乱入者の介入
時は、物語は、巻き戻る――
「嗚呼、その悲鳴だけでも良い嗜虐心を味わえます。
ですが、私が望んでいるのは、愛する人の死に自分の無力さに絶望し苦しむあなたの表情ですから、ね」
勇者アルオーンは死病に侵されてた少女チェルシーへと、聖剣フィーリアを突き刺そうとしていた。
「止めろ……止めてくれ……!」
「そうだな、我も同意見だ」
「誰の声です? 邪魔をしないでいただきたいのですが……?」
黒き魔神チェルノボークの悲鳴に被さるように、この場にはいない第三者の声が玉座の間に響いた。
勇者アルオーンも三体の白銀の甲冑たちに命じ、声の主を探そうと辺りを見回すために、聖剣フィーリアでチェルシーを突き刺そうとした構えを崩す。
「……誰の声だ……? ……もしや……チェルシーを……助けるためなのか……?」
謎の第三者の声についてチェルノボークは推理する。
「私の興を削ぐことは、どういうことか分からないようですね……。
姿を現したらいかがですか? でなければ、この女を予定通りに殺します」
嗜虐なる楽しみを邪魔された勇者アルオーンは、黒き魔神であるチェルノボークを封印するため。
そして、人質であるチェルシーの殺害を武器にして声の主を挑発する。
「ふん、安い挑発だ。
しかし、我が主が用意してくれた我の渇望を満たす舞台を台無しにするわけにはいかぬのでな。
貴様たちの前に姿を現してやろう。貴様の好きな前座を付けてから、な」
第三者の声がそう響き終えると、三体の白銀の甲冑たちの足元に同数の漆黒の巨大な刃が現れた。
足元から現れた漆黒の巨刃は三体の白銀の甲冑たちを、一息に串刺しにする。
『……!?』
『……!?』
『……!?』
三体の白銀の甲冑たちは、無言のままに声無き叫び声で。
主たる勇者アルオーンへと助けを求めるかのように、篭手しかない手を伸ばした。
しかしやがて、力尽きて篭手から床へと落ちていき、玉座の間に金属音を悲しく響き渡らせる。
「ふん、この程度で壊れるとは都合が良いだけの役に立たない人形たちですね」
三体の白銀の甲冑たちの死に様に、勇者アルオーンは弔いの言葉ではなく、侮蔑の言葉を吐き捨てる。
「仮にも、貴様に与えられた者たちであろうに。ひどい言い様だな。
前座も終えたことだ。我の姿を見せてやろう」
第三者の声は先ほど力尽きた。
否、倒した三体の白銀の甲冑たちに、わずかに哀れみの言葉を言ってから。
勇者アルオーンへと。
黒き魔神チェルノボークへと。
死病に冒された少女チェルシーへと。
声だけの状態から玉座の間に。
神々の顕現の真似事をするかのように。
その姿を現した。
体の白銀の甲冑たちを串刺しにした、三本の漆黒の巨大な刃。
それが、三本の漆黒のベールのように宙をたゆたう。
そして、チェルノボークが崩れ落ちている玉座の前方。勇者アルオーンの目の前という絶妙な位置に留まる。
そこで、黒いベールで構成された球体となった。
「これは……?」
眼前で生じている想定していない異常に、勇者アルオーンは不可解に呟く。
「……何が起ころうと……している?」
チェルノボークも勇者アルオーンと同じく、不可解に呟く。
やがて、黒いベールの球体が収束していき、霧散した。
そして、霧散した地点にいたのは、玉座の間に声だけを響かせていた存在にして、三体の白銀の甲冑たちを刺し貫いた存在。
黒衣を纏った人影がいた。
「先ほどまで声を聞かせていたから、初めましてと言うのは変だな。
まぁいい、名を名乗ろう。我が名はサタン。魔王サタンだ。
以後お見知りおきを。黒き魔神チェルノボーク殿と、寵姫チェルシー殿。
そして、勇者アルオーン殿」
短身痩躯の身に黒衣黒髪。
右手には黄金の竜杖。左目に黒い眼帯。
覗く右目には紅紫色の眼をした、魔王サタンはそう言った。
「あなたですね、私の邪魔をしたのは。
何のつもりなのかは――あなたの主とは何なのかは知りません。
ですが、これ以上、私の邪魔をするなら、そこに倒れ伏している黒き魔神と同じようにします」
愉悦を得る楽しみを邪魔された勇者アルオーンは、乱入者である魔王サタンへと、強者の威と侮蔑の憎悪を入り混ぜる。
そして、勇者として、また王子としての矜持なのか。
警告とも述べる言葉を告げた。
「そもそも、我は貴様の邪魔をするために、いや、貴様に敗北の苦汁を舐めさせるために現れたのだがな。
ゆえに、貴様の言葉に従う道理など我に取っては、どうでもいいことだ」
勇者アルオーンのただ一度の警告を、魔王サタンは無礼を隠さずに吐き破る。
「そうですか。なら、彼女を殺してから、そこで倒れ伏している黒き魔神を封印する前に、あなたを殺すとしましょうか」
「……っ……!?」
「……やめろ……チェルシーを……殺めるのは……やめろ……!!」
勇者アルオーンに無理やり腕を引っ張られ。
聖剣フィーリアという凶刃を向けられたチェルシー。
チェルシーは死病により抗う力もなく、声無き短い悲鳴をあげる。
愛する者への無慈悲な扱いを。
チェルノボークは凶刃から救うことも。
傷だらけの身ゆえにできぬことを歯噛みしながら。
ただ……見ていることしかできない。
しかし、その時は――短い。
なぜなら、魔王サタンがいるから。
「我がみすみす、そのような凶刃を許すとでも?
その前に我が寵姫殿を救い出せば良いだけのことだ」
魔王サタンはそう言うと。
一呼吸で黄金の竜杖を勇者アルオーンへと向けて、わずかに呪を纏わせ勇者アルオーンのこめかみへと、瞬速で突き出した。
「……なっ……くっ……!?」
人体の急所の一つであるこめかみへの強打を受け、勇者アルオーンは気絶しチェルシーを引っ張っていた手を緩ませる。
自ら生み出した隙を突いて魔王サタンは、自身が黒衣として纏っている闇を一部裂き取って闇の鞭を形成した。
「ふん。ああ、そういえば、寵姫殿は死病に冒されていたんだったな。なら、こうするか」
そして、チェルシーの身体を絡め捕り闇の鞭を闇の霧に変換させてから、
「……あれ、……温かい……?」
チェルシーの身体を覆い包む黒い球体にさせた。
「……あたし……どうなるの……?」
「……魔王サタンと言ったか……。
……チェルシーをどうするつもりだ……?」
突然の出来事に不安になるチェルシーと、傷だらけの身ながらも心配するチェルノボーク。
「安心してほしい。
ただ、この勇者から引き離して、魔神殿のもとに置くだけだ」
魔王サタンは軽く笑いながら、チェルシーとチェルノボークにそう言って。
チェルシーの身体を覆い包む黒い球体をゆっくりと、チェルノボークが倒れ伏している玉座付近へと動かした。
「……すまない……感謝しよう……」
「……助けていただき……ありがとうございます……」
傷だらけの身と死病に冒された身。
それでも、二人は受けた恩への感謝を忘れない。
「気にするな、と言っても無駄だろうな。
さて、勇者殿は気絶させただけに過ぎないから、もうじき目が覚めるだろう。
魔神殿はしばらく回復に努めながら、邪魔が入らないよう寵姫殿を守ってもらいたい。
勇者殿の相手は。いや、勇者の相手は我がしよう。
そもそも、我はそのために来たのだからな」
魔王サタンは、チェルノボークとチェルシーにそう告げた。
「くっ……先ほどは油断しましたがもう油断はしません。
魔王サタン……あなたを倒してから私の野心を満たさせていただきます。
魔神封印という功績で世界統一を成し遂げるという野心を!」
気絶から回復した勇者アルオーンは、魔王サタンに戦いの意を叫んだ。
「貴様は哀れな人形だ。
壮大な野心を抱きながら決して叶わぬことを認められぬのだからな。
まぁいい、貴様と戦うことで貴様の抱いた野心を砕き散らせば良いだけのことだ」
魔王サタンは手にしている黄金の竜杖を一振りし黄金竜麟の片手剣にする。
そして、勇者アルオーンへと戦いの意を返した。
そして、魔王サタンと勇者アルオーンの戦いの火蓋は切り落とされた――。