそんな気がしただけだったから.. 月人さん、忘れて」
「ああ.. それより真心、体は大丈夫か?」
「うん。大丈夫だよ」
網代造の天井を見つめながら、旅の疲れと満腹感で、つい俺は眠ってしまった。
・・
・・・・・・
―どれくらい眠ったのだろうか.. 目を覚ますと胸まで厚手のタオルケットがかけられていた。きっと風邪をひかないようにと真心がかけてくれたに違いない。
『いい湯だったよ』と真心の声がした。
ふんわりと石鹸の香りをさせながら佇む艶やかな浴衣姿が、行燈の明かりに照らされる。
―ヤバイ..
どうやら今夜も俺は自分との闘いをしなければならないらしい。
ここは元妓楼。
場所が場所だ..
無言で敷かれた布団に潜ると、天井の模様が目に飛び込んだ。
―なるほど、天井が網代造りなのは、そういうことだからか..
網代の編み込みはまるで男と女の絡み合いを表現しているように見えた。
―くだらない! 変なこと考えないで、早く寝てしまおう
俺は強引に目をぎゅっと閉じると、タオルケットを頭までかぶせ眠ることに集中した。
でも、眠ろうと考えれば考えるほど、眠れなくなるのは世の常であった。
**
—翌朝—
眠たい目をこすると廊下の障子にやわらかな枝の影が射し込んでいる。
その日、俺たちは山岡夫妻の勧めで重要伝統的建造物群保存地区『白川郷』に行くこととなった。
そこで、俺は真実を聞きだそうと考えていた。
◇◇◇
次回
5章 銀杏の木の下で
『白川郷』
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