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マリア様に抱かれるのは誰

【前話までのあらすじ】


 月人と真心は木曽路に着いた。しかし木曽11宿は2033年国際重要文化財と認定され、それぞれの宿場街への入宿が制限されていた。入宿手続きの施設で、手続き上の不備で困る老夫婦を見かけると、月人と真心は自分たちの身内として入宿手続きをパスする。老夫婦をミニバンに乗せると、目的地である奈良井宿に到着するのであった。

 俺たちは、さっそく大鳳寺たいほうじに向かうことにした。


 表通りからは見過ごしてしまいそうな脇道を入ると、銀灰の寺門が道をふさぐように構えられていた。


 銀灰の寺門までの十数メートルの路地。その両脇には七福神が朗らかに訪客を出迎えていた。


 昔は七人の福神が並ばれていた。しかし近年、転売目的で弁天様だけが頻繁に盗まれるという事件が相次いだ。そのため、今では六福神のみがひっそりと並ばれ、こと弁天様に至っては、建物周りのどこかに配置されている。その場所を知るのは寺の関係者だけという。


 門を跨ぐと、苔むした庭が広がり微かに足元に涼しさを運んでくれた。飛び石をたどり、寺の関係者が住まう庫裡くりへ向かう。

 

 「ごめんください」


 わずかに空いている扉から声を差し入れてみた。


 中からバタバタと板敷の廊下を走る音がする。


 「これはこれは、よく参られました」


 大きな声とともに扉が開くと、眼鏡を直しながら人が良さそうな住職が顔を突き出してきた。


 そして、真心を見るなり「おおっ、これはよく似ておられますな」と勢いよく声を上げた。


 気圧され飛び石から足を踏み外しバランスを崩しそうになると、住職が俺の手をつかんだ。


 とても肉厚でやわらかく、全てを包むような温かさを感じた。


 「これは、失礼しました」


 「あ、いえ、あの.. 澄徳ちょうとくさんからは聞いていると思いますが..」


 「ええ、ええ! それはもう、お話は拝聴しております。あなたがお札に火をつけたお話も含めて。しかし、お札に火をつけるのは感心いたしませんね」


 そんな過去の話に恥ずかしく思う俺だが、住職は豪快に笑うばかりだった。


 「あ、あの、赤根月人です」


 「真心.. 城戸真心です」


 自己紹介をする真心をどこか懐かしむ顔で見つめる住職は、気を改めて静かにしっかりとした声で語り始めた。


 「私が晴広せいだいでございます。月人さんに真心さんですね。ようこそ、大鳳寺へ。さっそくではございますが、あなた方をお待ちしている仏様へとご案内いたしましょう。ささっ、ささっ、こちらへどうぞ」


 住職は物腰は柔らかいが内に秘める迫力に返事をする暇を与えなかった。俺たちは飲まれるまま、住職の履く草履の後を追った。


 案内された先には西伊豆の地で俺が見たヴィジョンとそっくりな石像が鎮座していた。それはとても特徴的で頭がない子供をあやすように抱く仏像であった。


 仏像の前に立つ真心を見つめながら住職は優しげな声で言った。


 「どうです。変わった仏像でございましょう? 実はこちらは仏様ではないのですよ。この地には古い時代キリスト教が布教されておりまして、こちらは仏像に模したマリア像なのですよ。造った方々は、いわゆる隠れキリシタンの方々なのです」


 「なるほど。だから子供を抱いているのか」


 住職は静かに頷いた。


 「子供を抱く姿は、母の愛そのものです。その愛に仏も神も違いはありません」


 「あ、あの、触れても大丈夫でしょうか」


 「もちろん、よろしいですよ。どうぞ、お手で触れて見てください」


 真心は少し緊張した面持ちで、像の首から肩、腕、胸に抱かれる子供を手で触れる。まるでそこにある愛を確かめているようにも見えた。


 「本当ですね。子供を抱いている。マリア様の子供だからキリスト様ですよね?」


 「そうとも限りません。神も仏も全ての人々を分け隔てなく、その胸に抱き寄せてくれます。マリア様が抱かれておりますのは、キリスト様かもしれませんし、あるいは幼き女の子かもしれません」


 住職は穏やかに言った。


 「ところで、晴広さま、俺たちは斎木博士の居場所を探しているのです。何かご存じではないですか?」


 「 ..博士がこの奈良井宿に訪れたのは、もう17年も前でございます。その時はお二人でお尋ねになられ、このマリア像に願いをかけておられました」


 「17年も前ですか..」


 —また空振りだ.. いや、今、何て言った?


 「晴広さま、今、2人と言いましたか? 博士は誰かとここに来たのですか?」


 「はい。そうですよ。真心さんはよく似ておられますね。真莉愛まりあ様に」


 「まりあ様? 誰ですか?」


 —2人.. 2人.... そうか。『五平荘』も20年前に2人で泊まったと言っていた。


 迂闊だった。


 あの時、旅館の主人に名前を聞くべきだったのだ—


 俺は真心を見た。


 真心はマリア像にすがりつくように泣いていた。


 「お、お母さん..」


 ・・・・・・

 ・・


 住職は俺たちを奥の離れの茶室に招き入れた。


 入口は狭く、中は七畳と茶室としては広い印象の部屋だった。


 畳は少し茶色くなり、床横の地袋・天袋には地の亀と天の鶴が質素に、そして格式高く描かれていた。


 「まだ、きちんと自己紹介をしておりませんでしたね。私は大鳳寺三十七代目住職を務めさせていただいております。晴広せいだいと申します」


 「お..私は赤根月人です」


 「城戸真心です」


 「ご丁寧にありがとうございます。さて、真心さんはお母さまの姓を名乗られているのですね。それもまた良いですね。ところで、私は少し思い違いをしておりました」


 「何のことですか?」


 「いえ、てっきり私はあなた方が正則さんと真莉愛さんが訪れた思いでの地を巡っていらっしゃるものかと思っておりました。まさか、正則さんの居場所を探しているとは..」


 「あの、お父さんのこと、教えてください!」


 真心の叫びにも似た願いを晴広さんはしっかりと受けとめると、目を閉じ昔を振り返りながら語り始めた。


 「『永承会えいしょうかい』の中でも私は正則さんに大変懇意にしていただきました。道は違えど、正則さんの科学への探求心に感服しておりました。まぁ、単純に気が合ったのでしょう。正則さんは私にプライベートなお話までしてくださいました。それは真莉愛さんとのお話もしかりです———」


 ——斎木博士と真心の母・真莉愛さんは研究員仲間だった。


 最初に惚れたのは斎木博士だったらしい。


 2人をよく知る晴広さんは、斎木博士の恋の相談役だった。


 そして、斎木博士が真莉愛さんに愛の告白をした場所、それが恋人岬の鐘のもとだった。


 晴広さんは、俺たちが『達磨寺』に訪問したと聞いたとき、2人の足跡を追って旅をしているのだと勘違いしたそうだ。


 晴広さんはこう続けた——


 「『永承会』が無くなった原因は、真心さんへの在り方の是非が対立した為だったのです。正則さんは勝手に『五暁寺』に預けてしまった。そして、澄徳さんは悩んだ末での決断だったとは思いますが、真心さんを寺に閉じ込める方法をとった。私は、断固として反対いたしました。人の道を外れた行為だと説いたのです。私と同じ意見の住職も何人かおりました。そして永承会の中で分断が起きてしまったのです」


 「すいません」


 「なぜ真心さんが謝るのです。謝るのは、あなたに違う道を歩ませてあげられなかった、手前どものほうです。どうも、申し訳ございませんでした」


 晴広さんは頭を床につけるように土下座をした。


 「あ、そんな.. 顔を上げてください」


 真心は手探りで晴広さんの肩を見つけ手を添えた。


 「やはりあなたもお優しい方ですね。あなたのお母さまもそのような方でした。真心さん、どうか、誰も憎まないでください。たとえ、やり方が間違っていても、真心さんを思ってのことだったのです」


 「大丈夫ですよ。真心は澄徳さんを恨んでないです」


 俺の言葉に真心は大きくうなずいた。そしてこぼれた涙が晴広さんの手に落ちた。


 「 ..そうですか、それはよかった。月人さん、真心さん、何か相談があれば私も微力ですがお力をお貸しいたします」


 さっそく、俺は自分が見たヴィジョンについて尋ねてみた。それは大きな杉玉を飾る酒蔵だ。


 「ああ、それなら酒蔵『檜林ひばやし』でしょう。嘗ては酒蔵のみを生業としておりましたが、今は宿泊施設も兼ねております。私から ひと部屋お願いしてみましょう」


 別れ際、晴広さんは真心の手を握りしめ旅の安全を祈ってくれた。


 これは俺の直感でしかないが、晴広さんは真莉愛さんに心を惹かれていたのではないだろうか。


 晴広さんの真心を見る眼差し、あの眼差しは俺も知るものだからだ。だからこそ、きっと..

◇◇◇

 次回

 4章 首のない石像

 『LINK27 太陽に染まる宿場街』

 

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