アフターアヴィド
魔王サタンがアヴィドの地を去った後のこと。遺されたアヴィドの地に、滅んだ地に、数多の世界の残骸が降り注いだ。
牢獄のような壊れた鳥籠。無数の外れた手錠を揺らしながら。
鳥籠の中心には、一人の女性が豪奢な服装をして茫然と佇んでいた。名をリリス・バビロニアと言った。
そしてまた、不協和音が響き渡る。
壊れた豪邸がそこにはあった。鳥籠と向かい合わせになるように。
そこにいたのは、甘受の怪物。七つの触手に巨大な一つ目を持った存在。名をニョグエガと言った。
彼女らを中心として様々な物が降り注ぐようにまばらに墜ちてくる。
崩壊した家たち。折れ砕けた柱たち。無数墓標。などなど。数え切れない物が降り注いでいる。
そして、中心には一人分の玉座が音を響かせて落ちてきた。しかし、他と比べて無傷である。
リリス・バビロニアとニョグエガの二人は考えた。
「この玉座に座るのに相応しいのは自分だと」
そして、二人は張り合っていくこととなった。
壊れた残骸から力を吸収していきながら。歪なる廃墟の城を造り上げたのだ。
だがしかし、それは創造偽神デミウルゴスの仕組んだ罠に過ぎなかったのである。そうなるように互いを仕向けて。
滅んだアヴィドに人々が流れ着かないうちに。
支配の贄を互いに求め合う怪物たちを葬り去るために。
小世界アヴィドの死は近付いていた。
魔王サタンが去った後に現れた二人の悪しき存在。リリス・バビロニアと甘受の怪物ニョグエガによって。
築いた歪な廃墟の城からどんどんと貪るように力を吸収しながら。
互いとの闘いに向けて力を蓄えていった。
そして、それらの力が最高潮へとなったのである。
しかし、二人の力は拮抗していた。災厄そのものへと成ったと言うのに。せめぎ合う二者。それはまるで醜い泥仕合のようなもの。
世界がアヴィドそのものが悲鳴を上げていることすら気づかずに繰り広げている。獣同士の死闘のように、災厄同士が互いに牙を剥いているのである。
愚かしくも、執念に駆り立てられてるかのように。
一つの玉座。一つの支配権を巡りながら。
だが、アヴィドは滅びつつも願い求めていた。
再臨を、魔王サタンの存在を。そして、争い合う二者に気づかれぬように剣を造り出す。
黒い剣を魔王サタンに渡すために。
リリス・バビロニアとニョグエガの二者は争いの中で、若干だが気づいていた。
世界が自分たちが支配する世界が反抗していることに。
だがしかし、気づいたとしても駆り立てられる執念によって手を止めたりはしなかった。
あるいはできなかったと言うのが正しいのか。
何故ならば、二者の争いを執念を引き起こしているのは、創造偽神デミウルゴスなのだから。獣同士の死闘を繰り広げさせているのだ。
やがて、黒い剣は完成を迎えることになる。大型の片手剣として。
そしてアヴィドの願いは叶うことになる。魔王サタンの再臨を。竜麟の片手剣と黒い剣の二刀の剣を携えて戻ってくる。
リリス・バビロニアとニョグエガという二者災厄を滅すために。
彼女たちは気づいていない。執念に駆り立てられて支配を求める、忌まわしき災厄たちは。
小さくも扉が現れ、開かれる。無人の出迎えとなってはいるが。
終焉の中の終焉が今、開幕しようとしていたーー。
「終わっていなかったのか。まだ争いの火種は産み出されたままだったのか。
それとも、アラスゼンの時のように、我が主が用意したのか。どちらにしても構わないがな」
魔王サタンはそう呟くと手にしている二刀の剣を持ち、リリス・バビロニアとニョグエガのところへと向かった。
リリス・バビロニアとニョグエガは魔王サタンを見ると争いを止めて、襲いかかってきた。
狙っているのは、魔王サタンが持っている黒い剣である。それを吸収すれば勝てると思っていたから。
だがしかし、そう思惑通りにいくことは無い。
「我を見つけ、襲いかかるか。だが悪くない。此方から出向く手間が省けると言うことだ」
魔王サタンは襲いかかる二人に向かって宣うように言った。
そして、竜麟の片手剣を構えると、瞬く間にニョグエガの7つの触手を斬り裂いたのである。また間髪入れるまでもなく、ニョグエガの巨大な目を竜麟の片手剣を舞うかのように突き刺した。
「グギャァァァァァァ!?」
甘受の災厄ニョグエガの断末魔の悲鳴が響き渡る。その様子をリリス・バビロニアは硬直したように動けなかった。
斬舞と呼ぶに相応しい動作。ニョグエガが倒されたというのに、吸収することを忘れてしまうほど。その動きは精錬されていた。
だが、彼女は忘れている。次は自分の番だと言うことを。
やがて、思い出したかのようにリリス・バビロニアは魔王サタンに襲いかかる。
しかし、それは叶うことは無い。悪人が花を踏みにじり散らすかのように、魔王サタンが振るう竜麟の片手剣と黒い剣の二刀がリリス・バビロニアへと斬りかかっていたのだから。
「キャァァァァァァー!?」
それはまるで八つ裂きにするような斬舞。声だけしか上げられない。その声も断末魔とかす。
「他愛ない奴等だったな。この程度で滅びてしまうとは。
あるいは、一つに吸収させたほうが良かったのかもしれない。
まぁ、それが我が主が仕組んだことだったのかもしれん。
もはや、滅した今、どうでも良いことだ」
魔王サタンはそう言い放つと、黒い剣を掲げた。
「アヴィドよ。世界の欠片よ。我が元に集え。残された汝の力を全てを取り戻せ!」
魔王サタンは唱えるように叫ぶと、無数の光が現れて黒い剣へと集まってきた。
そして、光を集め終えると、無傷の玉座へと黒い剣を突き刺した。
「これで良い。アヴィドはもはや、過去の物に過ぎないのだから。
新たな世界へと生まれ変わるが良い。我は支配する気など無いのだから」
魔王サタンはそう呟くとどこかへと去ってしまった。
歪な廃墟の城も、もはやどこにも無く、更地だけが残っているだけ。
そしてようやく、アヴィドは新世界へと生まれ変われるのだ。
異世界からの漂流者たちによってーー。
《終》