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斎木博士の手がかり

【前話までのあらすじ】


茨城県牛久にある五暁寺ごぎょうでらに向かう月人と真心。そこは真心が幼少から育った寺だった。真心が帰るや、住職が迎え出る。しかし、真心に浴びせられる言葉には優しさの一欠けらも感じることができないものだった。さらに、住職は関係者以外の知らない月人の存在を知っていた。

◇◇◇

 俺と真心は住職に連れられ本堂で話すこととなった。


 「さっきは我ながら浅ましい言葉でした。申し訳ありませんでした」


 向かい合った住職は手をつき自分の非礼を詫びた。その声からは、言葉通り、さっきの自分の発言や態度に対しての後悔の思いが伝わってきた。


 しかし、一方、それは長年多くの人々に説教をしてきた住職のスキルのひとつではないか、と穿った見方をする自分がいた。


 世の中には先に謝ったほうが勝ちという時もある。つまり詫びを最初に入れさえすれば相手は、まずは黙って話を聞くしかない。


 住職の謝罪の言葉の後、しばらくの間、本堂に佇む静寂が俺たちを包み込んだ。


 「信じてほしい。真心を心配していなかったわけではないのです。ただこんな事は、この子が6歳の時以来なかった。あの時の事を思い出すと、『約束』を果たせないのではと、ついイラついてしまい.. 情けない。私は弱いですな」


 「ああ、あんたが情けないのはわかったよ。それよりも寺の住職であるあんたが、なぜ俺のことを知っているんだ?」


 「いや、君のことは存じ上げません。あぁ、その前に、私は澄徳ちょうとくと申します」


 ―ここは反発せず、会話の中から探ったほうがいいだろう..


 「俺は赤根だ。赤根月人あかねつきとだ」


 若い僧侶が冷たいお茶を汲み置くと、足音を鳴らさずに出て行った。


 空いた扉の隙をつくように庭の蝉の鳴き声が大きな音を立てる。


 「ごめんなさい。おじさま」


 蝉にかき消されてしまいそうな華細い声で真心が謝った。


 「だいたいの事柄は真心から聞いている。俺がここに来たのは、『斎木博士の居場所』それと、『ある場所の手がかり』が欲しいからだ」


 横にいる真心が軽く袖を引いた。


 おそらく『斎木博士の居場所』のことなど真心は俺に求めていなかったからだ。


 俺の勝手な発言だ。


 たぶん全ての根っこは、そこにあると俺は思っていた。


 そして『だいたいの事柄は真心から聞いている』というのは、単にブラフだ。そう言ってしまえば澄徳もはぐらかすことはできない。


 澄徳は目を閉じながら考えをまとめているようだ。


 「斎木博士が今、どこにいるのかはわかりません。だが彼が、何を頼りに動いているのかは想像できます」


 「何か頼りどころがあるってことか?」


 「..斎木博士と我々の親交は、彼の趣味から始まりました。おそらく彼には神仏に対する信仰心など、さほどなかったのでしょう。彼はただ歴史ある『寺』が好きだったのです」


 「寺か..」


 俺は先日、頭に流れ込んできた寺の映像を思い出した。


 「はい。斎木博士は科学者です。進化を求める方でした。同時に『時の移ろい』に深く感じ入る方でした。それ故に、長い歴史を持ち、その佇まいを今も保つ『寺』の空間を好まれたのでしょう」


 「なるほど、しかし、斎木博士とたったそれだけの付き合いで、真心を預かるとは、お寺さんというのは優しいものなんだな」


 「はい、その通りです。私は両親のいない盲目の少女をひとりきりにするような真似はできません。それに、斎木博士との付き合いは、『たったそれだけ』のものではありません」


 「そうなんですか、おじさま」


 その事実は真心も知らなかったようだ。


 「ええ。この五暁寺と斎木博士との付き合いは、彼がまだ高校生の頃からのものなのですよ。夏休みなどは、住み込みの僧侶と共に寝食を共にしておりました。それくらいに彼は『寺』を好んでおりました」


 真心は父親の過去の話を興味深そうに聞いていたが、俺はその話の腰を折った。


 「それで、博士の『頼りどころ』っていうのは?」


 「はい。博士は私が築いた『永承会えいしょうかい』の集まりにも参加するようになったのです。名前こそ堅苦しいのですが、単にSNSを通じて知り合った寺の跡継ぎコミュニティです。定期的に飲み会を開いたり旅行に行ったりしながら、日頃の鬱憤晴らしをする会でした。会員の多くは由緒ある寺の住職でしたから彼は喜んでいました。積極的に会合に参加したり、時には彼が旅行を計画したりもしておりました。おそらく、彼が身を寄せるとすればその会員の住職、もしくはその寺でしょう。可能性はかなりあると思います」


 「澄徳さん、あなたは、斎木博士が出て行った後、『永承会』の仲間に連絡しなかったのか?」


 「しておりません。私は、この子を預かったのを折に、多くの関りを絶ったのです。赤根君、君ならその訳がわかるでしょ。私にとって、斎木博士が持ちこんだ事柄はリスクが大きすぎたのですよ。私はそのリスクからこの子だけは、どうにか守りたかった」


 俺は住職の考えに納得してしまった。


 「いつか私の想像を超える者たちが、この寺の門を叩くのではないか。正直、私は怖かった。心無い連中に真心を奪われることが怖かったのです。幽閉しておくことは心苦しかった。しかし、私は.. ただ、その子に悲しみの涙を流させたくなかったのです」


 「わかったよ。最後に、もう一つ聞きたい。ある日、俺の脳裏に断片的な映像が流れ込んできたんだ。『海』、『鐘』、『手のモニュメント』『大きなだるま』、そして『寺』だ。直観でもいい。思い当たる場所はないか?」


 「ああ、それならわかります。おそらく、それは西伊豆にある恋人岬と近くにある『達磨寺』でしょう。寺は『永承会』の会員ではありませんが、私が若いころ妻と訪れたことがある場所です」


 照れ臭そうな顔をしている澄徳さんを見て思った。人が場所を思い出す時、きっかけは、その地に一緒に訪れた大切な人なのかもしれない。忘れられない『思い出』とはそういうものなのかもしれないな..


 「澄徳さん、ありがとうございました。いろいろ無礼を言いましたが、許してください。参考になりました。俺は真心をこのまま旅に連れて行こうと思います。もし、教えてほしいことがあったら連絡してもいいですか」


 「そうですか.. 赤根さん、これだけは守っていただけませんか。どんなことがあっても、真心をひとりにしないでほしい。それさえ、守っていただけるのなら、私はできる限りのことをいたします」


 「 ..わかりました。真心の問題は俺の問題と共通しています。俺はあなたも感づいている通りの存在です」


 「やはり.. どうかお願いいたします」


 そう言うと澄徳さんは深々と頭を下げた。


 俺は、どういう環境であれ、身内でもない真心を育てた澄徳さんに敬意を抱いた。俺には、彼の心労が容易に想像できたからだ。


・・・・・・

・・


 真心の手を取り楼門を出る前に、俺はもう一度、澄徳さんに向き直って聞いた。


 「澄徳さん、最後にもう一つだけ教えてほしい。さっき『約束を果たせない』とか言っていましたね。それってなんですか?」


 澄徳は一瞬、迷った顔をした。


 「..『約束』とは、『燐炎りんか』に押し付けられたものです。『もう一人に会わせるな』です。ですが、もういいのです。 ..赤根さん、どうか真心をお願いします。どうか、無事に..」


 澄徳さんは懐からハンカチをだすと、涙にぬれる真心の頬にそっとあてた。それは娘を送り出す父親そのものだった。


 そして俺たちが見えなくなるまで、ずっと手を振っていた。



・・

・・・・・・



「―赤根さん、すいません。君を前にして、私には言葉を正確にお伝えすることが出来ませんでした。燐炎の約束の言葉とは『もうひとつのモノに併わせるな』だったのです..」

◇◇◇

 次回予告

 2章 下総国五暁寺

 『お父さんに言いたい!』

 6/15日曜日17:00 投稿予定 お楽しみに♪


 どうぞコメント、レビュー、評価をお待ちしています。

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