生態AIをめぐる―file03
【前話までのあらすじ】
月人は警視庁テロ対の中尾さんに12年前の偽装された臨床実験と斎木博士失踪までにどんな事情が交錯し、何が起こったのかを改めて尋ねた。中尾さんは依然より事細かにその顛末を話すのだった。
◇◇◇
「ああ.. 覚えているよ。その日のことは..」
「お前には辛い思い出だな。だが、お前は、引き換えに声を取り戻した。確か、記録にはストレス誘発性音声回復とか書いてあった」
―たしかに俺の記録にはそう書かれてあった。そのおかげで俺はこうして自由でいられる。もしも、それが生態AIのおかげだと診断されていれば、俺は研究所のモルモットになっていただろう..
「俺のことより、その後、斎木博士はどうなったんですか?」
「さぁ、それが全く足取りをつかめていない。国外にデータを持って逃げたとも言われているが、本当のところはわからない。まぁ、俺はテロ対策チームの窓際だから、知らされていないだけなのかもしれない。 俺はお前を見張るだけの役目だからな」
「そうですか..」
「だが、月人、これだけは忘れないでくれ。俺はお前の父親、赤根班長に世話になった。お前が困っていれば俺はお前を助ける。それが副隊長への恩返しだ」
「わかってますよ、中尾さん」
―そうだ.. 俺の親父は犯罪組織の報復テロにより死んだ。
テロ対策特別チーム支部に仕掛けられた爆発物に親父はいち早く気が付いた。親父は窓側にいた中尾さんを外に突き飛ばした。そして中尾さん以外の隊員は跡形もなく吹き飛んだ。親父も含めて..
窓から階下に落とされた中尾さんは両脚を複雑骨折した。旧テロ対チームの唯一の生き残りとなった。
足に後遺症が残った中尾さんは、自ら一線から退き、そして生態AIを移植された俺の見張り役となったんだ。
俺の異変を事細かに見張り、絶えず俺に接触しようとする者に目を光らせている。
中尾さんにとっては、真心も警戒すべき人物になっているのかもしれない
・・・・・・
・・
―現在—
「真心、これが今、俺が知っている全てだ。それともうひとつ、俺は感情が高ぶると、時々何かを作動させてしまう。信号機から家電までオートメーション化しているもの全てだ。君にはそういうことはないのか?」
「よくわからない。私は見えるだけなの。ただ、燐炎の目に映るものには、必ず数値が付いている」
「分析した数値か..」
「うん、林縁の分析は終わりがないの」
**
翌朝、俺たちは、静岡県は西伊豆に向かって出発した。
車の窓を開けると、そよ風が真心の髪をなでた。髪を耳にかける彼女の唇は、朝の光に嬉しそうな光を帯びていた。
時折、おでこがあらわになる彼女の表情を、運転席から確認した。
「朝の空気が気持ちいいね」
俺は彼女にどっぷりと感情移入してしまったのかもしれない。
彼女が思いを言葉にする度に、その表情を目で追ってしまう。
しかし..
燐炎。俺はその存在を忘れてはいけない。
燐炎が真心の意識を完全に支配する。その期限はきっと近いのだ。
車は沼津から伊豆縦貫道を降りると土肥へ抜ける道に入る。
峠を越え、そして一本道の先に土肥の海が見えた。
「これは何の香り? 緑の匂いとも違う。この鼻をくすぐる香り」
「これは潮の香りだよ」
「海ね! 海が近いのね。 そっかぁ。これが海の香り.. 何となく懐かしい。 ねぇ、月人さん、海はどんな色してる?」
「青いよ。陽ざしに照らされた海は一面真っ青だよ」
「空の色みたいに?」
「それよりももっと濃い青だよ」
「見てみたいなぁ..」
車は県道136号線、潮騒の道を走っていく。
◇◇◇
次回
3章 海に響く鐘
『ランドナーに乗る少年』
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