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老夫婦と孫

【前話までのあらすじ】


 河口湖を出発した月人と真心。高速道路のサービスエリアで休憩をしていると、見張り役の中尾さんに行き先を問い詰められる。「ただのドライブ」ととぼける月人であったが、中尾さんのいつもとは違う眼光が気になるのだった。

◇◇◇


 国際重要文化財に指定される古き日本の宿場町の様相を残す木曽の奈良井宿ならいじゅく


 木曽11宿の代表的な街だ。


 2024年を境に、日本には多くの外国人観光客が訪れるようになった。そして、2030年を迎える前に、日本政府が目標としていた1年に訪日する外国人6000万人を達成していた。


 日本の各都道府県にある歴史ある宿場町は『ジャパニーズシュクバマチ』と世界的なブームとなったが、心無い観光客にひどい被害を受ける例も少なくはなかった。


 ご多分に漏れず木曽11宿も大きな被害を受けた。


 歴史ある家の柱に自分の名を刻む者。火気厳禁の注意書きのある空き地でバーベキューをして地元の人の反応を楽しむネット配信者など、ひどいトラブルも相次いだ。その挙句の果てに、3棟の歴史重要文化財の宿屋と酒屋が焼失した。


 2033年に木曽11宿が国際的文化財保全対象と認定されると長野県は条例を施行し、海外・国内問わず観光客の人数制限と自家用車での乗り入れ禁止を実行した。すべてが事前の予約制となったのだ。


 贄川宿にえかわじゅく手前に作られたKISO共同駐車場に車を預け、そこからは観光用バスに乗り換えることが義務づけられていた。


 この観光条例によって歴史建造物の保全と地元の人々の生活は守られるようになった。


 外部の人間が各宿場町に入宿するには、KISO共同駐車場に隣接された『贄川関所』と銘打った管理センターで手続きをしなければならない。


 俺たちは大鳳寺たいほうじの招待客という待遇で奈良井宿への特別入宿が認められていた。


 全て五曉寺の澄徳さんの根回しのおかげである。



 訪日客のウケ狙いで『関所』と名付けたのであろうが、実務は本当に大昔の関所と同じなので、まったく洒落になっていなかった。


 施設内には11個のブースがあり、ブースごとに受付が設置されていた。


 「ふざけんじゃねぇ! こっちは客乗せて観光巡りしてんだ!! 遊びじゃねぇんだぞ!」


 「ですから、何度も言うように文化財保存のためですので..」


 「じゃあ、街に住む奴らは車を使ってねぇのかよ?」


 「いえ、街の方々は例外ですよ。生活もあることですし」


 「俺だって生活があるんだ! 俺は、ぜってぇ車で行くからな!」


 隣のブースでは観光客相手のガイド業者が、車での入宿を許可しろとトラブルを起こしていた。


 そして、俺たちが並んだ受付でも、しっかりとトラブルが発生していた。前にいる老夫婦が先ほどから受付と問答を繰り返しているのである。


 「そんな。私たちは、ちゃんと予約をしていたはずです。この人の病状だって事前に伝えてあったじゃないですか。それを今さら..」


 「何度もお調べいたしましたが、そのような記録がこちらには存在しておりませんで.. お客様には申し訳ないのですが、宿内で容態が悪化した時、責任を持つことができません。それに、この辺には大きな病院もございません。誠に残念ですが入宿を許可することはいたしかねます」


 「そんな.. 私たち、楽しみにしていたんです! どうかお願いします」


 「あまりしつこいようですと警察を呼ぶことになりますよ。それにあなたのパートナーは、意識がないじゃないですか。はっきり言って、厄介者なんですよ、そういう方は..」


 俺の裾が急にツンと引っ張られた。


 「月人さん、いったいどうしたの?」


 「うん。じいさんは車イスで、ちょっと意識がはっきりしてないみたいなんだ。ばあさんがひとりで連れて来たみたいだけど、『厄介者』だからって入宿を断られているらしい」


 —まぁ、いつの時代も関所ってのは面倒なもんだ..


 そんなことを思いながら、真心を見ると、顔を真っ赤にしていた。


 手までわなわなしているのがわかった。


 「一度許可は出たって言ってたよね? それなのに、受付がそんな酷いこと言ってるわけ?」


 「いや.. でも、仕方がないんじゃないの?」


 「仕方がない? 月人さん、『仕方がない』って言った? じゃ、私の運命も仕方がないのかな? ..なんか、今にも私の中から―燐炎―が出てきそうな気がする」


 完全に言葉の選択を間違えた俺が悪い。真心の怒りに燃料を投下してしまった。


 それに、怒り任せの言葉だろうが、本当に燐炎が出現したら、何をしでかすかわからない。


 半ば真心の脅迫に屈した感はあったが、これこそ仕方がない。


 たぶん、真心が本当に腹を立てていたのは―厄介者―という言葉を職員が言ってしまったからだ。


 —ふぅ.. やれやれ..


 「ああ、じいちゃん、ばぁちゃん、だめだよ。ここに着いたら俺たちと合流する約束だったじゃない」


 ばあさんは何のことやらと口が半開きになっている。


 「あなたは、このご夫婦のお知り合いの方?」


 職員が聞いてきた。


 「ああ、そうだよ。俺たちのじいちゃんとばあちゃんだ。俺たちは大鳳寺に招待されていてね。リスト見てみなよ。俺の名前は赤根月人だ」


 「赤根様.. えっと.. ああ、確かにございますね。でも許可された人数と違いますね。ここには2名と書かれていますが..」


 「それは、あれだよ。ほら、受けた人が間違ったんじゃない?」


 —さすがに穴だらけの嘘だったな..


 「あぁ、君、赤根君が言っているのは本当だ。私は警視庁特別第二捜査部部長の中尾だ。彼らにはいろいろな捜査に協力してもらっているんだ。今回の大鳳寺への訪問もその一環だ。職員君、君と責任者の役職と名前を聞いておかなければならないような事を私は避けたいのだよ.. 内閣対策本部へ報告書を毎日提出しなければならない身としてはね」


 「わ、わかりました。じゃ、じゃあ、ちょっと責任者に確認してきます」


 中尾さんが手助けしてくれたのは意外だった。


 「中尾さん、なぜ?」


 「馬鹿野郎。こんな事でお前の感情が高ぶったら大変なことが起きるかもしれないだろうが。俺の役目はお前の見張りと『こういう事態のフォロー』も含まれてんだ」


 —そうだった。昔から中尾さんは揉めごとがあると口を出して話を収めた。大きなお節介と思ったこともあるが、トラブル回避も彼の職務だったのだ。


 「それにしても、中尾さんって部長さんだったんですね」


 「アホッ! 第二捜査部ってのは、俺しかいねぇんだよ!」


 俺たちと老夫婦の許可が下りた。


 ・・・・・・

 ・・


 「どこのどなたか存じませんが.. どうもありがとうございます」


 「いえ、俺のパートナーが黙っていられないってね」


 そういうと椅子に座った真心が頭を下げた。


 白杖を見て、おばあさんはすぐに真心が目の障害を持っているのに気が付いたようだ。


 真心の方へ近づき、手を握ってお礼を言っていた。


 老夫婦の名前は山岡博・聖子夫妻。


 博さんは自分で歩くことは可能だが、自分で考えて歩くことが出来ない。


 年老いた聖子さんは彼を車イスに乗せて移動をしているという。


 身なりを見る上ではかなり裕福そうな夫婦だ。


 他にお付きの人がいてもおかしくない上質な気配がした。


 「山岡さん、私たち、自家用車での入宿を許されているんです。もしよろしかったら..」


 真心が山岡夫妻に声をかけていた。


 ―やれやれ.. 当然こういうことになるよな..


 俺は車いすをラゲッジに積み込み、後部座席に山岡夫妻を乗せると奈良井宿へ車を走らせた。


 博さんの身の上話など、特に聞く気はなかった。


 それを聞いたところでどうにかなるわけでもないし、真心がさらに余計な親切心をだすのは面倒だと思った。


 だが、聖子さんのほうから自己紹介とともに語り始めてしまった。


 山岡夫妻は横浜に住む大きな会社経営を営む夫婦だった。


 『—やはりな』と思うところだ。


 博さんがこのような状態になったのは5年前。


 天気が良い春の日に2人で散歩をしている途中、暴走車が突進してきた。


 博さんは聖子さんをかばったがために自動車にあてられ、目の前にあった電柱に頭部を強打した。


 聖子さんの献身的な介護とリハビリによって、歩くまでに回復したが、記憶障害の回復まで至っていなかった。


 医者からは『記憶が蘇るのは明日かもしれないし1時間後かもしれない。もしくはこのまま蘇らないかもしれない』と言われた。


 聖子さんは思い出の強い場所ならば記憶が蘇るかもしれないという儚い願いのもと、旅を続けているというのだ。


 「へぇ~、そうなんですか」


 そんなそっけない返事をすると真心に腕をつねくられた。


 最近、だんだん真心に怒られることが多くなったように感じる。


 ・・・・・・

 ・・


 『木曽の大橋』は奈良井宿から奈良井川に架かる総檜造り(そうひのきづくり)の美しい太鼓橋たいこばしだ。


 この橋の近くにある駐車場に車を止めると、俺たちは宿場街に足を踏み入れた。


 そこはまるで明治、いやもっと昔の時代にまでタイムスリップでもしたかのような不思議な空間だった。


 —なるほど、斎木博士が好みそうな場所だ。


 街全体から木と土間の香りがするようだった。

 細かい格子こうしで覆われた窓。

 小さな門口。


 特徴的なのがそのひさしの造りだった。

街に並ぶ家々の庇をおさえる木の部品が丸みを帯びた工芸的な形をしているのだ。


 ここの街全体の建造物が文化財として保全されながらも、その中で地元の人たちは生活をしっかりと営んでいた。


 だが、俺と真心の目的は観光ではない。


 そのため、山岡夫妻とは行動を別にしなければならない。


 「あなたたちの未来に神のご加護がありますように」


 聖子さんは別れ際に俺たちにそう声をかけた。


 俺たちは旅に観光以外の目的があるなど一言も口にしていない。しかし、さすがは企業の経営者だけあって、俺たちには何かあると見抜いていたのかもしれない。





◇◇◇

 次回

 4章 首のない石像

 『マリア様に抱かれるのは誰』

 

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