不適合者の力
俺はゲームをやらない。
いや、正確にはネットゲームの類はやらない。
なぜなら、どんなネットゲームも、いつの間にか俺の都合の良い展開になってしまうことが多いからだ。
『そりゃ、いいじゃないか!』だって??
なぁ、あんた、画面上で垂れ流されるゲームPVを眺めて、自分がプレイした気分になるか?
俺にとってはすべてのゲームがそんな気分になっちまうんだよ。
だから俺はトランプ、花札のカードゲーム、もしくは昔ながらの『人生ゲーム』というボードゲームのほうがよっぽど面白い。
しかし、今の時代、そんなレトロゲームなど骨とう品屋にだって置いてやしないさ。
それがゲームの話ならまだいい。
俺の場合、事はもっとやっかいなんだ。
・・・・・・
・・
「クソ! 急いでるのに!」
今日も俺は飲食店へのおしぼりの配達をしている。
ただでさえ、週末で忙しいのに、腹痛で休んだ奴の分まで回らなきゃいけない。
たいした金にもならないこの仕事、いったい何時に終わるんだ..
そのうえ、さっきから行く先々で赤信号が俺の邪魔をする。
「早く変わりやがれ!!」
ようやく青に変わった信号をきちんと守り、車のアクセルを踏んだ。
―フォン!! という音とともに赤色灯が見えた。
「 ..ち、 ついてない!」
覆面パトカーから降りてくるのは、どうせいつものあの人だ。
「月人、まただぞ。ほんの1.5秒くらい待てないのか?」
「中尾さん、俺は安全運転を心がけてますよ。今日は忙しいんです、勘弁してください」
「やれやれ、ものは言いようだな.. 忙しい理由が仕事だろうが、便所だろうが、お前は気持ちをもっと自制しろ。なぁ、俺はお前を心配して言ってるんだぞ」
「わかってますよ。あまりに仕事に追われて、つい『思って』しまったんです。気を付けます」
「まぁ、いい。今日はたまたま偶然が重なったってことにしてやる。でも普段から気をつけろよ。お前に何かあったら、親父さんに顔向けできない。それといい加減、そんな仕事なんてやめてしまえよ」
「それは無理ですよ。だって仕事してなきゃ、俺なんか世界に存在していないのと同じじゃないですか」
「おまえなぁ.. 一応、記録だけはつけておくぞ。IDカードを出せ」
「はいはい..」
『東京都渋谷区幡ヶ谷〇―2198―16F 赤根月人 21歳 抹消・有』
「お前ももう21歳か。何か相談がある時は遠慮なく言えよ」
他の警官に呼び止められたなら俺はイラついていたに違いない。
しかし、中尾さん、この人は別だ。むしろ、ある意味申し訳ないと思っている。
俺が生きているばかりに、ベテランでありながらも、こんな監視の職務についていなきゃならないのだから..
・・・・・・
・・・・
・・
―そこは、繁華街のはずれ。うす暗いネオンがちらつく階段を降りた半地下にある小さなスナック。
酔っ払いに割られた看板は透明なテープで補修されていた。
届けるおしぼりの数は、店の繁盛を物語る。
この店のおしぼりも多いとは言い難いものだ。
車からカゴを手に取ると、さっさと済ませてしまおうと思った。
「やっとこの店で終わりだ.. やれやれ」
つい安堵から言葉がもれてしまった。
ドアノブに手を掛けようとすると、店の数少ない常連客が出てきた。
上機嫌な客と入れ違いで店の中に入った。
「毎度、丸下リネンサービスです」
見送りの笑顔を作っていたホステスは、俺を見るなり、見慣れた愛想のない顔に戻った。
いつものところにおしぼりを置いて、使用済みのカゴを抱えた。
―やれやれ、これで本当に終わりだ。
「ありがとうございました。 またよろしくお願いします」
商売上の明るい声であいさつして、俺はさっさと速足でドアに向った。
「あら、ちょっと待って月人君。あなた、ケガしているんじゃない?」
ドアに手をかけた時、店主の真矢さんが声をかけてきた。
「ああ、さっき荷物を降ろす時にひっかけたんですね。大丈夫、かすり傷です」
肘のかすり傷の血が白いシャツに付着して、実際の怪我よりも大げさに見えていた。
「ダメよ。ちょっと、待ってね。えっと.. 絆創膏あったかな。 あった、あった!」
「真矢さん、大丈夫ですよ。大げさだなぁ」
「大丈夫でもいいの! ほら、貼るよ!」
俺よりひと回りくらい年上の真矢さんは、おにぎりだの飲み物、寒い時にはカイロとか、余計なおせっかいをやく人だ。
こんな俺にも優しく接してくれる。いや、きっと誰にでも優しい人なのだろう。
「 ..どうも」
「うん。じゃ、気を付けてね」
「はい、じゃ。伝票、ここに置いておきますんで」
俺が出ていこうとすると、見るからに取り立て屋と顔に書いてあるような輩が入ってきた。
「どぉも、真矢さん、こんばんは。今日も綺麗だねぇ」
その男の言葉は、一瞬で真矢さんの明るい笑顔に影を落とした
「あっ.. 東さん。 ..ちょっと、今月は待ってくれないかな?」
「でもねぇ、先月分もまだ残ってるんですよ。ほら、これを見てくださいよ」
「わかってる。来月の頭には払えると思うから」
男がスマホで見せているのは電子証文の類だろう.. あれが銀行の加護のもと合法化されているのだ。銀行の皮を被った闇金の類だ。まったく世も末だ。
「みなさん、そういうこと言って、雪だるまになっていくんです。 私はね、真矢さんを大切に思ってるから言ってるんですよ。ねぇ、わかるでしょ?」
「え、ええ。それは、わかってます」
「それなら、私の提案も少しは考えてみてもいい頃では? 真矢さんならきっと毎月の指名トップだ。 なんなら、私が男の喜ぶポイントをいろいろ指導してあげますし。 こんな店やるよりよっぽど稼げますよ」
男の吐く息に真矢さんの嫌悪感が伝わった。そして、それは男も承知の上なのだろう。
「あの、真矢さん、俺、失礼します」
俺には関係ないことだ。
全然、関わり合いがないこと。関われば余計な面倒ごとが俺に降りかかる。
―また、中尾さんに迷惑かけてしまう。
俺は店から出てドアを閉め、あとは家に帰るだけだ。
それでも、『親切にしてくれた真矢さんが困るのは嫌だな。』って少し思ってしまった。
次の瞬間、ドアの向こうから声がした。
「なんだ、こりゃ!! ..バグったか? き、消えちまった! いったいなんだ!?」
闇金野郎はドアを開けると慌てて出て行った。
たぶん今頃、奴の会社の電子証文なんて、青虫が葉っぱをザクザク食べるように、この世から消えてしまっているだろう。
「あ~あ、中尾さんに何て言い訳しようかな..」
それは起きたり起きなかったり。
いや、本当は起きないことのほうが多い。
所詮、俺は不適合者なのだから。
あの日、ただの替え玉として用意された偽の器なのだから。
**
——とてもやわらかい色。
これが葉っぱなんだね。
そしてこれが陽ざし、とても暖かい色ね。
ありがとう。
いろいろ見せてくれて。
あなたの名前は?——
「俺は!!」
俺の安眠は妨害された。
あの日から、見えない声が夢を支配し始めた。
そして、今もそのやわらかな声が頭の中に響き続けているんだ。
◇◇◇
次回
1章 夢の中の声
『ep02 白杖を持つ少女』
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