表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/59

月と湖とナシゴレン

【前話までのあらすじ】


 西伊豆の達磨寺・恋人岬・旅館五平荘を訪れた月人と真心。得られた情報は期待を大きく外した。しかし月人は、何者かの意図のもとで、自分たちが動かされているような気がしてならなかった。月人と真心は次の目的地・木曽路は奈良井宿に向けて車を走らせた。

◇◇◇

 西伊豆の海岸線を2人を乗せたミニバンは走る。


 空は茜色に変わりラジオから流れるのは、少し早い夏の終わりを告げるような曲だった。


 メロディが楽しかったひと時や一期一会の出会いを思い出させた。そして、やたらとノスタルジックな気持ちにさせる。


 —俺は13年の間、こんな気持ちになることなどあっただろうか。


 ましてや真心は..—


 真心の顔を見ると、旅の疲れに寝息を立てていた。その寝顔を見て、この旅が彼女にどれだけ負担のかかる旅であるかを改めて感じた。それだけに、旅の先にあるものが、俺たちにとって意味のあるものだと信じたかった。


 少し開いている窓を閉め、車は海岸線から山道へと入っていく。


 バックミラーに遠ざかる西伊豆の海が—さよならを告げていた。


 土肥から船原トンネルを抜け、車は伊豆縦貫道、そして富士五湖方面に向かっていく。


 俺はあの海水浴場での感覚を思い出していた。


 あの一瞬、俺の身体全体が高性能なセンサーのようになった。


 俺は確かに広範囲のモノや人の位置を正確に把握できた。


 そして.. アレは俺の視界ではなかった。


 真心.. いや、燐炎りんかから送られた視界だったのだろうか。


 ―あの時、太郎を助けたいと、強く願っただけだった..


 そこまで思い返すと、真心のあの柔らかい唇の感触も鮮明に思い出された。


 ―ったく.. 何考えてるんだ俺は..


 自分の頬を叩くと、車のアクセルを踏んだ。



**

 富士山のひざ元である富士五湖周辺に来た頃には、18時をまわっていた。


 見渡すと数々のホテルが見える。


 今日はここで宿をとろう。


 あとは明日だ—


 軽く声をもらし寝返りを打つ真心を見てそう思った。


 「おい、真心。起きろ」


 「..ごめんなさい。ずっと寝ちゃってたね」


 目を覚ました真心は、眠気をなくそうとホルダーに置かれた炭酸飲料に口を付けた。


 「それは別にいいんだけど、それより6:30だ。どこかで飯を食べようぜ」


 「うん。なんかすごくお腹減っちゃった」


 有料道路を降りると、月夜に誘われて河口湖のほとりに車を停めた。


 そこに『マタペルマタ』という店があった。


 「ここでいいか?」


 「うん、何でも大丈夫。今なら何でもおいしく食べられる」


 真心は少し悪戯っぽい笑顔をして見せた。


 看板横の狭い階段を2階へ上り木扉を開けた。店内は、木のテーブルが3つほどのこじんまりとした空間だ。棚には東南アジアの雑貨やカラフルな猫の置物が目についた。


 メニューはインドネシア・バリ料理が中心だった。


 俺は『ナシゴレン』を頼むと、真心は「全く知らないから同じでいい」と言う。


 「ナシゴレンって梨の実とか入った料理なの?」


 真心のおとぼけには笑ってしまいそうになるが、いたって真面目な質問なのだ。


 彼女の世界は寺の境内だけだった。だから彼女は、自分の知りうる知識から必死に質問を作り出しているのだ。


 「『ナシゴレン』っていうのはバリ料理のひとつだよ。バリのチャーハンって感じだ。上に目玉焼きが乗っていて横に揚げせんべいが乗っている料理だ」


 「そうなんだ。楽しみぃ」


 瞳は閉じていても、目を輝かせているのがわかった。


 このひとつひとつが初体験なのだ。


 料理が届くと、小鼻を動かして香りを楽しんでいた。


 スプーンをナシゴレンに沈めると、それを口に運ぶ。


 「おいしい」と明るい声に頬をほころばせた。


 辛みソースが気に入ったようで、心配になるほど瓶をふっていた。


 食後のお茶をすすりながら、湖上の紫色の空を見ていると、真心のつぶやきが耳に入った。


 「月人さん、私、役立たずだったね」


 真心は冷えたグラスに付いた水滴を指でなぞっていた。


 多分、海水浴場での出来事だろう。


 「私なんかより、もしかしたら『燐炎』のほうが役に—」「やめるんだ、真心。そんなことない。 絶対に」


 俺はその言葉を続けさせたくなかった。


 「でも..」


 「俺はそんな風に思わない。例え、真心がそう思ったとしても、俺は絶対にそう思わない。俺には.. 俺には真心が大切な友人だからだ」


 「..うん。ごめんね、変なこと言って」


 「さあ、そろそろ宿を探そう。どうせなら温泉付きがいいよな。ちょっと奮発して貸切風呂がある部屋にしよう」


 店の階段を降りると、月に照らされた河口湖が見える。


 —柄にもないこと言っちゃったな.. 友人か.. まぁ友人なんだろうな..


 自分が言った言葉に後悔とは違うものを感じた。



**

 —部屋風呂が充実していそうな宿か.. やっぱりアレだな。


 河口湖の湖畔を見渡してひときわ大きい『河口湖グランドホテル』をみつけると、そこに宿をとった。


 当然、俺たちの見張りを続ける中尾さんも、きっと同じ宿をとるに違いない。




◇◇◇

 次回

 4章 首のない石像

 『奈良井宿へと道は続く』

 どうぞコメント、レビュー、評価をお待ちしています。

 こんぎつねの励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ