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水着選び

【前話までのあらすじ】


 旅館「五平荘」と斎木博士の接点、次に自分たちが向かうべき場所が木曽路奈良井宿の「大鳳寺」であることがわかった。先を急ごうとする月人は、初めての海水浴を楽しみにする真心の心をないがしろにした。しかし、夜空に広がる星空を見上げ、月人は考えを改めるのであった。

 「月人さん! 月人さん! 起きてよ! 大変だよ。またお姉ちゃんがいないよ」


 慌てる太郎の声に起こされる。


 見渡すと真心の布団はたたまれていた。


 「太郎君、白杖は? 真心の杖はあるか?」


 「ちょっと玄関見てくる!」


 俺は心に沸く不安を無理やり抑えながら、慌てて身支度をした。


 せっつく指先がもどかしく、ズボンのファスナーを上げる。


 すると廊下の床をはじきながら太郎が戻って来た。


 「杖も見当たらないよ。 どこにもないよ!」


 血相を変える太郎には申し訳ないが、俺はその言葉に胸をなでおろした。


 「なら、大丈夫だよ」


 「え? なんで?」


 テーブルの茶碗に残っているお茶を口に含むと、そんな俺を太郎はもどかしい顔で見ていた。


 「まぁまぁ、太郎君。真心はきっと、ここらの朝を感じに散歩しているだけだよ」


 「でもさ、また夢遊病みたいになってたら危ないじゃん」


 「大丈夫。白杖がないということは真心が起きている証拠だよ」


 太郎には『燐炎』のことも、生態AIのことも話していない。昨日の恋人岬での出来事も、夢遊病が原因としているのだ。


 さっきまで焦っていた自分を隠し、俺は落ち着いた口調で太郎に説明した。


 歯磨きを終えると自分の汗臭さに気が付き、シャワーを浴びることにした。


 後で聞いた話しだが、俺は夜中にかなりうなされていたらしい。


 呑気そうに映る俺に太郎はしびれを切らして、鞄をたすき掛けにして部屋を出ようとしたところに、ちょうど真心が戻ってきた。


 「ただいま」


 「散歩は楽しかったかい?」


 「うん。朝の散歩はやっぱりいいね」


 そんなこと言いながら微笑む真心が少し大人に見えた。


 「じゃ、朝飯を食べたら、買い物に出かけよう」


 「うん。旅の支度ね」


 「それはちょっと違うな?」


 「え? じゃ何買いに行くの?」


 「水着さ」


 その言葉に真心の顔が夏空に咲くひまわりのようになった。


 「いいの?!」


 「ああ、海に行こう。海水浴だ」


 朝食を食べ終わると、旅館の主人から教えてもらったスーパー蒼屋に向けて出発した。そこなら、衣料品コーナーやサイクリングショップもあるらしい。


 ―真心があれほどの笑顔を見せてくれるなんて.. やっぱり海に行く選択をしてよかった。


 ミニバンは松崎町へ向かった。


 ―AM8:20 松崎町―


 『スーパー蒼屋』に到着し、ラゲッジから太郎のランドナーを降ろしていると、聞きなれた声が後ろから話しかけてきた。


 「おいっ! 月人。おまえ何やってるんだ?」


 そこには見張り役の中尾さんが立っていた。


 「中尾さん、何か?」


 「『何か?』じゃないだろ。おまえ、この13年の間、自宅を丸一日以上空けたことなどなかったよな。しかもガキ2人連れて、どういう了見だ」


 『ガキ2人』という言葉は車の中にいる真心の耳にしっかり入ったようだ。真心の耳がみるみる真っ赤になっていくのが見えたからだ。


 「中尾さん、物事は何でも『初めて』があるんですよ。今まで丸一日以上部屋を空けたことがなかったなら、これが初めてってことでしょ。それに年頃の女の子に向かってガキってちょっとデリカシー足りないですよ」


 真心がうなずいているのが見えた。


 「んん~..じゃ、なんだ、上手いこと説明してみろっ!」


 中尾さんはうなずく真心をみて、直接デリカシーがないといわれた気分になったようだった。


 「では.. まず、ここにいる少年は自転車で旅をする田中太郎君。彼の自転車が故障してしまい、旅を共にすることになりました。そしてもうひとりは、以前に説明しましたよね。 俺の雇い主の城戸さんです」


 「雇い主?」


 「いやだなぁ。もう忘れちゃったんですか? 俺、介助人の仕事やっているって話したでしょ?」


 「そんな与太話を俺が信じると思っているのか?」


 「信じるも、信じないも事実だし、それに例え嘘だとしても、若い俺が若い女の子と真夏の海へ行くことの、どこが変なんでしょうか?」


 「..っ、おまえ俺に向かって.. まぁ、いい。省庁の連中には上手いこと言っておいてやる。だがな、用事がすんだら大人しく東京へ帰るんだぞ。俺にあんまり苦労を掛けないでくれ」


 「うぃっす」


 ―まったく面倒な人だよ。まぁ、あっちも同じこと思っているんだろうけど.. でもね中尾さん、わるいけど、今回ばかりは俺の思うままに行動させてもらうよ。


 ・・

 ・・・・・


 太郎君の自転車をサイクリングショップに引き渡し、3F・衣料品フロアに上がると、夏色に飾り付けられた店内は、大々的な水着セール中だった。さすがは真夏の海沿いだ。


 中央レジには夏休みのアルバイトらしき女の子が立っていた。その向こうに女性店員が売り場の整理をしているのが見えた。腰を伸ばしたところで俺と目が合ったので、手招きをしてみた。


 「いらっしゃいませ。何かお探しでしょうか?」


 「いや、あの、すいません。ちょっとあっちに..」


 店員は怪訝そうな顔つきになった。当たり前だ。俺が向かった先は女性の下着売り場だったのだから。


 壁際のほうに店員を導き、鞄から取り出した封筒を店員に手渡した。


 「い、いったい、なんですか?」


 「あの、その中にお金が入ってます。それでお願いしたいことが..」


 「え? なんですか? い、いりません」


 防御本能が前面に出てしまった。そりゃそうだ。知らない男にお金を渡されて、お願いしたいことだなんて、完全にヤバイことだ。しかも下着売り場の一角で。


 「あ、あの違うんだ。怪しいことじゃなくて、その、あっちのベンチに座っている女の子いるでしょ。あの子に似合う水着を選んでほしいんだ。俺じゃ、よくわからなくてさ」


 「あ、あぁ..なるほど。でも、それはそれで、それぞれ好みがありますし.. お店としてのお勧めはありますけど..」


 「あの子、見えないんだ。それに水着を買ったことも、おそらく着たこともないと思うんだ。だから、いろいろ教えてあげてほしいんだ」


 その言葉で女性店員は全てを理解してくれた。


 「任せてください!」と力強い言葉を残すと、急ぎ足で真心のもとへ向かった。


 ・・・・・・

 ・・・・

 ・・


 待つこと30分。


 自転車パンク修理が終わった太郎君も急いで駆け付けてくれた。


 いよいよ、真心の水着姿のお披露目だ。


 トップはホワイトベースに淡い黄色のグラデーションカラーが可愛いビスチェ風。ボトムはビキニスカートで真心が安心して遊べる水着になっている。


 どのように見られているのかわからない真心は恥ずかしそうに聞く。


 「ど、どうかな?」と真心が恥ずかしそうに尋ねた。



 「べつ.. Goodチョイスだ! 凄く可愛いと思う!」



 いつもの照れ隠しの『べつに..』が口をついたが慌てて引っ込めた。単純な感想だったけど、真心の機嫌はどうであろうか..


 そこには、どこにでもいる16歳の女の子の笑顔があった。


 その笑顔に俺の心臓は固い石になったような気がした。—何だろうか、この締め付けられるような胸の感覚は..


 「よ、よし、真心! このまま海に行くぞ!」


 少し戸惑い気味の真心の肩に上着を羽織らせると、その小さな手を引いて店を出た。


 店を振り向くと、さっきの女性店員が指でOKサインをだしていた。



 ——少しばかり前に遡るが、真心が試着室にいる時、俺は太郎君とある取引をした。


 それは、自転車の修理費を出す代わりに、海での過ごし方を教えてもらうことだった。実は海水浴に行くのは俺も初めてだった。


 仕事の時以外は、世間と交流を持たなかった俺は、友達というものも作らなかった。だから、アウトドアはもちろん、遊びというものを知らないのだ。海に行って、いったいどう過ごすのかが全く分からなかった。


 太郎君は実に意外そうな顔をして「ほんとう? お兄ちゃん、遊び慣れてそうだけど?」などと言っていた。


 そうなのだ。何を隠そうこんなにチャラそうな俺はかっこだけの男だ。


 「わかったよ。じゃ、まずは海水浴の基本3本柱を教えてあげるよ。『①海の家、②ラーメンorカレーライス、③かき氷or焼きもろこし』だよ!」


 太郎君はひとつひとつ指を立てながら、講師さながらにレクチャーする。

 

 「あのさ、それ、ほんとうか? 『海の家』はわかるけど②と③は、ただの食べ物じゃんか」


 「やだなぁ。月人さん、本当に素人なんだから..」


 『—だから、さっきから、そう言ってるだろ』と俺は心の中でつぶやいた。


 「そういうものなんだよ!  理屈はいいから、僕を信じて!」


 『—本当は太郎が食べたいだけじゃないのか?』という疑いが大きかったが、まずは信じることにした——



 スーパー蒼屋のわきの暗い裏路地を抜けていく。その先には青い水に宝石をこぼしたように輝く松崎の海が広がっていた。


 海鳥が鳴き、さわさわと優しい波音に混じる子供たちの声。


 海風が頬に触れると、目の見えない真心は、その場に足を止めた。全身に降り注ぐ光を感じているのだ。そして、風にさらわれた髪をそっと耳にかけた。彼女は、焼けた砂と潮の香りを胸いっぱいに吸い込んでいた。

◇◇◇

 次回

 3章 海に響く鐘

 『海水浴』

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