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許されない生き方

【前話までのあらすじ】


月人は真心に接触した理由を問い詰めた。すると、真心の瞼が開いた。青白い瞳を持つもうひとりの真心は、月人に「邪魔をするな」と警告するのだった。同時に月人の脳内にはある景色がフラッシュバックした。今、月人と真心の生態AIをめぐる物語が始まった。月人は手始めに真心の育った茨城県牛久へ出発する。

◇◇◇

 五暁寺ごぎょうでらは安土桃山時代からの由緒正しき寺だ。


 敵の追尾を受けていた名のある武者が馬小屋に身を隠していた。その晩、『五つ日が昇ったら北西にお逃げなさい。それまでこの馬小屋に身を隠しなさい』と馬の口からお告げがあった。武者はその言葉に従うと追手から逃れることが出来た。


 やがて、武者は出家し、馬小屋があった地に寺を建立した。それが真心の育った『五暁寺』の由来だ。


 俺は真心を助手席に乗せ車を走らせた。すでに窓の外は、都市部とは異なり、のどかな畑が広がる風景になっていた。


 当然、中尾さんが追いかけてきたのだが、下手に撒くことはせずに、行楽日のドライブを装った。


 「真心、君の父親、それは博士.. 斎木博士なのだろう?」


 「なぜ、知っているの?」


 「そんなこと当時の関係者ならピンと来るよ。斎木博士はひとり娘のために研究していた。君への移植は非公表になされた。 ..公表されたのは俺への実験だけだ。博士にとっては、俺なんてどうでもいい存在だった。だから失敗させた。まっ、倫理観でうるさい連中を鎮めるための捨て石さ」


 自分の言葉をすぐに振り返り、後悔した。今のは会話の流れとは言え、真心の父を責めるような言葉だった。


 俺は、助手席に座る彼女の握りしめた手を見ることしかできなかった。


 「なぁ、真心。なんで君は「城戸」を名乗っているんだ」


 「『城戸』はお母さんの苗字なの。お父さんは私を寺に捨てて出て行ってしまったから」


 「お父さんを恨んでるのか?」


 「 ..」


 ―そうか、真心は恨み切れずに揺れ続けているんだ。


 しかし、母方の苗字を名乗ったのは、偶然とはいえ賢明な判断だ。博士の痕跡は少ないほうがいい。世間から目立たないように生きてきたからこそ、彼女は13年もの間、様々な追跡から逃れることができたのだ。


 おかげで『斎木博士の娘は死んだ』という噂が真実となっている。


 ―しかし3歳から両親なしで生きてきたのか..


 中尾さんから聞いている。確か斎木博士の奥さんは難産の末、亡くなったという話。つまり真心を産んで亡くなったのだ。


 「親がいなくてさびしかったかい?」


 「うん.. でも、それより私は一度外に出てみたかった。目は見えないせいで外の世界に触れることができないことのほうが辛かった」


 『生態AI』に振り回されてきた人生というものは何となく想像はできた。しかし、今の真心の言葉に、俺は正直驚いた。


 「外の世界? それってどういうことだ?」


 「私、お寺から外に出たことがなかったから」


 「『出たことなかった』てのは『お寺暮らしだった』ってことだよな?」


 「ううん。言葉のままだよ。私は寺の敷地から外にでることは許されなかった。だって、私は存在しないモノだから。本当は『城戸』の姓も『斎木』の姓も私にはない。私は、何もないただの『真心』。でもそれってさ.. 『城戸』を名乗っているのは、ただ自分で名乗っているだけなんだ」


 ―なんてことだ。真心は俺と同じような境遇と思っていた。でも違った。全然違っていた。


 この「くそAI」の為、父に捨てられ13年もの間、塀の中に閉じ込められていたんだ。


 俺は自分の中でいつも思っていた。


 『なんてくそったれな人生』と。


 でもこの子に比べたら、俺なんか全然恵まれていた。


 俺は監視や検査というおまけつきだが、自由に外に出ることができた。


 金だってサラリーマンが生涯をかけて稼ぐ以上の金が口座に補充されている。その上、返済する必要のないクレジットカード付きだ。


 勉強も仕事もしなくても贅沢な生活が約束されていた。


 危険な俺が世界に対して不満を持たないための措置だ。


 でも、俺はいつ頃からか『虚しさ』を感じていた。


 たぶん、人は自分が成し遂げた事への達成感をモチベにして人生を謳歌するのだろう。


 俺にはそれが許されないのではないかという虚しさだ。


 しかし、そんなものは所詮、俺のお気持ち次第のものだったんだ。


 俺は社会における『存在』が許されていた。


 おしぼり業者の仕事をすれば、卸し先のスナックのママの優しさに触れることもあった。


 真心にはそれすらなかった。何もなかったんだ。


 「でもね、お寺の人たちは、とても親切だったよ.. 『彼女』が現れるまでは。」


 「『彼女』か.. アレは突然でてきたのか?」


 真心は首を横に大きく振る。


 「 ..『彼女』は昔からいた。小さいころは、私の独り言に相槌を打つ存在だった。最初は『うん』とか『そうね』程度の言葉だった。でも、そのうち私を励ます言葉となり、私が寂しさに眠れない時には鼻歌を歌ってくれる存在になった。『彼女』は、とってもやさしくて穏やかだった。でも、私の中に花や木、空、川などの映像が見え始めた頃から『彼女』が変わってきた。『私がもっと見たい』と心に願うと、『それ以上欲しいと思ってはダメだ』と強く否定するようになった。それどころか、私の瞼を無理やりこじ開けようとし始めた。そして、寺の人たちから畏怖を込めて『りんか』と呼ばれるようになったの」


 「『りんか』?」


 「うん。まるで『燐の炎』のような青白い目だって..」


 そこまで話すと自動車は五暁寺に到着した。


 ・・・・・

 ・・

 

 寺の桜門ろうもんを跨ぐと、真心に気が付いた僧侶が「か、帰ってきた!」と慌てて庫裡くりへと走っていった。


 俺の服の裾をつまむ真心の指に力が入るのを感じた。


 間もなく、玄関の扉が勢いよく開くと、住職が出てきた。


 「馬鹿者が! なぜ外に出た! しかも変な奴を連れて来おって!」


 「ちょっと待ってくれ。娘が20日も行方知れずだったんだ。もう少し言い方があるだろ?」


 住職は口をはさんだ俺を睨むと「こっちに来い!」と真心の腕を強く引っ張った。


 「痛いっ」


 ―こんなのが真心の言う『やさしい人たち』なのか?


 「おい、ハゲ坊主。待てよ!」


 「なんだ、お前。 金か? 金が欲しいのか。いやしい奴だ。」


 そういうと財布から万札を数枚取り出し、俺の前に突き出した。


 「 ..そうそう、これこれ。これを貰わないとな」


 俺は金を受け取ると、ライターで火をつけた。そして、その炎を住職の顔の前に近づけた。


 「この火は『青白く』は燃えねぇな..」


 その言葉に、住職の顔がこわばった。


 「お前! ..まさか!?」


 「なぁ、真心。この坊さんは、どうも俺たちの知らない事情を知ってそうだぜ」


 楼門の柱の陰に『中尾さん』の気配を感じた。


 「ご住職、ここで話すのもなんだろ? まず建物の中に入れてくれないかな?」


 俺が目くばせをすると、住職も『中尾さん』の存在に気が付いた。


 「わ、わかった。では、あちらで話そう」


 俺たちは若い僧侶の案内で本堂へと連れていかれた。

◇◇◇

 次回予告

 2章 下総国五暁寺

 『斎木博士の手掛かり』

 6/14土曜日17:00 投稿予定 お楽しみに♪


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