月と湖とナシゴレン
【前話までのあらすじ】
西伊豆の達磨寺・恋人岬・旅館五平荘を訪れた月人と真心。得られた情報は期待を大きく外した。しかし月人は、何者かの意図のもとで、自分たちが動かされているような気がしてならなかった。月人と真心は次の目的地・木曽路は奈良井宿に向けて車を走らせた。
◇◇◇
西伊豆の海岸線を2人を乗せたミニバンは走る。
空は茜色に変わりラジオから流れるのは、少し早い夏の終わりを告げるような曲だった。
メロディが楽しかったひと時や一期一会の出会いを思い出させた。そして、やたらとノスタルジックな気持ちにさせる。
—俺は13年の間、こんな気持ちになることなどあっただろうか。
ましてや真心は..—
真心の顔を見ると、旅の疲れに寝息を立てていた。その寝顔を見て、この旅が彼女にどれだけ負担のかかる旅であるかを改めて感じた。それだけに、旅の先にあるものが、俺たちにとって意味のあるものだと信じたかった。
少し開いている窓を閉め、車は海岸線から山道へと入っていく。
バックミラーに遠ざかる西伊豆の海が—さよならを告げていた。
土肥から船原トンネルを抜け、車は伊豆縦貫道、そして富士五湖方面に向かっていく。
俺はあの海水浴場での感覚を思い出していた。
あの一瞬、俺の身体全体が高性能なセンサーのようになった。
俺は確かに広範囲のモノや人の位置を正確に把握できた。
そして.. アレは俺の視界ではなかった。
真心.. いや、燐炎から送られた視界だったのだろうか。
―あの時、太郎を助けたいと、強く願っただけだった..
そこまで思い返すと、真心のあの柔らかい唇の感触も鮮明に思い出された。
―ったく.. 何考えてるんだ俺は..
自分の頬を叩くと、車のアクセルを踏んだ。
**
富士山のひざ元である富士五湖周辺に来た頃には、18時をまわっていた。
見渡すと数々のホテルが見える。
今日はここで宿をとろう。
あとは明日だ—
軽く声をもらし寝返りを打つ真心を見てそう思った。
「おい、真心。起きろ」
「..ごめんなさい。ずっと寝ちゃってたね」
目を覚ました真心は、眠気をなくそうとホルダーに置かれた炭酸飲料に口を付けた。
「それは別にいいんだけど、それより6:30だ。どこかで飯を食べようぜ」
「うん。なんかすごくお腹減っちゃった」
有料道路を降りると、月夜に誘われて河口湖のほとりに車を停めた。
そこに『マタペルマタ』という店があった。
「ここでいいか?」
「うん、何でも大丈夫。今なら何でもおいしく食べられる」
真心は少し悪戯っぽい笑顔をして見せた。
看板横の狭い階段を2階へ上り木扉を開けた。店内は、木のテーブルが3つほどのこじんまりとした空間だ。棚には東南アジアの雑貨やカラフルな猫の置物が目についた。
メニューはインドネシア・バリ料理が中心だった。
俺は『ナシゴレン』を頼むと、真心は「全く知らないから同じでいい」と言う。
「ナシゴレンって梨の実とか入った料理なの?」
真心のおとぼけには笑ってしまいそうになるが、いたって真面目な質問なのだ。
彼女の世界は寺の境内だけだった。だから彼女は、自分の知りうる知識から必死に質問を作り出しているのだ。
「『ナシゴレン』っていうのはバリ料理のひとつだよ。バリのチャーハンって感じだ。上に目玉焼きが乗っていて横に揚げせんべいが乗っている料理だ」
「そうなんだ。楽しみぃ」
瞳は閉じていても、目を輝かせているのがわかった。
このひとつひとつが初体験なのだ。
料理が届くと、小鼻を動かして香りを楽しんでいた。
スプーンをナシゴレンに沈めると、それを口に運ぶ。
「おいしい」と明るい声に頬をほころばせた。
辛みソースが気に入ったようで、心配になるほど瓶をふっていた。
食後のお茶をすすりながら、湖上の紫色の空を見ていると、真心のつぶやきが耳に入った。
「月人さん、私、役立たずだったね」
真心は冷えたグラスに付いた水滴を指でなぞっていた。
多分、海水浴場での出来事だろう。
「私なんかより、もしかしたら『燐炎』のほうが役に—」「やめるんだ、真心。そんなことない。 絶対に」
俺はその言葉を続けさせたくなかった。
「でも..」
「俺はそんな風に思わない。例え、真心がそう思ったとしても、俺は絶対にそう思わない。俺には.. 俺には真心が大切な友人だからだ」
「..うん。ごめんね、変なこと言って」
「さあ、そろそろ宿を探そう。どうせなら温泉付きがいいよな。ちょっと奮発して貸切風呂がある部屋にしよう」
店の階段を降りると、月に照らされた河口湖が見える。
—柄にもないこと言っちゃったな.. 友人か.. まぁ友人なんだろうな..
自分が言った言葉に後悔とは違うものを感じた。
**
—部屋風呂が充実していそうな宿か.. やっぱりアレだな。
河口湖の湖畔を見渡してひときわ大きい『河口湖グランドホテル』をみつけると、そこに宿をとった。
当然、俺たちの見張りを続ける中尾さんも、きっと同じ宿をとるに違いない。
◇◇◇
次回
4章 首のない石像
『奈良井宿へと道は続く』
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