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記憶の映写機

【前話までのあらすじ】


 結局、奈良井宿でわかったことと言えば、月人のヴィジョンに映る景色は、斎木博士と妻・真莉愛の思い出の地であることだけだった。月人は奈良井宿を出発する前に、ヴィジョンに見た杉玉が飾られる酒蔵 檜林ひばやしに立ち寄ることにした。大した成果のない旅であったが、月人は真心の存在がかけがえのないものであると感じ始めていた。

◇◇◇

 「さて、これからどうしたもんかな。一度、五暁寺に帰って出直そうかね」


 俺は平静を装って明るい声で言ってみたが、内心はいつくるかわからないタイムリミットに苛立ちさえ覚えていた。


 「月人さん、大丈夫だよ。次行くべき場所は、もう私の中の燐炎りんかが教えてくれたよ」


 俺は体中の毛穴が開き、その穴からにじみ出る汗を感じた。


 今まで見てきた様々なヴィジョン。そして旅に導く存在を何となくだが推測していた。


 しかし今、真心の口からその答えが告げられたのだ。


 真心を助手席に乗せて、車に乗り込もうとした時、駐車場に赤色灯を焚いたパトカーが入って来た。


 ―くそ、もっと早く出発するべきだった。


 パトカーから降りてきたのは、案の定、中尾さんだ。


 中尾さんはミニバンに近づくと開いている窓の隙間に腕をかけた。


 「よぉ、月人。ギリギリ間に合ったようだな」


 相変わらずのデリカシーのない声が、さっきまでのさわやかな朝をぶち壊してくれた。


 「間に合った? こっちは別に中尾さんを待つ気なんかなかったですよ」


 「なんだよぉ。つれないこと言うなよ。俺とお前の仲だろ」


 中尾さんのうざがらみが始まった。


 「で、なんですか? どうせ尾行するんでしょ?」


 「まぁ、そうなんだけどな。ただ、その前にな、どうしてもお前たちに用があるって人を連れて来たんだ」


 中尾さんが手招きをすると、パトカーから山岡聖子さんが降りてきた。


 聖子さんは足早に真心の座る助手席側にまわりこむと、窓越しに真心の手を両手で包むように握った。


 「真心さん、ありがとう。本当にありがとうございます」


 それは感謝の気持ちを伝える精一杯の言葉だった。


 「博さんが大怪我しなくてよかったですね」


 そう真心が返すと、聖子さんは首を横に振って言った。


 「実はそれだけじゃないの。真心さん、こっちに来てもらえる?」


 車から降りた真心の手を引いて、聖子さんはパトカーの方に連れていった。


 ひと足先に、中尾さんがパトカーから降ろしたのは、山岡博さんだった。


 博さんは真心の前に立つと、小刻みに震える唇を開いた。


 「あ、ありがおう。あなあにかんはします」


 ―何てことだろうか!


 以前は遥か遠くにある高い壁をただ見ているようだった博さんの瞳。それが、今は確かな輝きを放っていた。それは強い意志を持つ光だ。


 ——事故の後、救急車に乗せられた博さんは、目を覚ますと「う~う~」と唸り声をもらし始めた。博さんのその唸り声は、次第に言葉へと形を変えていったのだ。


 博さんはこのように説明した―


 あの時、私は青白い炎に包まれていた。それは熱くはなかったが、私の悪いものを焼いてくれているようだった。


 やがて誰かの指が私の瞼にそっと触れた。そして揺りかごにゆられるように、ゆっくり夢の中に落ちていった.. 


 細く白い指がメモリをまわしている。ズレてしまったピントが少しずつ修正されるように、私の辿った人生がはっきりと見えてきた。それはまるで映写機で映し出された思い出のフォトグラフを見ているようでもあった.. 


 そして映写機は最後の一枚に、私の最愛の妻の笑顔を映し出してくれたのだ。



 ——説明というには、あまりに抽象的であった。そして不思議に機械的な例えに思えた。



 晴れていく霧に聖子さんを目の前にした博さんは『すまない。君には苦労をかけたね』と声をかけると、その手を握ったという。


 まだ細事までは思い出せないそうだが、自分が誰なのか、家族は誰なのか、自分は何をしてきたのかなど大まかな事は思い出したそうだ。


 聖子さんは涙ながら何度も真心に感謝の言葉を伝えていた。


 そして、あることを俺たちにお願いし始めた。


 「厚かましいと思われるかもしれませんが、こんな奇跡的なことは二度とないことです。もし願いが叶うなら、もうしばらくあなた方と旅を.. せめて1日だけでもご一緒させていただきたいのです。迷惑なのは承知の上でお頼みします。私たちの旅にご一緒していただけませんでしょうか。もちろん、私たちが出来る限りのお礼はいたします。」


 真心は俺の意見を聞くまでもなく返事をしてしまった。


 「今日は天気も良いようですね。目が見えない私に旅先の景色がどのようなものか教えてくださいね」


 ―これでしばらく、俺たちの旅は中断か..


 「ところで、いったい何処へいくのですか?」


 「私たち夫婦の大切な場所、飛騨高山へ是非、ご一緒してください」


 山岡夫妻を後部座席に乗せると、俺たちのミニバンは奈良井宿から飛騨方面へ走り出した。


 後ろには言うまでもなく中尾さんがぴったりと張り付いていた。




◇◇◇

 次回

 5章 銀杏の木の下で

 『赤カブの漬物』


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